スカイライダーこと『仮面ライダー』は、歴代ライダーの登場で大いに盛り上がりましたが、最終回は8人全員が特攻してしまいます。なぜ、こんな最終回になったのでしょう?



『仮面ライダー 昭和 vol.7 仮面ライダー(スカイライダー)』(講談社)

【画像】え…っ? このメンバーが並んだら激アツすぎる…こちらがスカイライダー以外に終結した7人のライダーたちです(9枚)

大きなテコ入れが行われた「スカイライダー」

 1979年10月より放送が始まった特撮番組『仮面ライダー(スカイライダー)』は、前半と後半で大きくテイストが異なります。

 前半は、初代の『仮面ライダー』への原点回帰を意識した作風で、「スカイライダー」と怪人との戦いを主体としたハードなストーリーが展開されました。しかし、低年齢層には地味と感じられたようで、大々的に復活したシリーズにもかかわらず、視聴率は伸び悩んでしまいます。飛行能力「セイリングジャンプ」も、うまく活かせているとはいえませんでした。

 そこで放送開始から1クールが経過した1979年末に、大きなテコ入れが検討されます。スカイライダーに変身する主人公「筑波洋」を取り巻くレギュラー陣の交代や、仮面ライダーの配色を明るくするなどの変更が行われており、なかでも最大の目玉が「歴代ライダーの客演」でした。

 1980年2月15日に「仮面ライダーストロンガー」が登場したのを皮切りに、7人の仮面ライダーが次々と登場します。当初はアフレコによる変身後のみの登場でしたが、「仮面ライダーV3」の「風見志郎」を演じた宮内洋さん、「Xライダー」の「神敬介」を演じた速水亮さんをはじめとするオリジナルキャストが出演すると、シリーズはさらに盛り上がりました。

 テコ入れは大成功して、1980年の春には早くも放送2年目に突入することが決定します。結果的にスケジュールの都合などで、1980年10月10日に最終回「さらば筑波洋! 8人の勇士よ永遠に…」を迎えることになりました。

衝撃! 8人ライダー全員死亡?

タイトルから分かるように、最大の目玉は8人ライダーの勢ぞろいです。最終回の2話前にあたる第52話から、洋の死んだと思われた父親、「ネオショッカー」に幽閉されていた母親が登場してストーリーを盛り上げていきます。

 ついに姿を現したネオショッカー大首領は、地球侵略を狙う「暗黒星雲」からやってきた巨大怪獣でした。洋を助けるため、7人のライダーが次々と駆けつけます。「2号ライダー」がリーダーシップを取っているのは、「一文字隼人」役の佐々木剛さんが出演しているからでしょう(ほかに仮面ライダーストロンガーの荒木しげるさんも出演)。

 7人ライダーは洋のサポートを務める喫茶「ブランカ」の「谷源次郎」に、「さようなら、マスター!」と別れを告げて大首領との最終決戦に臨みますが、「キングダーク」並みの巨体を誇る大首領には苦戦を強いられます。7人ライダーは突撃して自爆を決意しますが、そこへスカイライダーが登場し、右足の裏にある大首領の急所(イボ?)を攻撃して、7人ライダーのキックで大首領を倒しました。

「酸素破壊爆弾」と一緒に自爆して皆殺しにしようと飛び立った大首領を、8人ライダーはセイリングジャンプで追いかけます。そして8人ライダーは大首領を大気圏外まで飛ばしてしまい、谷源次郎や「がんがんじい」たちが見守るなか、空に閃光が走ると色の違う8つの星が輝きました。

 空にライダーたちの姿が次々と浮かぶ演出を見た視聴者の子供たちは、「ライダーたちが死んじゃった……」と思ったでしょう。「さようなら、仮面ライダー!」と絶叫するナレーションが、悲しみに沈む子供たちに追い打ちをかけました。谷は「仮面ライダーは死んだんじゃない。必ず生きている」と言っていましたが、どこか気休めに聞こえます。

 翌週からは新番組『仮面ライダースーパー1』が始まりましたが、谷が「スーパー1」に「仮面ライダーの生まれ変わりだ」と言ったり、歴代ライダーの客演がなかったりしたことも、より8人ライダーの「死」を感じさせられました。



『OFFICIAL FILE MAGAZINE 仮面ライダー 第8号』(講談社)

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新ヒーロー「仮面ライダーV9」とは?

