冨家ノリマサ インタビュー インディーズ映画ながら世界の映画賞を席巻した『最後の乗客』と大ヒット作品となった『侍タイムスリッパー』

世界の映画祭で多数の映画賞を受賞している映画『最後の乗客』が現在公開中です。本作は2020年にクラウドファンディングで制作費を募り2日で目標を達成。今年3月に宮城県の1館で自主上映、その後、世界での反響から全国公開を迎えた異例の作品です。しかも上映時間は55分。東日本大震災の被災地、宮城県の海沿いを舞台に、あるタクシー運転手と乗客との出逢いから紐解かれる魂の物語。この映画の主演は、宮城県仙台市出身の元AKB48の岩田華怜さんと、『侍タイムスリッパー』にも出演する冨家ノリマサさん。今回は、大ヒット公開中となる話題騒然の『侍タイムスリッパー』と、世界の映画賞を席巻し全国公開となった『最後の乗客』について冨家ノリマサさんにお話を伺います。

――これまでの俳優人生を振り返って、『侍タイムスリッパー』のような盛り上がりを見せた作品はありましたか。

ビックリです。若い頃は、こうなることを夢見て“いつかスポットライトを浴びて”と思っていました。そのうちそう思い描いていた時期も過ぎて、還暦になって“あとは役者として生きていければいい”と思っていたところに、いきなり光がパーッと当ったので、眩しくてどっちを向いていいのかわからないです(笑)。

――芸能生活は何年になられるのですか。

42年です。

――42年続けられていることが凄いと思います。

そうですね。よく言われます(笑)。

――ある年月が経ち俳優業をやめられる方も沢山いらっしゃいます。そんな中で俳優を続けてこられた理由はなんでしょうか。

僕は基本的にお芝居が大好きなんです。本当に好きで、演技をしている時が、一番“生きている”と思える時間なんです。多分、それだけですね。だから今回のようにいい作品にポンッと当たったりした時に、自分の中で得も言われぬ快感があるというか、生き甲斐ですよね。演技をするのが根っから好きなんだと思います。

――諦めずに続けて来られ、還暦を過ぎてのこのミラクル。

ミラクルですね。ご先祖様に手を合わせました(笑)。

――周りからの反響も含めて、生活も変わられたのですか。

生活はまったく変わらないです(笑)。色々な人から「映画、観たよ」「良かったよ」「いい映画だよね」などバンバン言われます。僕の苦労を知っている人も多いので「光が当たって良かったね」と言ってくれる人も沢山います。

――私は『侍タイムスリッパー』で冨家さんの演技を観て、こうして冨家さんとお逢いした時に“『侍タイムスリッパー』で冨家さんが演じられた大物俳優の役は、冨家さんご自身と近いのではないか”と思ったんです。ある意味、後輩に何かを残していくみたいな立ち位置に今、冨家さんご自身がいらっしゃるのかと。YouTubeチャンネルでは、色々な俳優さんを紹介するということもされています。YouTubeチャンネルを始めようと思われたきっかけはなんですか。

若い時ってどうしても「アイツよりも売れたい」など自分、自分なんです。自分、自分と生きてきて、“でもそれって、どうなのよ?”と思うようになって。芸能界ってちょっと世知辛いところがありますよね。僕は昔、運動部にいたので、“皆で頑張る”とか“弱い奴には誰かがサポートする”みたいに皆でチームを作ってやっていくということが、根本的に一番好きなやり方だったんです。それなのに芸能界に入った途端に“アイツには負けたくない”“アイツよりいい仕事をしたい”など人と戦うようになってしまったんです。だからずっと“人と戦うのは良くない”と思っていました。この歳になって一生懸命頑張っている若い子達が居たりすると、これまで自分がやって来たことで少しでもプラスになることがあれば教えてあげたい、一緒になって勉強したいと思うようになりました。それもあり、YouTubeチャンネルや演技のワークショップをやってみたりもしています。

――冨家さんのお人柄は舞台挨拶にも出ています。ちゃんと空気を読まれていて、皆さんがお話出来るような場作りをされていますよね。その技はどのように学ばれていかれたのですか。

全然、技とかではないです(笑)。たまたまだと思いますが『侍タイムスリッパー』も『最後の乗客』も監督含め、スタッフ、出演者、皆さんいい方々なんです。本当に皆さんいい人達なので、自然といい人の中に入ると自分もいい人になれる、それと同じです。空気を読むのは歳なんで(笑)、年齢的にもその立場になった感じです。昔だったら“自分が一番、目立とう”と思っていましたが、今はまったく思っていなくて、皆が楽しむためにはどうしたらいいのか?を考えるようになりました。“皆が楽しいのが、一番楽しい”という感じです。

――『侍タイムスリッパー』の安田淳一監督も『最後の乗客』の堀江貴監督も全て自分たちで行っています。大手配給会社とは違い、インディーズという点から先もハッキリとは見えない、不安定な状態ですよね。それでもその船に乗ろうと思われたのは何故ですか。

