デボン紀の太古の海に「しゃくれを極めた魚」が実在した! / Credit: Melina Jobbins et al., Royal Society Open Science(2024)

太古の海に「しゃくれ」を極めた魚が存在していたようです。

スイス・チューリッヒ大学(University of Zurich)は最新研究で、ポーランドで見つかった約3億6500万年前の古代魚の化石について紹介しました。

この魚は学名を「アリエナカントゥス・マルコウスキイ(Alienacanthus malkowskii)」といい、世界最長の下アゴを持つことで知られます。

カジキのように上アゴが伸びた魚はいますが、下アゴがこれほど伸びるのは非常に珍しいとのこと。

一体どのような使い方をしていたのでしょうか?

研究の詳細は2024年1月31日付で科学雑誌『Royal Society Open Science』に掲載されています。

目次

しゃくれ界の王様「アリエナカントゥス」とは長い下顎は何に使っていたのか?

しゃくれ界の王様「アリエナカントゥス」とは

1957年、ポーランドの古生物学者であるジュリアン・クルチッキ(Julian Kulczycki)は、同国南部にあるホーリークロス山脈(Holy Cross Mountains)で発見された古代魚の化石について報告しました。

回収された化石標本の中に部位のよくわからない謎めいた細長い骨があり、クルチッキはこれを奇妙な形をした脊椎として記載しています。

属名の「アリエナカントゥス(Alienacanthus)」も”エイリアンみたいな背骨(Alien spine)”の意から付けられました。


化石の発見場所(星)。図はデボン紀の大陸に合わせたポーランドとモロッコの位置 / Credit: Melina Jobbins et al., Royal Society Open Science(2024)

時は経ち、1990年代後半から2000年代前半に、チューリッヒ大はパリ国立自然史博物館(MNHN)の化石コレクションの中から、モロッコで発掘された同じ形状の魚の骨を見つけます。

チームはその後もポーランドとモロッコで類似する化石をいくつも発見しました。

そしてこれらの化石標本を合わせて分析した結果、アリエナカントゥスはデボン紀(約4億1600万〜3億5920万年前)に存在した「板皮類(ばんぴるい:Placoderm)」に属することが特定されたのです。

板皮類はデボン紀末までに完全に絶滅した古代魚のグループであり、地球で最初にアゴ骨を持った脊椎動物として知られます。

アーマーをまとったような見た目から”装甲魚”とも通称され、全長6メートル以上に達したと推定される「ダンクルオステウス」が最も有名です。


ダンクルオステウスの復元された頭蓋骨 / Credit: ja.wikipedia

断片的な化石標本から元の姿を再構築したところ、アリエナカントゥスは尖った鼻先と大きな目を持つ丸みを帯びた頭部をしていたことが分かりました。

しかし最も重大な発見は、脊椎だと思われていた細長い骨が実は「下アゴ」だったことです。

ちょうどカジキの顔をひっくり返したような形で、下アゴだけが異常な長さで伸びていました。

鋭い歯が両方のアゴに生え揃っていましたが、下アゴの歯は上アゴを閉じた箇所の先までも続いています。

その復元イメージがこちらです。


アリエナカントゥスの復元イメージ(下アゴが異常に長く伸びている) / Credit: Melina Jobbins et al., Royal Society Open Science(2024)

アリエナカントゥスの下アゴは頭蓋骨の2倍の長さがあり、こうした特徴は板皮類だけでなく、他の生物を含めても極めて稀。

アゴが伸びるにしても、魚竜のように両アゴとも突き出るか、カジキ類のように上アゴだけが伸びているのがほとんどです。

下アゴが伸びるケースだと、今日も現生するサヨリがいますが、彼らの下アゴの長さは5〜10センチほど。

これに対し、アリエナカントゥスの下アゴは40センチ以上はあると推定され、サヨリとの相対的な長さを比べても20%ほど長いです。


下アゴが伸びた魚の例としては他に「サヨリ」がいる / Credit: ja.wikipedia

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長い下顎は何に使っていたのか?

アリエナカントゥスがこの特徴的な下顎をどう活用していたかは想像に頼るしかありませんが、それでも研究者らは、長い下アゴのおかげでより高度な狩猟方法や広範な種類の餌を食べるのが可能になったと指摘します。

例えば、カジキはその長い口先を振り回して獲物を殴打し、気絶させたり、あるいは致命傷を負わせて瀕死状態になったところを捕食します。

加えて、天敵である大型のサメに対し、口先でひと突きすることで撃退するケースもあります。

アリエナカントゥスもこうした捕食ないし撃退のために長い下アゴを使ったと考えるのが妥当でしょう。

一方で、似た外見を持つサヨリは長い下顎を身を守るための武器としてではなく、海中に浮いているプランクトンや、水面に落ちてきた昆虫などをすくい取って食べるのに使っています。

もしかしたらアリエナカントゥスも金魚すくいのような方法で、下顎を使い水面の餌を食べていたのかもしれません。


Credit: Melina Jobbins et al., Royal Society Open Science(2024)

アリエナカントゥスは残念ながら、デボン紀を乗り切ることなく他の板皮類とともに絶滅しました。

しかし研究者らは、脊椎動物が誕生した初期の時代に、これほどユニークな骨を持っていた魚がいたことに驚きを隠せません。

それと同時に、アリエナカントゥスの存在は、その後の脊椎動物における歯やアゴの進化を理解する上でも貴重な情報源になると話します。

ただ、ここまで下顎が特徴的に発達した生物は見つかっていないため、今後もアリエナカントゥスを超えるしゃくれ生物はそう簡単に現れないでしょう。

参考文献

A 365-million-year-old fish with an extreme underbite showcases vertebrate diversity
https://phys.org/news/2024-01-million-year-fish-extreme-underbite.html

元論文

Extreme lower jaw elongation in a placoderm reflects high disparity and modularity in early vertebrate evolution
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsos.231747

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。