日本テニス界をけん引した伊藤竜馬が18年にわたる現役生活に幕!「お客さんの声援が無ければ勝てなかった」<SMASH>

「夢のような1週間でした。お客さんの声援が無ければ、勝てなかった。幸せでした」

 18年にわたるプロ生活のラストマッチ——。10月12日に行なわれた全日本テニス選手権準決勝で、磯村志に1-6、2-6で敗れた伊藤竜馬は、コート上のインタビューで、万感を込め客席の人々に感謝の言葉を述べた。

 自陣営の席には、妻や長男、姉や御両親ら、多くの親族・友人たちの姿がある。

 3回戦の日には、昨年引退した土居美咲さんが、客席から大きな拍手を送った。

 準々決勝では奈良くるみさん、さらには、ケガのため一旦帰国した西岡良仁も、兄たちと共に客席から大きな声援を送る

「チーム三重ですからね!」

 同郷の後輩は、伊藤の勝利に、心から湧き上がるような笑みをこぼしていた。

 現役最後の大会に選んだ全日本選手権で、伊藤は、初戦から薄氷を踏む勝利を重ねてきた。1回戦では、相手のサービングフォーザマッチを凌いで、逆転勝利。3回戦も同様に、ファイナルセットでのブレークダウンから、剣が峰で踏ん張り巻き返した。

「まだまだ、できるんじゃない?」

 周囲のそんな声に、本人も「引退、撤回しちゃう!?」とおどけた声で返して破顔する。
 「初戦からタフマッチだったので身体もボロボロになるかと思ったら、意外と筋肉痛も無くて」

 準々決勝後の会見でもそう言って、いつもの人懐っこい笑顔をこぼしていた。だが実際には初戦後から、ヒザの痛みは限界に達していたようだ。

「試合前には、痛み止めを2本打っていた」と初めて明かしたのは、ラストマッチ後の会見の席である。

 準決勝の磯村戦では、ヒザの痛みは誰の目にも明らかだった。それでも最後までコートに立ち、時おり、意地のフォアハンドの強打でウイナーを奪う。

 一方の磯村も、やり辛い状況ながら、エースを奪うたびに吠え、全力で勝利をつかみ取りにいく。大会序盤から「生きの良い若手とやりたい」と公言していた伊藤にしてみれば、伸び盛りの21歳との対戦は、望んだキャリアの幕引きだったかもしれない。

「彼は、最後の相手に相応しかった。気のいいプレーヤーなので、本当に彼が最後で良かったし、これからも応援していきたい選手」

 伊藤は納得の表情で、磯村にエールも送った。
  18年のプロキャリアを振り返り、最も嬉しかった出来事として、「2012年のロンドンオリンピック出場」を挙げる。自分一人の功績ではなく、「錦織(圭)くんや添田(豪)くんと一緒に行けたというのが、すごく大きい」と言うあたりが、仲間思いの彼らしい。

 4歳年上の添田の背を追い、一歳年少の錦織の活躍に刺激を受け、共に迎えた日本男子テニスの夜明け。この年、伊藤の世界ランキングは、キャリア最高の60位を記録した。海外留学等の経験はなく、高校も部活動出身。“純国産”と呼ばれたその足跡の中で、彼を特別たらしめたものは何かと問われると、「出会い」だと即答した。

「やっぱり、人との出会い……コーチやスタッフとの出会いというのは、選手にはすごく大事だと思う。その上で、しっかり自分に投資すること。その大切さを理解した上で、自分でしっかり決断する能力」

 紆余曲折や試行錯誤もあったキャリアの中で、学んだそれらの財産を、「これからの選手たちに伝えたい」とも言った。

 豪快に見えながらも、その実、繊細で篤実な人柄は、年齢性別問わず、仲間の選手たちからも広く慕われる。後輩選手たちからは、早くも「コーチとして見て欲しい」と声も掛かっている。本人はツアーコーチに興味があるも、ジュニア育成にも尽力していきたいと言った。
  最後の試合終了後には、本来は勝者恒例のサインボール打ち込みを、惜別の挨拶代わりに行った。ファンたちが両手を振り、「ちょうだい!」と声を上げるなか、終盤の一球は、スタンドの誰もいない所へと飛んでいく。

「どこに打ってるんや。まったく、あいつらしいなぁ」

 打球の行方を見守る父親が、顔をクシャっとしかめて笑った。

 最後の会見の、最後の質問。「伊藤竜馬とは、どんな選手だったか?」と問われ、次のように答えた。

「20代は粗削りで、勢いもありつつ、乱暴な部分もあった。20後半から30代になって、ベテランの味をゲットでき、より冷静さも得られた。

 今のメンタル状態が20代の時にあれば、もっと行けたんじゃないかというのもあります。でもテニスや試合への取り組み方は、非常に高かったかなと思います。

 あとはやっぱり、攻撃的なフォアハンドが、自分の中で一番の魅力だった。そこを、今大会でも見せられたのは、非常に大きかったかな」

 キャリアのラストショットは、痛むヒザを引きずりながら放った渾身のフォアが、ネットに掛かる。

 恐らくは誰もが納得する、伊藤竜馬らしい最後だった。

取材・文●内田暁

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