【全日本テニス】今大会で引退の36歳、伊藤竜馬!激闘を制して8強入り「精神的にはすごく良い状態」<SMASH>

 テニスの日本チャンピオンを決める「三菱電機ビルソリューションズ 全日本テニス選手権99th」(10月4日~13日/東京・有明/ハードコート)は10日、男子シングルス3回戦他が行なわれた。

 今大会限りの引退を表明している元世界ランキング60位の伊藤竜馬(36歳)は、住澤大輔に7-6(6)、6-7(1)、7-5で勝利。2時間49分の死闘を制し、現役の時をまた一日、伸ばした。

 豪快なボレーを決めると、「ウォー!」と伊藤竜馬が叫んだ。試合開始から、既に2時間30分近く経過したファイナルセットの、第10ゲーム。ゲームカウント3-5と後のないリターンゲームで、ブレークポイントに漕ぎつけた一撃。結果的にこのゲームをブレークした伊藤は、剣が峰で手繰り寄せた主導権を、最後まで手放すことはなかった。
 
 落胆と緊張のためか、フォアハンドのストロークが定まらなくなった相手の揺らぎも、伊藤の目はしかと捕らえていただろう。長短のスライスを織り交ぜ、相手を前後に揺さぶる。脱力したスウィングでボールを左右に打ち分け、柔らかなドロップボレーも沈める。そこには、『ドラゴンショット』と呼ばれるほどの豪打を誇ったかつての姿とは、幾分印象の異なる伊藤がいた。
  ウイニングショットは、相手の動きを見極めて、逆をつくフォアのアングルショット。ボールの行方を見届けると、伊藤は身体を大きく反らし、とっぷり暮れた夜空へと咆哮をあげた。

 伊藤が今大会を最後に現役生活に幕を下ろすと発表したのは、半年前のこと。ツアーレベルで15年戦い、グランドスラムやオリンピックの大舞台も踏んだ36歳が、「一試合なら良いプレーもできるが、身体の状態的にツアーを周れない曖昧な状態」に区切りをつけるための決断でもあった。

 プレースタイルから豪放磊落な印象も与える伊藤だが、実際には「性格的に、あんまり勝負ごとに向いていない」と自認するほどに、“相手に負けさせる”ことが苦手なタイプ。だから試合でも基本的に、相手よりも自分との戦いに心が向きがちだった。自身に厳しすぎる性向ゆえか、うつ病を患ったこともある。
  ベテランと呼ばれる年齢になってからは、若手選手たちの良き兄貴分として、相談に乗る機会も増えた。そのうち「大会に帯同して欲しい」と請われることもあり、ここ数年は望月慎太郎らのコーチも兼任する。今大会の3回戦で対戦した住澤も、伊藤に助言を求めてきた一人だという。

 コーチの立場から見る試合コートは、異なる視座やテニス観を、彼に与えただろう。

「コーチングをした上で選手として戦っていると、より客観的に自分を見て、落ち着いてプレーできるようになった。頭の中でやろうと思ったことを、実際に行動に移せるようになった」

 指導者経験の効能を、伊藤自身もそう語る。住澤との対戦でも、そんな伊藤の“試合巧者”ぶりが存分に発揮された。

 第1セットのタイブレークでは相手にリードを許すも、ロブからスマッシュにつなげる空間を広く使うプレーで、流れを変えてセットを奪い去った。

 ファイナルセットでブレークバックした直後は、「チャンスがあるとしたら、この2ゲームだ」と見定め、たくみに相手のミスを誘った。体力切れのように見えた時間帯もあったが、それも試合の全体像を把握し、時に省エネモードに切り替えたため。
 「精神的にも肉体的にもダメージがあったのは確かです。その中で、今できることをやろうとした時、ボレーを増やしてポイントを短かく終えたり、スライスで相手のリズム崩したり。自分の体力面も考慮して、うまくペース配分もできましたし……」

 冷静に勝因を振り返る伊藤は、「そこはやっぱり、今までの経験が生きたかなっていうのを、見せられた試合ではありました」と、照れた笑みを顔いっぱいに広げた。

「精神的にはすごく良い状態。一番テニスが楽しい感じで、あまり深く考えず、自分の好きなプレーをやれている」

 充実感を顔に滲ませ、伊藤が言う。キャリアの集大成と呼ぶに相応しいテニスを、大好きな有明コロシアムに描きなら、竜馬が行く。

取材・文●内田暁

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