8人ライダーの「消滅」と「復活」の理由

 では、なぜ8人ライダーは消滅しなければいけなかったのでしょうか。

 話は『仮面ライダー』のテコ入れ時までさかのぼります。このとき、テコ入れ案として有力だったのが、新しいライダー「仮面ライダーV9」の投入でした。スカイライダーとの交替、あるいはダブルライダー制などが検討されましたが、歴代ライダーの客演が好評だったためV9の投入は見送られ、V9の設定を再構成して次番組『スーパー1』が生まれます。

『仮面ライダー』のテコ入れ時にはメインライターだった脚本家の伊上勝氏が降板し、江連卓氏が新たなメインライターになっていました。江連氏は引き続き、『スーパー1』のメインライターを務めます。視聴率やキャラクター商品のため、『スーパー1』にも8人ライダーを出してほしいという要請がありましたが、江連氏は「もういらないだろ」と却下したそうです(『KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー Vol.5 仮面ライダーX』講談社)。

「人間というのは、身体を鍛えられるだけ鍛えて、考えられる限りのことを考えて、そうして敵に打ち勝つんだ、ということを子供に教えたい主義」と語る江連氏は、スカイライダーにも多くの試練を与えていました。そして『スーパー1』が始まるにあたり、歴代ライダーの客演にひと区切りつけるために全員で消滅した。そんな推測が成り立ちます。

 ところが、あっさり8人ライダーは復活します。1981年3月に「東映まんがまつり」の1作として公開された、映画『仮面ライダースーパー1』でのことです。8人ライダーが唐突に登場し、再生された「ネオショッカー怪人」と「ドグマ怪人」の混成部隊である「ドグマ復讐兵団」と戦いを繰り広げますが、話の本筋にはあまりからんでいませんでした。

 当初は8人ライダーの登場予定はなく、クランクイン直前に登場が決まったそうです。8人ライダーの復活は、興行上の要請だったと言われています。

 80年代に入ってからの「東映まんがまつり」は60年代、70年代に比べるとパワーダウンは否めず、『スーパー1』の併映は『一休さん 春だ! やんちゃ姫』(劇場用オリジナル新作)、『世界名作童話 白鳥の湖』(新作)、『タイムパトロール隊オタスケマン アターシャの結婚披露宴!?』(新作だがほぼダイジェスト)というラインナップでした。

「東映動画創立25周年記念映画」と銘打たれた『白鳥の湖』は75分の長編でしたが、事実上、興行の目玉は『スーパー1』と言って間違いありません。『白鳥の湖』をコケさせるわけにはいきませんが、60年代ならいざ知らず、SFブームの真っ只中では名作の長編は逆に足を引っ張る可能性がありました。TVで高い人気を誇っていた『スーパー1』ですが、単独ヒーローでは弱く感じてしまいます。そこで8人ライダーの復活という話題性が必要になったのでしょう。

 公開直前に発売された『テレビマガジン』1981年4月号では、スーパー1を含む「9人ライダー大特集」が組まれ、子供たちへのアピールを行っています。グラビアページでは9人ライダーが2チームに分かれて綱引きをしたり、仲良く扇のポーズなどを決めたりしつつ、8人ライダーが宇宙から復活した経緯などが説明されていました。結果、「東映まんがまつり」は配給収入7.1億円と、まずまずの成績を収めています。

 このときに復活しておいたおかげで、その後も映画版『仮面ライダー』シリーズや「スーパーヒーロー大戦」シリーズなどで、「オールライダー」を気兼ねなく出せるようになりました。大人の事情による復活とはいえ、英断だったと言えるのではないでしょうか。