「みんな生きることを疑っている。そのうえで、なんとかして生きる希望を見つけてほしい」『推しはまだ生きているか』人間六度

婚活という題材に対するSF的なアンサーを

―― 第二編「推しはまだ生きているか」は、表題作でもあります。こんなにポップな終末SF、初めて読んだかもしれません。

 一応都市の話ではあるんですが、この辺りからSFをあまり読まない人にも分かりやすいものを書いてみたいなと思い始めて、それまでの「都市とSF」というテーマを「生活とSF」というふうに読み替えていったんです。生活から離れたSFを書く人は、結構いるじゃないですか。生活に寄せたSFを書きたい、という思いが少し前から自分の中にあったのかなと思います。身近なものとSFを繫げて、推し活SFとか婚活SFとか、ワンフレーズで言えるものにする。その最初の試みだったことも含めて、表題に選んでみました。
 

―― 主人公は、地上が汚染されたため、地下シェルターに引きこもって不自由な暮らしを営む、蔵元 ( くらもと ) あみ。ポストアポカリプス系アイドル・節目 ( ふしめ ) おわたの生配信を視聴することが生き甲斐でしたが、ある日突然、配信が途絶えてしまう。最悪の事態を想像したあみは、以前ハッキングした位置情報をもとに、節目おわたがいる渋谷を目指します。すると、道中で生存者に遭遇し、彼女もまた節目おわたを推していることが判明して……。

「同担かよお前」で、殺し合いに発展します(笑)。使い慣れた銃を操るスナイパーと、3‌Dプリンターで作った銃をいっぱい持っている人間が撃ち合う、というバトルが楽しかったですね。僕、これはどこかで長編にするかもしれないです。ポストアポカリプス世界で推しがいて、推しが配信をやめちゃったからそいつを助けに行くという構造は汎用性が高いし、拡張性がありそうです。
 

―― 世界をまるごと創造している点からも明らかなんですが、どの短編も長編にできそうなネタ密度なんです。読者としては贅沢さを楽しめるんですが、書き手としてはコスパが悪い、ですよね?

 いや、それは逆なんですよね。自分にとって言いたいことや伝えたいことから逆算して世界を作るほうが、むしろラクなんです。それらを現実の中で適切に表現できる設定を見つけて書くほうが、僕にとってはコスパが悪い。それに、どのお話も短編だから書けたし、完成させられたと思っています。長編の場合は、舞台となる世界の「全部」を書かなければいけなくなるんですよね。「全部」を書いていったら、どうしても設定にいろいろな矛盾が生じてきてしまう。短編であれば「全部」を書き切らなくていいし、そのほうが読者さんにとっても読みやすい。書きたいところだけを凝縮して書けば成立するという意味で、実は短編はコスパがいいのかなと思っています。
 

―― 第四編「君のための淘汰」は収録作で唯一、作品世界と現実世界とが合致しています。ただ、主人公である29歳独身の会社員・港藍子には、彼女とだけ対話できる、「キスマ」と名付けられた別の生命体が宿っている。

 寄生生物モノSFの型に婚活というテーマを流し込む、というイメージで作った話です。この世界ではバケモノのほうがモテるんじゃないか、という仮説も出発点の一つとしてありました。これはSF的な発想でもなんでもなくて、「モラハラ男のほうがモテるくね?」みたいな(笑)。他者に対して配慮ができる人間よりも、他者をモノ化できる人のほうが男性として魅力的に映る場合がある。それに対する批判的視点もちょっと入っていたりします。
 

―― ヒリヒリするほどリアルでした。

 僕なりの『傲慢と善良』(辻村深月)なんですよ。知り合いに薦められて読んだらすごく面白くて、婚活という題材に対するSF的なアンサーを描いてみたくなったんです。婚活でよく「選ばれる・選ばれなかった」みたいな話が出てきますが、そもそもあなたが生きていること自体、選ばれてそうなっているんですよ、と。人類の連綿とした歴史があり、無数の淘汰を潜り抜けてきた先にあなたが現れた。「君は、もう、選ばれている」という人類讃歌を表現するためには、人類ではないものを出す必要があって、そこはSFの出番だぞとなったんです。

