両性愛行動に関連した遺伝子は生殖に有利だと判明 / Credit:Canva
昔から、男性と女性の両方に性的な魅力を感じ、性行為を行う人が、一定数存在してきました。
また同性だけに性的な魅力を感じ、性行為を行う人もいます。
しかし、それら両性愛者や同性愛者が行う「同性との性行為」では、子孫を残すことができません。
そのため生物学者たちは、両性愛行動(bisexual behavior)や同性愛行動(same-sex sexual behavior)に関与する遺伝子が、長年存続してきたことを不思議に思っていました。
そして今回、アメリカのミシガン大学(University of Michigan)生態・進化生物学部に所属するジャンジー・ジャン氏ら研究チームは、45万人以上の遺伝子情報を分析。
その結果、「バイセクシャル行動に関する遺伝子」を持つ男性は、リスクを冒す傾向があり、子供をたくさん作ると分かりました。
研究チームは、バイセクシャル行動に関連する遺伝子には生殖上の優位性があったと考えています。
研究の詳細は、2024年1月3日付の科学誌『Science Advances』に掲載されました。
目次
生物学者たちは「同性愛に関連した遺伝子」が存続してきた理由に疑問を抱く「両性愛行動に関連した遺伝子」を持つ男性は、リスクを冒す傾向があり、子供をたくさん作る
生物学者たちは「同性愛に関連した遺伝子」が存続してきた理由に疑問を抱く
様々な性的指向と行動がある / Credit:Canva
最近では「LGBTQ」という性的マイノリティを指す言葉が知られており、多くの人が様々な性的指向について理解するようになってきました。
そして倫理的な面での議論が生じるだけでなく、生物学的な観点からも様々な疑問や推測が生じています。
例えば同性愛は、何らかの環境要因によって後天的に生じるケースと、遺伝子の変化によって先天的に生じるケースがあると考えられています。
実際、過去の研究では、「同性と性行為を行うかどうかは、環境要因の方がより大きな影響を与えるものの、遺伝的変異もある程度の影響を与える」と報告されています。
また、ミシガン大学(University of Michigan)のジャン氏ら研究チームは、「その人が両性愛行動を取るかどうかは、遺伝的影響が40%、環境的影響が60%」だと推定しています。
(同性との性行為に関連した遺伝子を持っているからと言って、その人が必ずしも同性愛者や両性愛者になるとは限りません)
子孫を残せない「同性愛行為に関連した遺伝子」が排除されなかった理由とは? / Credit:Canva
しかし生物学的な観点で見ると、「遺伝子が影響を与える説」には謎が残るようです。
「同性との性行為では子孫を残せない」ことを考えると、なぜ長年の自然選択によって「同性との性行為に関連した遺伝子」が排除されなかったのか、という疑問が生じるのです。
これまでにも同性愛や遺伝子に関する様々な研究が行われてきましたが、生物学者たちは、未だにはっきりとした答えにたどり着いていません。
そんな中でジャン氏はある問題に気が付きました。
その問題とは「バイセクシャルやホモセクシャルといった同性に対する多様な性行為を、同じだと考えていた」という点にあります。
バイセクシャルとホモセクシャルはどちらも「同性」に対する性的行動をとるという点では同じですが、異性に対する行動は大きく異なります。
そこで今回ジャン氏ら研究チームは、同性に対する性行為を、「バイセクシャル行動」と「異性愛を含まないホモセクシャル行動」に分けて、遺伝的に分析することにしました。
この分析には、イギリスの長期大規模バイオバンク研究である「UKバイオバンク(UK Biobank)」から、ヨーロッパ系の45万人以上の遺伝子情報やその他のデータが使用されました。
(広告の後にも続きます)
「両性愛行動に関連した遺伝子」を持つ男性は、リスクを冒す傾向があり、子供をたくさん作る
「両性愛行動に関連した遺伝子」を持つ男性は、リスクを冒す傾向があり、子供をたくさん作ると判明 / Credit:Canva
分析の結果、バイセクシャルに関連した遺伝子が存在していることが判明します。
また平均的な子供の数は異性愛者は1.8人であるのに対して、バイセクシャルは1.2人、ホモセクシャルは0.25人と子孫の数が少なくなることがわかりました。
この結果だけをみれば、バイセクシャルに関連した遺伝子には子供の数を減らす効果があると思えるでしょう。
しかし実際はより複雑でした。
研究でさまざまなパターンの組み合わせを調べたところ、バイセクシャル遺伝子を受け継ぐ男性が純粋な異性愛者だった場合、平均よりも多くの子供を作る傾向があり、結果としてバイセクシャル遺伝子の保持に役立っていたのです。
(※バイセクシャル遺伝子を受け継いでいても、環境の影響で同性愛には傾かず異性愛となり得ます)
また自分自身を「リスクテイカー(リスクを冒してでも挑戦する人)」だと主張する人は、より多くの子供を作る傾向があり、そうした人々はバイセクシャルに関連した遺伝子を持つ可能性が高いことも明らかになりました。
ジャン氏は、「自己申告によるリスクテイクには、避妊なしの性行為や不特定多数との性行為が含まれている可能性が高く、その結果、より多くの子供が生まれる」と述べています。
そしてこれらの結果について「バイセクシャルに関連した遺伝子を持つ男性は、生殖で有利になり得る」と結論しています。
ジャン氏らの分析と推察は、「どうして同性との性行為に関連した遺伝子が潰えないのか」という長年の疑問の答えを部分的に提出しているように思えます。
つまり、「バイセクシャルに関連した遺伝子」は、リスクを冒す性質も持ち合わせており、この性質が異性愛に対して働いた場合、積極的な生殖を促進し、長年にわたる遺伝子の存続を可能にしたというわけです。
「同性愛行動と関連した遺伝子」を持つ男性は、子供をあまり作らない / Credit:Canva
一方で、研究チームは「ホモセクシャルに関連した遺伝子」を持つ男性が異性愛者となった場合は、子供をあまり作らない傾向があることを発見しており、この遺伝子が現れる頻度は、時間の経過と共に徐々に減少すると予想しています。
では、これらの分析結果からすると、今後、両性愛行動は無くならず、同性愛行動は潰えるということでしょうか?
そうではありません。
研究チームは、「人々の行動は、遺伝子要因と環境要因の両方の影響を受ける」ことを強調しています。
実際、同性との性行為を報告する人の割合はここ数十年で増加傾向にあり、研究チームは、これが同性愛に対するよりオープンな社会的風潮を反映したものだと考えています。
今回の研究では、同性への性行為を「バイセクシャル」と「ホモセクシャル」に分けて分析することで、バイセクシャルに関連した遺伝子が持つ生殖的優位性を発見することができました。
こうした研究を重ねていくなら、複雑で答えが出ないように思える「LGBTQ」に関連する問題と原因を、少しずつ紐解いていくことができるのかもしれません。
参考文献
Genetic variants underlying male bisexual behavior, risk-taking linked to more children, study shows
https://news.umich.edu/genetic-variants-underlying-male-bisexual-behavior-risk-taking-linked-to-more-children-study-shows/
Scientists discover genetic underpinnings of bisexuality
https://news.yahoo.com/scientists-discover-genetic-underpinnings-bisexuality-190401530.html
元論文
Genetic variants underlying human bisexual behavior are reproductively advantageous
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adj6958
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。