船は不安定ですが、船長(監督)はしっかりしているので。船で例えるなら、この船長は船が沈んでも絶対に一番最後まで船に乗っている人だということがわかったんです。まず乗客を救命ボートに乗せ、救命着をつけて、自分は最後という覚悟を持っている。そのことが現場でも会った時にもすぐわかったんです。だから安心です。沈没しても大丈夫、この船長なら助かると思いました。

――皆さんが船長を信じているということですね。

そうです。その通りです。本当に『侍タイムスリッパー』『最後の乗客』という2作品が僕を育ててくれたと思っています。人間は60歳になろうと70歳になろうと勉強しないといけないことは勉強しないといけないし、人として死ぬまで成長していかないといけないと思っている中で、この2作品は、僕を役者としても人としても成長させてくれました。そんな作品に出会えてもの凄く嬉しいです。

――2作品の公開が近かったので、まったく違う役を演じている冨家さんを観ることが、出来て面白かったです。『侍タイムスリッパー』ではその立ち姿、喋り方から【時代劇の大物俳優】でしたが『最後の乗客』の【タクシーの運転手】は座っている姿も喋り方もまったく違いました。役に入る時は、どのような研究をされているのですか。

役に入ると自然とそうなっていく感じです。諸先輩方の現場での役作りの仕方を一生懸命見ていたんです。それこそ緒形拳さん、三國連太郎さん、杉良太郎さん、僕の大好きな素晴らしい大俳優の人達と一緒に仕事をさせて頂いた時にとにかく見ていたんです。“現場ではどうやって過ごしているんだろう。どうやっているんだろう”と見ていた時に、“なるほど、こうやって現場に入っていくんだ”とか “こうやって役作りをしていくんだ”と知っていったんだと思います。そして自分自身も先輩方のようにきちんと演技が出来る俳優になりたいと思うようになり、自然と出来るようになりました。

――役をどのように取り入れるのですか。

諸先輩方が持っているオーラは凄かったんで、見ているだけで焼き付くんです。もう本当にかっこ良かったです。リハーサル室に入って来る20メートル先から、既にかっこいい(笑)。

よく「『侍タイムスリッパー』の【風見恭一郎】役は里見浩太朗さんを意識されているのですか?」と聞かれるんですけど、僕からしたら恐れ多いです。僕が最初に里見さんにお会いした時、「長七郎江戸日記」だったかな?その現場に僕はゲストで出させて頂いたんです。その日、里見さんは既にオープンに出てらして、僕は初日でオープンに出た時にご挨拶をしようと思っていたんです。里見さんはオープンの中で座られていて、僕は50メートルぐらい前から里見さんだとパッとわかり、近づいていったら20メートルぐらいの所で里見さんがフッと僕の方を見られて目が合ったんです。その瞬間、僕は固まってしまって、それ以上1歩も前に行けなくなってしまったんです。本来なら目の前まで行ってご挨拶をしないといけないのにオーラが凄くて20メートルぐらい前から「よろしくお願いいたします」とご挨拶しました(笑)。あの出来事はいまだに覚えています。里見さんからしたら“失礼な若造だな、目の前に来て挨拶しないのか”と思っていたと思います。傍に行けなかったんです。

――三國連太郎さん、緒形拳さんと癖の強い名優の方々との共演はいかがでしたか。

1つのシーンにかける執念が凄まじかったです。本当に三國さんも緒形さんも“ここまでするのか!”と思うぐらい凄まじかったです。三國さんと絡ませて頂いた時、僕が三國さんを押して、三國さんがゴロッと転がって穴に落ちるというシーンがあったんです。その撮影時、三國さんはスーツを着ていらしたのですが「ちょっとテストしようか」ということになり、「それではやりましょ」ということで僕がポンと押したら、「そんなんじゃ転がれない、ちゃんとやってくれ!」と怒られたんです。僕としては本番前だし、スーツを汚すわけにもいかないと思っていたのですが‥‥。でも、しょうがないのでバンと押したら、三國さんがゴロゴロゴロって転がるわけですよ。スーツも砂とかで汚れているのですが、三國さんは「もう一度やろう」と「まだやるんですか」という感じでそれを3回ぐらいやったんです。それぐらいやって三國さんが「わかった。これでいこう」とおっしゃったんです。今だったら、下手したら「本番前だから、服が汚れるのでやめておきましょう」とか「軽くして下さい」というのが当たり前の中で、それを平気でやる土壌で芝居を積み重ねてきた人の底力を感じました。

緒形さんもそうです。NHKの正月時代劇で緒形さんに最後に斬られるという役で、1対1で戦うシーンがあったんです。緒形さんの姿は震えるほど怖かったです。でも、その人と戦わないといけないと思うと、こちらも“負けちゃいけない”と思うのでグッと気も上げていきます。そうやって諸先輩方と絡ませて頂いたことで、現場に入った時の役としてそこに居る気の上げ方を肌で教えて頂いた感じがします。

