F1の中継を見たり、記事を読んだりすると、”デグラデーション”という言葉が多く出てくる。読者の皆様も、見聞きしたことがあるのではないだろうか? このデグラデーションはタイヤに関する話題で登場することが多いワードで、タイヤが性能劣化することでペースが落ちていくことを示すのが一般的といえよう。
このデグラデーションをいかに抑えるかが、今のF1では最も重要と言っても過言ではない。なるべく速く走りつつも、タイヤのパフォーマンスを落とさないように走ることが、勝利もしくは好結果への近道といえる。
ではデグラデーションはなぜ発生しているのか? そしてそれを抑えるためには何が必要なのか? F1のタイヤサプライヤーであるピレリのモータースポーツ責任者である、マリオ・イゾラ氏に話を聞いた。
タイヤのデグラデーションを急激に進行させないためには、走行開始直後のペースを上げすぎないようにする必要があると言われることが多い。これはどういうことなのかと尋ねると、イゾラ氏は次のように説明した。
「それは非常に重要なことだ。そしてサーキットによっても異なる」
「サーキットによって、タイヤにかかる力は異なる。そしてタイヤに大きなエネルギーがかかるサーキット、またはタイヤにかなりの負荷がかかり、サーマルデグラデーション(熱劣化)が発生するようなサーキットの場合は、最初の2周でタイヤをどう使うかがとても重要なんだ」
「これはコンパウンドの熱に関する挙動の問題なんだ。全てのタイヤは、タイヤウォーマーで加熱されている。70度に温められているんだ。しかしこれは、走行時の温度ではない。走行時の温度はもっと高くなる」
「この70度から走行時の温度に遷移する段階が非常に重要なんだ。なぜならコンパウンドの化学的な結合が変更されることで、サーマルデグラデーションが起きる可能性があるからだ。最初の数周でタイヤをゆっくりと使い始めると、タイヤにかかる衝撃やストレスが少なくなるんだ」
「技術面に詳しくない読者の方々に、できるだけ簡単な言葉で説明しようとしている……つまりタイヤへの衝撃が少なくなると、デグラデーションも少なくなるんだ」
「衝撃というのは、あくまで化学的な問題なのだ。タイヤに多くのエネルギーと熱が加わるからね。このタイヤは、コンパウンドが多くの熱を生み出してしまう。それにより化学的な結合が変更されてしまうと、デグラデーションがさらに進んでしまう。なおタイヤの内圧は段階的に上昇していくので、それに関する衝撃はないんだ」
アゼルバイジャンGPが良い例に
イゾラ氏曰く、先日行なわれたアゼルバイジャンGP決勝で勝利を争ったマクラーレンのオスカー・ピアストリとフェラーリのシャルル・ルクレール、そして3位になったメルセデスのジョージ・ラッセルの3人のレースペースを見ると、そのことがよくわかるという。ちなみに添付の画像がアゼルバイジャンGP決勝レースでの、上記3人のレースペースを折れ線グラフで示したもの。これを参考に、イゾラ氏の解説を読んでいただきたい。
「バクーでのレースを見てみよう。最後のスティントでは、ピアストリとルクレールが勝利を目指して戦った。そしてピットストップを終えた後、彼らはプッシュしなければいけなかった。その結果、レース終盤のタイヤのデグラデーションは、他のドライバーよりも少し高かった」
「ルクレールに関しては、クリーンエアではないところをずっと走っていたことも一因だ。一方でラッセルは、最初の数周でタイヤをうまく管理した。ラップタイムの推移を見ると、スティントの終わりにはタイヤの寿命がまだ残っており、さらにプッシュできる可能性もあった」
前述のグラフを見ると、確かにルクレールとピアストリのペースは横ばいであるのに対し、スティント序盤のペースが優れなかったラッセルは、周回を重ねるに連れてペースを上げていたのが非常によく分かる。
なおルクレールは「クリーンエアではないところを走っていた」とイゾラ氏は言及しているが、これはどういう意味でタイヤに厳しいのだろうか? 確かに他のマシンの後ろを走った際にはダウンフォースが抜けるとよく言われるが……。
「今のマシンは多くのダウンフォースを生み出し、そのダウンフォースはタイヤを助ける。クリーンエアを走り、ダウンフォースが理想的な状況にあれば、タイヤの滑り、タイヤの表面にオーバーヒートを引き起こす可能性があるほんの僅かな滑りを回避することができる、少しでも滑ってしまうと表面がオーバーヒートしてしまい、グリップが少し失われるんだ」
そうイゾラ氏は説明する。
「他のマシンの後方を走ると、前を走るマシンが生み出す乱気流のため、後ろのマシンは通常と同じだけのダウンフォースを生み出さない。そうすると少し滑ってしまい、オーバーヒートが発生し、そしてデグラデーションが発生する。これが、オスカーとシャルルの結末を分けた。オスカーはスティントの大半でクリーンな空気を受けて走り、シャルルはオスカーが乱した空気の中で走り続けたからだ」
なおイゾラ氏は、タイヤを長持ちさせるように温めるために、ドライバーがどんな仕事をしなければならないかも説明した。
「ただゆっくり走ればいいというわけではない。フロントタイヤを温めるために、もっとプッシュしなければいけないこともある。マシンのセットアップによってもそれは変わってくるし、リヤタイヤをどれだけ労わりたいかということにも関係してくる」
「リヤタイヤを労わり、フロントタイヤをもっと温める必要がある場合は、もう少しプッシュしなければいけない。だから、単にスピードを落とせばいいというわけではないんだ」
「スピードを落としすぎてしまうと、タイヤの準備が整わないというリスクがある。チームにとっては大変なことだと思うが、タイヤは誰にとっても同じだから、状況は皆んな同じだ」
「各チームには、タイヤがどのように機能し、タイヤから最高のパフォーマンスをどうやって引き出すかということの理解に専念しているエンジニアが必ずいる。そしてチームは、タイヤから最高のパフォーマンスを引き出すために、アウトラップの走り方をドライバーに指導している。彼らはステアリングホイールのタイヤの温度を表示し、タイヤを準備するためにどれだけプッシュし、どれだけ減速する必要があるかを把握しているのだ」