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「生きさせられている」
という感覚をなんとか表現したい

―― 最終第五編「福祉兵器309」は再び実験都市、実験社会の物語。砂漠の惑星で怪物討伐を行う老人・円狗 ( エンク ) が主人公です。

 推し活SF、婚活SFという順番で書いてきて、最後は福祉SFのつもりです。

―― この世界では、人間は老いると「老骸 ( ロウガイ ) 」という怪物に変身する。元は人間ということで、怪物を倒す行為は「福祉」と呼ばれています。主人公の円狗は、サイボーグ化を施された「福祉兵器」。世界そのものを創造する際にはその世界独自の専門用語、造語が大事になってきますが、見事にハマっているなと感じました。

 ハマる言葉を一個見つけると、作品の軸にもなるし、自分のテンションも上がるんですよね。その言葉のために書きたい、みたいな。この話はその衝動が一番強くて、最初の短編を書いた直後くらいに、「福祉兵器309」という言葉だけ思いついていたんです。「福祉」が「兵器」になるはずがないから、一発で訳が分からないのが面白いぞ、と(笑)。その言葉をタイトルにした短編を書きたいと思っていたんですが、それがどういう話になるのかがなかなか像を結んでいかなかった。そんな時に、編集さんから「これまでは若者の話ばかりだったから、違う世代のキャラクターも入れたらどうですか?」とアドバイスをもらったんですよ。そこで「希死念慮を持った娘とおじいちゃんのバディの話にしよう」とパッと思いついて、一瞬でプロットができました。
 

―― 収録作中、最も長いお話になりましたよね。そして、やっぱりエモい。

 砂漠の中に埋もれた、一匙の希望を掬うようなことをやりたかったんです。すごく大事なことに気づいたんだけれども、その時には、それを伝えたい相手に伝えることができなくなっている。この世界観だからできる、切ないけれど美しい状況も書いてみたいなと思っていました。
 

―― 円狗とバディを組む希死念慮を持った少女・理叫 ( リコ ) の造形が象徴的ですが、今作はどのお話にも死の臭いが溢れています。それは各編ごとにディストピア的世界を構築する過程で、自然と出てきたものなのでしょうか?

 自分の中に、命というのは自分で積極的に選び取ったものじゃなくて、誰かから押しつけられているものなんじゃないかという感覚があるんです。「生きる」というよりも「生きさせられている」。その感覚をなんとか表現したいという思いが、僕が書くもの全ての出発点といえば出発点になっているんです。そうすると、キャラクターが生きることに対して何ら疑いのない存在だと、自分の中でリアリティがあまり感じられないんですよ。まず大前提として、みんな生きることを疑っている。そのうえで、なんとかして生きる希望を見つけてほしい、と願いながら小説を書いていったんです。だから、終わり方だけで言ったら、わりと前を向いた話ばっかりなんですよね。どのお話も人類讃歌、人間讃歌にはなっていると思うんです。「推しはまだ生きているか」はぬちゃっとした終わり方だから、そこだけ怪しいんですけど(笑)。
 

―― 今のお話は、各編の読後感とぴったり合致します。

 第一編のSDGsに始まり、いわゆる社会問題をたくさん扱っているんですが、SFの型に流し込まれているからこそ読みやすくなっている気がしています。SFの媒介なしに高齢者問題とか、婚活や推し活の問題を生々しく描こうとすると、結構グロくなると思うんですね。「これは違う世界の話だから」と頭が切り替えられているからこそすんなり読めるし、「でも、ここに書かれている問題意識は自分たちのものと一緒だよね」となる。なにより、今まで書いてきた中で一番いいものができた自信があるんですよ。SFファンはもちろん、SFに馴染みがない人にも手に取ってほしいです。