再犯しないために「頼れる人に頼る」
ワタルと高坂くんは、玄関を出て桜の木を通りすぎ、銀杏並木のあたりまで進んでいた。
桜も銀杏も緑の葉が茂り、空は快晴だった。
「ワタル、今日仮退院だけど、何か心配なことはある?」
高坂くんがワタルに話しかけた。
「社会が不安でしかないです。交友関係とか」
「自分できっかけをつくるしかないんだよね」
高坂くんの言葉にうなずきながら、ワタルはこう言った。
「ここでつながった人や、地元の人との距離感とか」
「再犯しないように気をつけることって何だっけ?」
「頼れる人に頼る」
合言葉のようにワタルが答えた。これは、インタビューでワタルとした会話だった。
門扉で待っているワタルの両親が見える。取材はここまでの約束だったが、父親が少しだけ話を聞かせてくれた。
「これから、進学でも仕事でも、やりたいことをやればいいと思っています。応援するつもりです」
隣にいる母親はうなずきながら、ワタルを優しい目で見守っていた。
仮退院は、卒業式に似ていると私は思う。送り出す先生とこれから先を応援する両親。みんなが見守るなか、ワタルは仮退院を迎えた。
そして――。このときは、まさかワタルが重大事件に関わってしまうことになるとは誰も予測していなかった。
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犯罪集団の暴走族が「唯一の居場所」
彼の幼少期はどんな風だったのか、親に対して、友達、犯罪についてどう感じていたのかが知りたくて、インタビューすべてを読み返した。
ワタルは4人兄弟の末っ子だった。お兄ちゃんたちは逮捕されることはなかったがヤンチャな感じ。男の兄弟たちに揉まれて育った。
ワタルは体操やサッカーを習う元気な子どもだったが、小学6年生くらいから斜視を理由にいじめの対象にされた。これまで一緒だった友達からいじめを受け、自分の居場所が見つからなくなったと話す。
次に見つけた居場所は非行友達だった。万引き、バイクの無免許運転……、次々と犯罪行為を覚えていった。小学生限定の不良LINEグループがあったという。これにはとても時代を感じた。
中学になると、これまでの非行行為は「お金のため」に形を変えていく。盗んだブランドものを転売し、恐喝でお金を稼ぐ。行為はエスカレートしていった。ワタルは家出をくり返し、このときは親との関係性も悪く、親に怒られ殴られることもあったようだ。
そして中学3年生のときには、窃盗と集団道路交通法違反で逮捕されてしまう。家庭裁判所の審判の結果、ワタルは赤城少年院 (群馬県前橋市)に収容されることになった。
赤城少年院は第1種に分類され、ここは中学生を収容することができる。義務教育と同じ授業が受けられるということだ。中学生のワタルはここで半年間を過ごすことになった。
しかし、両親は家裁のこの審判の結果に納得できないと、高等裁判所に不服を申し立てる「抗告」をし、見事認められ、ワタルは実質2ヵ月で少年院から社会に戻れることになった。
抗告とは、裁判の結果に対して不服を申し立てる簡易な上訴手続きで、法律が特に定めている場合に限り申し立てることができる。「司法統計年報」を見ると、令和4 (2022)年中の抗告事件は、受理の総数358件。そのうち、既済 (結論が出たもの)332件、未済 (年末までに結論が出ず、翌年に繰り越したもの)26 件とある。
統計上はここまでしかなく、既済332件の内訳は公表されていないが、親しい家裁調査官、法務教官、保護観察官に聞いたところ、抗告が認められることは一様に「ごくわずか」「めったにない」という反応だった。
少年事件は家庭裁判所の審判で、抗告は高等裁判所の裁判官が判断をくだす。これにより審判の判断基準だけでなく、さまざまな視点で判断されることになる。私自身、多くの少年と出会っているが、抗告が認められたケースは初めて聞いた。ワタルはそのごく稀なケースだったということだ。
文/中村すえこ
写真/AC写真、shutterstock