副題「一筆書きでニッポン縦断」とある通り、JRの片道切符で乗車できる最長区間を旅する試みのことだ。

 著名な鉄道旅行作家だった宮脇俊三が1978年に行った旅を綴った「最長片道切符の旅」(新潮社)で広く知られるようになり、少なからぬ鉄道マニアが挑んできたそうだ。23年に著者が挑戦した時点では、現在では最北端の稚内駅から、新開業の西九州新幹線・新大村駅までの約1万1000キロ余り、乗車券運賃だけで9万円を超えると聞く。まさにマニアックな旅以外の何ものでもない。

 巻頭いきなりカラーグラビアが登場し、若い女性のポートレートが華やかに示されるのは、鉄道オタクのこだわり旅行記と思い込んでいた先入観を打ち砕いてしまう。アンドロイドのお姉さん「SAORI」と名乗る彼女は、人間そっくりのロボットに扮して、モデルやユーチューバーとして活動しているらしい。

「鉄っちゃん」とは全く違い、基本的鉄道知識も怪しいほどだ。旅が始まると、それが次々露見する。なにしろ初日早々、次の特急に乗るべき駅を間違えて前進不能になる始末だし、翌日には、特急券が自動券売機で買えるのを知らず混み合うみどりの窓口で焦る有様だ。仕事の移動で鉄道利用回数が多い程度のわたしでさえ知っているのに‥‥。

 でも、こんなドジをやらかしてしまう人の旅行記だからこそ、読んでいて面白い。しかも、マニアのレポートが専門知識の羅列になりがちなのに対し、素人の目で鉄道旅行の驚きや喜びを語ってくれるので親しみやすい。一心不乱にゴールを目指すのではなく、途中中断して他の仕事の処理やユーチューブ映像の編集をしたり、コース外の温泉地に寄り道してくつろいだりする緩い行程に、同じ素人である我々読者も共感を覚えるところが多い。著者の側も、本業では非公開の年齢を本書では匂わせてくれる気安さだ。

 北海道から九州まで、残念ながら、四国は瀬戸大橋線を往復せざるを得ないため渡れない。また沖縄は無理で日本一周にはならないが、42都道府県を巡る著者の旅に同行したかのような気になれる。新幹線で行ける大都市だけでなく、1日に何本しか走らないローカル線の町を巡る場面が圧倒的に多い。改めて、知らなかった田舎にこんな場所、こんな名物があるのかと知ることは楽しいではないか。個人的には「秘境駅」と呼ばれる人里離れた駅が続出する長野県の飯田線に惹かれた。

 とても著者と同じ挑戦は無理な我々であっても、このちょっとした波瀾万丈の旅行記に出てくる特定の路線を訪ねることは可能だ。誰しもが、一度は行ってみたいと思う場所を発見するだろう。その意味では、旅行ガイドにもなる、お得な一冊である。

【「最長片道切符鉄道旅 一筆書きでニッポン縦断」SAORI・著/2200円(イカロス出版)】

寺脇研(てらわき・けん)52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。

【写真ギャラリー】大きなサイズで見る