「経済とは何か?」とあらためて問われれば首を傾げざるを得ない。

高校生のための経済学入門」(ちくま新書)を書いた著者は、本書で経済学の見方を、わかりやすく解説する。しかし、正直にいって元銀行員の私にも難しかった。

 だが、何かにつけて経済が問題になる世の中である。この本を読んで少しでも経済学について知識を深め、経済について考えてみるのが必要だろう。

 本書によると、経済学の発想は「個人」であり、個々の幸せを最大限追求するのが目的なのだそうだ。

「えっ? 社会は二の次なのか。だから市場原理主義や強欲な会社ばかりになるのか」と疑問が浮かぶ。著者はこの疑問を予想していたように「市場原理主義が経済学の考え方だと誤解しないでください」とフォローする。

 さらに、個人の幸せを図るには「パレート改善的(世の中の誰も不幸にならず、少なくとも1人が幸せになる状況)」や「パレート効率的(1人をより幸せにするために他の少なくとも1人が不幸になる状況)」という考え方があると言う。この「パレート思考」を用いて、所得などの配分の効率性と公平性を行うのだと言う。

 もう難しくなってきたが、要するに、企業が成長すれば庶民の所得が増えるとのトリクルダウンや富裕層の税金を引き上げ、貧しい人の生活支援に還元するなどの政策の元になる考え方だ。

 こうした経済学の原理原則の解説に続いて「夫婦別姓」についても提言する。「夫婦別姓」に賛成の人は幸せになり、反対する人は同姓のまま暮らすので幸せに変化はない。これは「パレート改善的」だと言う。しかし、社会の在り方として「夫婦別姓」を受け入れ難いと考える人が多いため、経済学で考えるには限界があると言う。

 このような身近な医療、介護、年金などの問題を経済学的視点で考える。

「在職老齢年金」も提言する。これは年金受給者の収入が増えると年金が減らされる仕組みだ。年金は、働くことが困難になった高齢者を支援する制度である。働ける高齢者の年金を減額して、働けない高齢者に還元するのは合理的だが、減額される高齢者からは不満の声が起き、人手不足の社会で高齢者にもっと働いてもらおうという社会的要請には反することになる。

 著者は「どんな政策にも幸せになる個人と不幸になる個人がある。従って、政府が制度の見直しなどをする場合は、個人の反応を注視する必要がある」と言う。

 本書は身近な経済問題をテーマにしつつ、経済学の思考軸を元に個人の幸せ、すなわち効率性と公平性はどうすれば社会全体の幸せとバランスを取れるのかを考える際に非常に参考になるであろう。

《「経済学の思考軸 効率か公平かのジレンマ」小塩隆士・著/990円(ちくま新書)》

江上剛(えがみ・ごう)54年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て02年に「非情銀行」でデビュー。10年、日本振興銀行の経営破綻に際して代表執行役社長として混乱の収拾にあたる。「翼、ふたたび」など著書多数。

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