〈スキマバイト頼りのホテルも…〉空前のインバウンド特需でも、宿泊業界の人手不足が深刻化しているワケ

Go Toトラベルやインバウンドの影響で、日本人・外国人問わず“迷惑客”に悩まされているここ数年の宿泊業界。しかし、さらに深刻な問題となっているのが人手不足で、現在ではスキマバイトサービスに頼らざるを得ない状況にあるという。また、日本人の実質賃金の低下も影響し、一見すると好調な宿泊業界も、数年先はどうなるかわからない状況だ。

インバウンドで問題視される訪日外国人の宿泊マナー

コロナ禍における観光業界支援キャンペーン「Go Toトラベル」では、利用者による悪質なマナーが各地で確認された。

これは公費負担での割引により、普段は高級ホテルや旅館に宿泊しない層が利用したことが影響している、というのが有識者らによる共通の見方である。

新型コロナの感染が下火になったことで同キャンペーンは終了したが、その後、宿泊業界は新たな課題に直面。入国規制の緩和や急激な円安などを背景に、「インバウンド」と呼ばれる訪日外国人が大挙して押し寄せるようになった。

10月16日、日本政府観光局は2024年9月の訪日外国人数が287万2200人に達したと発表。これにより、9月までの累計訪日外国人数は2688万200人となり、昨年の総数である2506万6350人をすでに上回っている。

インバウンド消費が盛り上がる一方で、この弊害として、訪日外国人の観光・宿泊マナーもたびたび問題になっている。

実際、全国約2600軒の宿泊施設が加盟する一般社団法人日本旅館協会に問い合わせたところ、加盟施設から以下のような事例や影響が報告されたという。

「食事会場でのアジア系の宿泊客の話し声が大きく、ほかのお客さまから苦情が来た」

「チェックアウトの時間になっても部屋から出てこないお客さまがいる。延長の規程を設けていないので泣き寝入りの状況となっている」

「金銭的なロスよりも、清掃スタッフに心理的負担がかかっている」

「チェックアウト後、数時間経ったあとに戻ってきて館内の無料ジュースを持って帰ったお客さまがいた」

同協会は、こうした迷惑客などへの対応において“第一人者”と呼べる人物として、ホテル業界に詳しい経営コンサルタントの永山久徳氏を紹介してくれた。

永山氏は、昨年施行された改正旅館業法に関連して、厚生労働省が実施した「改正旅館業法の円滑な施行に向けた検討会」にも参加した人物だ。

改正旅館業法は、客からの過度なクレームや理不尽な要求、泥酔などのカスハラ(カスタマーハラスメント)への対策を盛り込み、施設側が客の宿泊を拒否できることを定めたものだ。

この改正に影響を与えたのはGo Toトラベル実施時に発生した悪質な事例だが、永山氏によると、こうしたトラブルは現在も依然として多く発生しているという。

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宿泊料金を上げざるを得ないホテル側の苦しい事情

永山氏は日本人宿泊客と外国人宿泊客のトラブルの違いについてこう語る。

「日本人はコロナ禍で行けなかった場所に、何年ぶりかに旅行するとなると、思いっきり楽しみたい気持ちになるんですよね。たとえば、3万円の宿に泊まる場合、『これだけ高いなら、どれだけ楽しませてくれるんだろう』といった思考になる方が多いんです。

逆に外国人の場合は、『コストとサービスが見合っていればそれでいい』と考える人が多い。
日本人の場合は『1人いくら』を考えるのが一般的ですが、外国人は『1部屋いくら』と計算する人が多いので、2人分の予約なのに5人ぐらいで来てしまう、といったトラブルが起こることはけっこうあります。

ただ、言葉が通じないぶん、外国人のほうが比較的素直に従いますね。そこで食ってかかることとかは、あまりなくて。細かい言葉尻で『気分を害した』とか、そういったことを言う人はやはり日本人に多い印象です」

宿泊価格が高額になるほど、サービスへの期待も高まり、客としてはクレームを入れたくなる心理が働く。

特に、最近では観光地や都内を中心に宿泊料金が急上昇しているが、これにはコロナ禍での大幅な減益を取り戻すという、施設側のやむを得ない事情が背景にあるようだ。

「もともと、稼働率が100%近くないと回らない物件が、コロナ禍の数年間は半分以下でやっていたわけです。だから、倍の値段で3年間ぐらい営業を続けないと、収益的には元に戻らない。ただ、需要も値段も上がったことで、ここ最近は業界的に好調ではあります」(同前)

だが、業績好調で先行き明るいのは、一面的な見方でしかない。現在の宿泊業界は深刻な人手不足に陥っている。

「今、本当に人手不足が深刻です。コロナ禍のとき、外出先での宿泊や飲食って犯罪者のように扱われましたよね。

だから、家族から『もう辞めなさい』と言われたり、『夢を持って業界に入ったけど、もう無理』と感じたりして辞めてしまった第一線のフロントやサービススタッフがたくさんいるんです。
一説には、こうした理由で辞めたスタッフが、ホテル業界全体で2割ぐらいいると言われています。

しかも、その状況が草刈り場になってしまって、たとえば、料理が作れるような人たちはレストランに引き抜かれてしまいました。マルチリンガルでサービス力のある人材は、ホテルを辞めてもほかのいい職場が見つかるため、わざわざホテル業界に戻る理由もありません。

人材の育成にも時間がかかるし、仮にスタッフが戻ったとしても稼働率が上がっているぶん足りないわけですから、見た目の数字以上に人手不足は深刻なんです。

地方のおじいちゃんやおばあちゃんが営んでいる旅館なんて、募集をかけても人材は集まらないし、そのまま働くのはしんどいしで、稼働率を抑えるために部屋の2割ほどを閉めているところも少なくありません。宿泊料も上がっているから十分だ、って」(同前)