わかりにくいタイトルかもしれない。副題の「日本列島に延びる中露朝の核の影」が本書のポイントを表している。

 手嶋龍一瀬下政行による国際関係をめぐる対談である。手嶋龍一は外交ジャーナリストで作家。NHKワシントン支局長として9.11テロについて中継していた姿を覚えている人は多いだろう。その後は独立して、ベストセラーになったインテリジェンス小説「ウルトラ・ダラー」「スギハラ・サバイバル」などさまざまな著作を発表してきた。

 瀬下政行は公安調査庁のシニア・アナリスト。つまり情報を分析して考察する専門家である。公安調査庁の現役アナリストがこうした形で登場するのは異例だ。ゆえに「公安調査庁秘録」である。

 ロシアがウクライナを侵略して戦争になり、イスラエルではパレスチナ武装組織ハマスとイスラエル軍の戦闘が激化している。しかし今、西側の情報機関が強烈な関心を抱いているのは、北朝鮮とロシアと中国の国境が接する三角地帯だと手嶋と瀬下は言う。日本とは日本海を挟んだ向かい側である。

 歴史的に中露朝の3国は微妙な関係を続けてきた。共産主義といっても、毛沢東とレーニン/スターリンと金日成では違うし、習近平とプーチンと金正恩ではもっと違う。イデオロギーだけでなく国境、すなわち領土問題もあるので、時には衝突も起きる。

 北朝鮮は核兵器の開発を熱心にやってきた。ところが国は貧乏で餓死者も出るほどだ。韓国との経済格差は開くばかりで、ミサイルに費やすカネがあったら食糧を買えと言いたくなるのは筆者だけではないだろう。

 国民を飢えさせても北朝鮮が核開発に熱を上げるのは、アメリカと交渉し、国際的に自分たちの存在を認めさせるためだと思われてきた。ところが本書によると、彼らにはもっと実利的な理由がある。作った兵器をロシアに輸出しているのだ。ロシアはその兵器をウクライナ戦争に投入する(歴史的にウクライナはソ連の兵器工場的な役割を果たしてきたが、離反して西側寄りになったため、プーチンは侵略に踏み切ったという事情がある)。

 実際、本稿を書いている10月5日、ウクライナ・ドネツク州で北朝鮮の士官6人が死亡したとの情報が入ってきた。北朝鮮が供給しているのは兵器だけではないようだ。

 今年の1月、北朝鮮は韓国との統一という建国以来の路線を放棄して、韓国を敵対国と見なすと宣言した。それは、非西側の国や組織への軍需工場としてやっていくという覚悟の表明なのだろうか。兵器を作って売り、それと引き換えに食糧をはじめ、さまざまな物資を得る。そうやって生き延びていくということか。

 世界のどこかで紛争が起きれば北朝鮮が儲かる。ウクライナや中東で示されているように。北朝鮮の国ぐるみの「死の商人」化に、我々はどう対応すればいいのだろうか。

《「公安調査庁秘録 日本列島に延びる中露朝の核の影手嶋龍一・著 瀬下政行・著/2200円(中央公論新社)》

永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。

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