――脚本をすごく読んで出演を決めるとおっしゃっていましたが、監督や作家の人間力を読み解いて、作品に挑まれているということですよね。

はい、その為には本当に自分自身の俳優としての器が少しでも広くないと。頂いた役がどんなに素晴らしい役であっても、その役を演じる俳優がしょぼかったら脚本で描かれている役は絶対に超えられない。何割しか埋められないと僕は思っているので、日々、一生懸命生きることが一番大事なことだと、この歳になってやっと勉強しました。

――『最後の乗客』の【遠藤】という役も、お客さんと向き合うことを大事にされていると思いました。

堀江監督が描かれた【遠藤】という役が、男手ひとつで一生懸命娘を育てている、どこにでも居るいいお父さんなんです。監督には「かっこよくなっちゃうから、かっこつけないで」と言われました。だからなるべく普通のお父さんが無骨ながら娘の為に一生懸命頑張っている、そんな小さなロウソクの炎が見えればいいかなと思いながら演じていました。この映画も『侍タイムスリッパー』同様、広がることを願っています。舞台挨拶も呼ばれたらどこにでも行こうと思っています。

――今後、達成したい目標はありますか。

特に考えてないです。例えば「賞を取りたい」とか「ハリウッド作品に出演したい」とかそういうのは特にないです。強いていえば「いい作品に巡り合いたい」です。また今回の『侍タイムスリッパー』や『最後の乗客』のようないい作品に巡り合いたい。それが一番の幸せです。

この2作品は撮影中も本当に幸せでした。演じていて気持ち良かったです。台本を頂いて大変な役だけれども、撮影に入るまで色々なことを考えている時間も凄く幸せでした。そして、いい作品だと思って出演した映画をお客様が「良かったです」と言ってくれる。これ以上の幸せなことはないと思います。凄くそう思います。

――今後、一緒に仕事をしてみたい監督などいらっしゃいますか。

安田監督と堀江監督です(笑)。このお2人とは合うんです。『ディア・ハンター』(1978)のマイケル・チミノ監督や『ソフィーの選択』(1982)のアラン・J・パクラ監督の現場はどんな感じなんだろうという興味はありますけど(笑)。あのような作品を撮る監督はどんな精神構造で、どんなふうに人を見ているのか?興味があります。人の見方が人間目線ではなく、俯瞰というか神目線で捉えているからこそ、あのような演出が出来るのかも?とも思いますし‥‥。映画監督は凄いですよね。安田監督も堀江監督も凄いと思います。

終始、様々なキャストに気を配り、観客へ感謝を忘れない冨家ノリマサさん。『侍タイムスリッパー』はもちろん、『最後の乗客』の舞台挨拶でも全体を見渡しながらトークを展開し、感極まって涙を流していました。作品に対してはもちろん、人への誠実さを大事にしている冨家さんの主演作『最後の乗客』。多くの観客に届いて欲しいと私自身も願う、一度観たら忘れられない愛に満ちた物語でした。

取材・文 / 伊藤さとり
撮影 / 岸豊

作品情報

映画『最後の乗客』

タクシードライバーの間で “深夜、人気のない歩道に立ちずさむ女“の噂話がささやかれるなか、今日も遠藤はひとりハンドルを握り閑散とした住宅街を流していた。いつもと変わらぬ夜。噂の歩道傍で、手をあげる人影。顔を隠すように乗り込んできた女性が告げた行き先は「浜町」。走り出すや、路上に小さな女の子と母親の二人が飛び出してきた。どうしても乗せて欲しいと言って聞かないその母娘を同乗させると、行き先はやはり「浜町」。奇妙な客と秘密を乗せたタクシーは。目的地へと走りだす。

監督:堀江貴

出演:岩田華怜、冨家ノリマサ、長尾純子、谷田真吾、畠山心、大日琳太郎

配給:ギャガ

© Marmalade Pictures, Inc

公開中

公式サイト gaga.ne.jp/lastpassenger/

映画『侍タイムスリッパー』

時は幕末、京の夜。会津藩士・高坂新左衛門は、密命のターゲットである長州藩士と刃を交えた刹那、落雷により気を失う。眼を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。行く先々で騒ぎを起こしながら、江戸幕府が140年前に滅んだと知り愕然となる新左衛門。一度は死を覚悟したものの、やがて「我が身を立てられるのはこれのみ」と、磨き上げた剣の腕だけを頼りに撮影所の門を叩く。「斬られ役」として生きていくために‥‥。

監督・脚本・撮影・編集:安田淳一

出演:山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの

配給:ギャガ、未来映画社

©2024未来映画社

公開中

公式サイト samutai