石破茂首相は、首相就任以前にアジア版NATOの創設、日米地位協定の改定などを主張してきた。首相就任後はこれらの主張について特段の方針を示していない。マスメディアや有識者の中では、石破氏のこういった方針が日米同盟に悪影響を与えると懸念する声がある。この機会に日米同盟の本質について考えてみたい。

 何事にも表と裏がある。表の論理では、太平洋戦争で敗北した日本は、軍国主義時代と訣別し、自由、民主主義、人権など欧米諸国と共通の価値観に立って国家を立て直した。戦前のような国防第一の軍国主義ではなく、米国との同盟により軍事負担を減らし、経済を重視することが国益(国家益と国民益)に適うという道を日本は選択した。

 裏の論理は、より現実的だ。アングロサクソン(英米)は、戦争が強い。しかも、敵に対してはいくらでも残虐なことをする。広島と長崎への原爆投下はその一例だ。原爆の使用は無差別爆撃で、国際法に違反する。にもかかわらず、アメリカは原爆の投下責任を認め、謝罪したことが一度もない。

 また、1945年3月10日の東京大空襲を思い起こしてみよう。米軍の戦略爆撃機B29は、まず東京下町の周縁部に焼夷弾を投下した。人々が避難する道を塞いだのだ。それから中心部に焼夷弾を投下した。通常爆弾で一晩に10万人を殺戮したという蛮行は、人類史において空前絶後のことと思う。

 また世間ではあまり知られていないが熊谷(埼玉県)空襲も重要だ。1945年8月14日、日本はポツダム宣言を受諾する、すなわち降伏することを中立国のスイスとスウェーデンを通じてアメリカに伝達した。アメリカ向けのNHKの国際放送(ラジオ東京)を通じてもポツダム宣言を受諾すると伝えた。アメリカは日本が降伏するということを知りながら8月14日の夜に熊谷を空襲した。軍事施設と住宅街を区別しない無差別爆撃だった。

 アメリカのような戦争に強く、しかも敵に対しては、平気で残虐な攻撃をする国と二度と戦争をしてはいけないというのが、太平洋戦争後の日本の裏の国是だ。

 アメリカと戦争しないために一番確実なのは同盟関係を結ぶことだ。同盟関係は、シニアパートナーとジュニアパートナーによって成り立つ。ジュニアパートナー(日本)は、シニアパートナー(アメリカ)に自らの主権の一部を譲るのだ。これは日本共産党が言うような対米従属ではない。現実的に考えて主権の一部を譲ることが日本国家が生き残るために必要だからだ。アメリカと同盟関係にある国で対等の国は1つもない。どの国もアメリカに主権の一部を譲っている。

 ただし、譲る主権の範囲は、歴史的に変動する。1960年にあらたな日米安保条約が成立し、それに伴い日米地位協定が締結された。64年前と比較すれば、日本の国力は絶対的に強化された。アメリカとの相対的関係においても日本は強くなった。だから地位協定を改定し、日本の主権を拡大することが客観的に可能になったのだ。

佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。

*週刊アサヒ芸能10月31日号掲載

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