「百年の孤独」がバカ売れしている。もちろん焼酎ではなく、G・ガルシア=マルケスの長編小説の文庫版である。
冷静に考えると奇妙なことだ。たしかに20世紀世界文学の最高傑作と言われる。原著は1967年に出て、世界的な大ベストセラーになった。ラテンアメリカ文学ブームのきっかけになり、日本にも飛び火した。マルケスはノーベル文学賞を受賞した。
しかし、なぜ今大ヒットなのか。「百年の孤独」は72年に新潮社から単行本が出て以来、ずっと読まれ続けてきた。99年に全面改訳版が刊行され、06年には装幀を変えて「ガルシア=マルケス全小説」の1巻となるなど、忘れられたことはない。シリアスな海外文学は版権交渉の難しさや潜在的読者の少なさから、文庫化されない作品も珍しくない。
それにもかかわらず、発売前から文庫版が話題になり、大いに盛り上がった。発売されるや、売り切れ店が続出。「売れている」という噂がさらに売れ行きを加速させた。村上春樹「1Q84」の時と似ている(あれも新潮社だった)。
と、いささか冷ややかに述べたが本書は素晴らしい作品だ。小説好きには、ぜひおすすめしたい。
難解な小説ではない。難しい用語も出てこないし、物語も複雑ではない。登場人物もむちゃくちゃ多くはない。ただ、似たような名前の人物がたくさん出てくるので、そこは要注意だ。
ひとつの町とその町を築いた一族の100年にわたる興亡を描く物語である。ホセ・アルカディオ・ブエンディアという男とウルスラ・イグアランという女が結婚して、コロンビアのジャングルの中に家を建てる。「マコンド」と名づけられたその土地に人々が集まり大きく発展するが、やがて滅んでしまう。
100年の間にはいろんな事がある。タイトルも番号もつけられていないが、小説は20の章にわかれている。ひとつの章は一族の誰かのことが中心的に書かれている。記述は必ずしも時系列に沿っていない。例えば小説の冒頭はアウレリャノ・ブエンディア大佐が銃殺隊の前に立って、遠い日の午後を思い出すところから始まるのだが、話題はすぐ彼の父であるホセ・アルカディオ・ブエンディアがウルスラと「マコンド」を拓いた話に移る。
チョコレートを飲んで宙に浮く神父だの、空高く飛んでいってしまう女、4年11 カ月2日も降り続く雨、そのあと10年続く旱かん魃ばつ、死者が蘇るだのと、およそ現実にはありそうにないことが現実的な描写と地続きに記されている。読者としては「そんな、アホな」と心の中でツッコミながら読み進めていくしかない。読んでいるうちに、いつのまにか気持ちよくなっている。これぞ小説の魔力だ。
筆者は今回、登場人物と大きなできごとの一覧表を作りながら読んだ。すごく、すごく面白かった。
《「百年の孤独」G・ガルシア=マルケス・著 鼓直・訳/1375円(新潮文庫)》
永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。