現在、大阪市靭テニスセンターで開催さている、女子テニスツアーの「木下グループ・ジャパンオープン」。10月16日にはシングルス2回戦他が行なわれた。
日本勢では、予選を勝ち上がりWTAツアー本戦デビューとなった伊藤あおいが、1回戦で2020年全豪オープン優勝者のソフィア・ケニン(アメリカ/世界ランク158位)に勝利。2回戦では、今大会第8シードのエリザベッタ・コッチャレット(イタリア)に6-4、6-3で快勝し、準々決勝に歩みを進めた。
今季の全仏オープンで4回戦進出も果たしている世界50位が、ラケットで地面を叩き、苛立ちの声を上げた。早いタイミングで返ってくる伊藤のストロークに、振り遅れる。かと思えば、滞空時間の長いロブを待ち切れないように、強打したボールがラインを越えていく。
そんな相手の混乱や狼狽を見透かしたかのように、伊藤はフォアハンドのスライスをライン際にスルリと流すと、迷いなくネットにつめて、オープンコートにボレーを落とす。ブレークをされても、すかさずブレークバックし流れを引き戻すなど、試合運びもこの日は盤石。コートを伊藤あおいの色に染め、相手を自身の領域に引きずり込んだ。
「今日の相手は、パワーではなく組み立ててくるタイプだったので、相性的には良かった」
試合後に、伊藤が笑みで振り返る。
「自分のテニスは特殊なので、噛み合いさえすれば勝てるのではと思いました」
そう言うと彼女は、「噛み合いさえすれば」と繰り返した。
「特殊」と自認する伊藤のテニスは、幼少期から今も変わらぬ独自の感性と、父親の指導理念のケミカルの産物だと言える。
「伊達公子さんと、シェイ・スーウェイを足したテニス」とは、数年前から伊藤本人が公言してきたテニスの指標。ただ実際には、「伊達さんもスーウェイさんも、ほとんどプレーは見たことがないんです」と首をすくめた。そんな伊藤のテニスの設計図を描いたのは、父でコーチの時義氏。
「だって伊達さんが、小柄でも世界で勝てるテニスを示してくれた。それを見習わない手はないじゃないですか」
父はそう言い、カラリと笑った。
その父の教えに磨きをかけたのは、なんといっても、伊藤本人の感性と知性だろう。小学生の頃から大人に混じって試合をしてきた伊藤は、「パワーでは勝てないなかで、勝ち上がるために省エネを考えた」という。
「以前は正統派というか、ライジングで返して前に出る感じだったんですが、それでは限界を感じまして。高校生くらいから試行錯誤して、こうなりました」
草試合を次々に重ねていく中では、相手の情報はコート上で収集し、その場で分析し策を実践していくしかない。その姿勢は今もそして今大会でも、基本は変わっていないという。
「最初にとりあえず自分が得意なパターンをやってみて、それが全然相手に効かなかったりしたら、色々と変えて、一番ポイントを取れるやつを探して……という感じです」
技とヒラメキで組み立てる即興テニスは、どこか前衛芸術的な匂いも放つ。そんな彼女が自分のテニスを貫き通せた背景には、幼少期に通ったテニスクラブの、コーチとの相性もあるだろう。彼女が籍を置いた名古屋のチェリーTCは、全豪オープンジュニア優勝者の坂本怜も輩出した名物クラブ。そのオーナーコーチの千頭氏は、以前に伊藤について、次のような思い出を語ってくれた。
「練習でちゃんと走らない時に、『そんなんやったら出てけ!』と叱ったら、たいがいの子は『ごめんなさい』ってなりますよ。でもあの子は、本当にコートから出ていって、クラブハウスで漫画読んでましたからね」
そう語るコーチの表情は、明らかに楽しそうだった。
初のWTAツアー本戦でベスト8に進んだ伊藤の、次の相手は、ラッキールーザーのエバ・リス(ドイツ/同118位)。
50位の選手に勝ったなら、次も……と前のめりになる報道陣を軽くいなすように、伊藤は「ラッキールーザーと言っても、私よりランキングは100位近く上。それこそ、6ゲーム取れればと思っています」と笑う。
確かに今の伊藤にとって、対戦相手のランキングは、さしたる意味を持たないだろう。
「噛み合いさえすれば……」
噛みしめるように放ったこの言葉の真価が、またコート上で披露される。
取材・文●内田暁
【画像】20歳の伊藤あおいらが準決勝に進出!!|全日本テニス選手権99th 第6日
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