かつてワールドカップレースを転戦し、2018年から全日本アルペンチームのヘッドコーチとして再び雪上へ。翌年オーストリア・インスブルックに移住し、現在では日本総代理店としてケスレスキーを展開している浦木健太(うらきけんた)。海外からのグローバルな視点で、ヨーロッパのスノーカルチャーやギア・技術など、最新情報や興味深い話題をお届けしていく。
記録!驚き!ハプニング!話題に溢れた’24-25アルペンワールドカップ開幕戦
世界中の注目を浴びるなか、オーストリアのSölden(ゼルデン)で、10月26日(土)に女子GS(ジャイアントスラローム)、27日(日)に男子GSの開幕戦が開催され、いよいよ今季の幕開けとなった「’24-25アルペンスキーワールドカップ」。現地で一体どのようなレースが展開され、見どころはどこにあったのか、詳しく振り返ってみよう。
なんと視聴率67%! オーストリアで100万人以上がTV観戦
今回の開幕戦は、入場者数こそ女子が16,800人、男子が17,200人程度と例年通りだったが、オーストリアの国営放送ORFでは、テレビ視聴者数が過去最高を上回り、女子が視聴率47%の62万2000人で、男子の視聴率はなんと67%で視聴者数が100万人をオーバーしたと発表した。男子レースと同日、日曜日の夜にORFで放送されたカーレースのF1メキシコグランプリの視聴率が27%だったことからみても、今回のアルペンワールドカップの注目度がいかに高かったのかがうかがえる。
終わってみると、復活したマルセル・ヒルシャー(オランダ)とルーカス・ピンヘイロー・ブラーテン(ブラジル)の活躍に加え、女子・男子のレース共に新しい記録が生まれるなど、最高の盛り上がりをみせた。しかし、日本チームにとっては不運なハプニングが起こってしまい、なんとも話題に溢れた開幕戦となった。
レース結果もさることながら、ヒルシャーやブラーテンがアルペン業界にもたらした新しい世界観や、大きく盛り上がったレースの影で起こった理不尽な競技運営など、レース結果以外にもスポットライトを当てて、開幕戦を解説してみる。
まず当日の様子をうかがってみよう!
こちらはドイツのWaxメーカー「Holmenkol」による当日の様子のダイジェスト投稿。やはり、マルセル・ヒルシャーとルーカス・ブラーデンがレースに戻ってきた、とコメントしている。ぜひInstagramの動画で見てみよう。
この投稿をInstagramで見るHOLMENKOL(@holmenkol)がシェアした投稿
(広告の後にも続きます)
加藤聖五への不可解対応、なぜFISは再レースを認めなかったのか
記録や記憶に残る盛り上がりを見せた男子開幕戦だったが、日本チームにとっては、このまま見過ごすことのできない驚くべきハプニングが起こった。男子チーフコーチの河野恭介や、加藤聖五(野沢温泉SC)本人からの情報も含め、これまでの経緯をわかる範囲で共有する。
男子GSでは、74名の選手がスタートした1本目、最後から3番目の72番でスタートしたのが、日本チームのエース加藤聖五だった。
第1チェックポイントを28位と好タイムで通過し、第2チェックポイントに入る直前だった。オーストリアチームの青いウェアを着たスタッフ(後にこれがオーストリアスキー連盟のアルペンディレクターとしてアルペン全体を指揮する立場にあるヘルベルト・マンドルであることがわかった)がコース内でサイドスリップをしており、聖五はそれを躱すために自らコース外に出てストップした。ルール上、このような場合はすぐに再レースとなるため、ジュリーが再レースの手筈を整え、選手はジュリーからの指示で動くことになる。
しかし、ワールドカップのレースディレクターとして指揮を取るマルクス・ワルドナーから聖五へ伝えられたのは、再レースはしないというFISが作ったルール(ICR 623 / 再レースについてのルール規定)を覆す判断だった。当然、日本チームとしてはワルドナーに猛抗議をするのだが、その判断が覆ることはなかった。ワルドナーは日本チームに対して、「レースの進行が遅れればテレビ放映に影響を及ぼし、大きな金銭的損失を被る可能性がある」と語ったという。
その後も日本アルペンチームとFISの間で話し合いは続いているが、ここまでの返答は、「オーストリアチームに罰金という形でペナルティを課し、そのお金を加藤選手に送る」ということだった。しかし、問題はそこではない。実際に妨害をしたのはオーストリアのマンドルだが、再レースをしていればマンドルからの謝罪で事は収まるはずだった。
問題は、FISとして再レースを行うための準備が十分に整っていなかったことにある。
実はこの日のレース、通常であれば30番スタート以降は45秒間隔のスタートインターバルになるところ、ブラーテンがスタートする41番まで1分25秒間隔にするという異例の対応で、レース運営を進めていた。これにより、いつもよりレースの進行が時間的に押している状況だったのだ。そのような対応を認めたにも関わらず、問題が起こったときの対処方法は十分に議論されていなかったことになる。いずれにしても、まずは最初にFISが自分達の非を認め、加藤聖五と日本チームに謝罪するところから、話し合いが始まるべきだった。
コース妨害を受けた加藤聖五
この投稿をInstagramで見るEurosport Italia(@eurosportitalia)がシェアした投稿
聖五自身、今となっては、もう戻ってこない時間を悔やむのではなく、次のレースに向けて気持ちを切り替えている。しかし、日本チーム、そして全日本スキー連盟としては、このまま終わらせるわけにはいかない。当然だが、FISからの明確な回答を得るまでは戦っていくつもりでいるようだ。今回の件は、多くの選手の間でも話題になり、動きを見せている。主にスモールネーションの代表選手からの声は、FISに直接届いており、どのような返答があるのか気になるところだ。限られた選手生活を全身全霊で戦う選手にとって、理不尽な今回のようなFISの対応は、絶対にこのまま許されてはならない。