〈一夫多妻のヒモ男〉妻は4人、子ども10人中8人母親が別…“幼卒”36歳無職男性のモテすぎ人生「働く気はない。ヒモの才能を使わないのはもったいない」最大16人の彼女がいたことも…

小学生時代から不登校に。「好きなことをして過ごす生活が魅力的」

 −−−昔から女性にモテたんですか?

そうですね。ずっとモテていて、彼女は常にいました。別れても入れ替わりですぐに新しい彼女ができていたので、空きがない状態が続いていましたね。

−−−いつから自分はモテると自覚していましたか?

中学1年生のときからですね。

僕は小3までしか学校へ通ってない“幼卒”なんです。小4から不登校で学校へ行ってなかったので、そのころは女の子との交流があまりありませんでした。

中学校に入ったとき、ちょうど親が離婚したタイミングだったので、福島県に引っ越ししたんです。それで環境も変わって、最初に学校に挨拶しに行かなきゃいけない流れができてしまって。
そのときに、女の子たちから「可愛い」と言われて、自分はモテるんだと自覚するようになりました。

−−−どうして不登校になったのでしょうか?

風邪で学校を休んだときに、家でテレビゲームをやっていたんです。そのとき、学校に行かず、好きなことをして過ごす生活がすごく魅力的に感じたからです。

それに、1回学校を休むと、授業についていけなくなっちゃうんですよね。勉強も嫌いで、授業に出てもわけがわからないし。授業中に先生に当てられて「こんなのも理解できないのか。お前はバカだ」とクラスメイトの前で笑われたこともありました。そうした状況が、苦痛だったんです。

−−−中学・高校時代はどのように過ごされましたか?

中学と高校も、ほぼ行かなかったですね。僕はもともとミュージシャンを目指していて、音楽がやりたかったので、仕事も勉強もしたくなかったんですよ。高校は音楽系の専門学校へ行きたかったんですけど、家が貧しかったので、親に気を遣って「行きたい」って言えなくて。

それで、一応高校受験することになって、入学はしたんですけど、3回くらいしか行かず、退学しました。

−−−高校を中退してからは、何をしていたんですか?

とにかくいろんなバイトをやりました。引っ越し業者、ホテルの清掃、レストラン、居酒屋、カラオケ、ホスト……20種類くらい経験しましたが、どれも1ヶ月くらいしか続かなかったです。

今思えば、人間関係が合わなかったのかなぁと思います。アルバイトだからコキ使われるし、自分の考えを表現できないような立場が、僕には向いてなかったんだと思います。

−−−自分の天職はヒモ、ということでしょうか……?

そうですね。スケジュールもルールも全部自分で決めて、好きなように動けるので、けっこう長く続いていますね。23歳でヒモを始めて、今年で13年目になります。

−−−今後、働く予定は一切ないのでしょうか?

ないですね。僕にはヒモの才能があるから、それを使わないのはもったいないと思うので。

「これまでに一度だけ入籍したことがある」との経験を語る渡部さん。インタビュー後編では、渡部さんの離婚歴や夫人たちとの現在の生活について聞いてみた。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班