セナもそう、バッジョもそうだ。心を折らず、自分自身に矢印を向け続けること。心に染みた菅原由勢の正直で勇気ある発言

 できることなら、今年の「新語・流行語大賞」に追加でノミネートしてほしいくらい、心に染みる言葉だった。

「他の人に矢印を向けそうになる時もありました」

 北中米ワールドカップ(W杯)・アジア最終予選第5節のインドネシア戦。途中出場から日本代表にダメ押しの4点目をもたらした菅原由勢が、試合後のフラッシュインタビューで口にしたのは、ともすれば起用法に対する不満とも捉えられかねない、とても正直で勇気ある発言だった。

 誤解が生じないよう、インタビューでのコメントを簡潔にまとめておく。

「最終予選が始まってから自分自身は悔しい思いをしてきましたし、今日もスタメンに名前がなくて悔しかった。そういう気持ちが僕の原動力になっています。もちろん何回も自分に対して苛立ちましたし、他の人に矢印を向けそうになる時もありました。でも、やっぱりサッカー選手はピッチに立って自分を証明しなくてはならないんです」

「途中から入ったら結果を残してやろうという気持ちでした。それまでサポートしてくれた人たち、監督も含めて、チームメイトも常に僕を励まし、モチベーションを上げる言葉をかけてくれたので、全員に感謝したいです」
 
 言うまでもなく、サッカーの試合はスタメンが11人と決まっている。つまり代表選手のようなトップクラスに限らず、世界中のサッカー経験者のほとんどが“補欠”の悔しさを味わっているわけだ。その言葉が深く心に染みたのは、私自身も含めた星の数ほどいる補欠たちの想いを、菅原が代弁してくれたような気がしたからかもしれない。

 いわゆる“攻撃的3バック”の導入以降は出場機会を失い、この最終予選では1分たりともプレータイムを与えられていなかった菅原。右サイドを抜け出し、角度のないところからニアを撃ち抜いた渾身の一撃に、これまで溜まりに溜まった鬱憤と、1年目のサウサンプトンで主力としてプレミアリーグを戦うプライドが凝縮されているようだった。

 いずれにしても、3-4-2-1の右ウイングバックに堂安律や伊東純也以外の選択肢があることを、菅原はこのゴールで今一度、森保一監督に思い起こさせた。いかに研究されたとはいえ、インドネシアレベルの相手に、立ち上がりにあそこまでウイングバックの裏を突かれたとなれば、攻守のバランスに秀でた菅原は、むしろ強国との対戦が予想されるW杯本番で重宝される可能性が高い。

 代表チームで控えとして生きるのは難しい。ムードメーカーを自認するベテランならともかく、長距離移動を強いられた挙句に試合に出られなければ、肉体的な疲労以上に精神的なストレスが蓄積していくだろう。自身のキャリアのためには、所属クラブに残ってコンディションを整えたほうが、よほど有益だという考えに至ってもおかしくはない。チーム内序列がほぼ固まっている現在の森保ジャパンならなおさら。菅原が言うように他人に矢印を向けたくなる気持ちも分かる。

 ただ、そこで捨て鉢にならず、ふたたび自分自身に矢印を向けてチャンスをもぎ取れるかどうかは、結局のところ、どこまで自らの可能性と未来を信じ切れるかだと思う。

 もちろん、それは口で言うほど簡単ではないし、誰もが菅原のようなタフなメンタルを持ち合わせているわけではないだろう。しかし、古橋享梧や旗手怜央、田中碧、そしてこのインドネシア戦でもメンバー外となった藤田譲瑠チマ、高井幸大、関根大輝のパリ五輪世代も、現在置かれている境遇に決して心を折らないことだ。

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 信じた先にしか、道は開けない。その真実は、先人たちが教えてくれている。

 2008年のEUROで44年ぶりの戴冠を果たしたスペインで、MVP級の働きを披露したマルコス・セナは、もともとは“代役”に過ぎなかった。予選の出場はわずか1試合。彼のボランチのポジションにはダビド・アルベルダという絶対的な存在がいたため、お声すら掛からなかったのだ。

 しかし、そのアルベルダがコンディション不良で大会を招集外になったことでチャンスが到来。周囲の不安をよそに、このブラジル出身のMFは、シャビとともに見事に中盤を仕切ってみせたのである。
 
 もう少し時代をさかのぼれば、1998年フランスW杯のロベルト・バッジョの復活劇を思い出す。ミランからボローニャへ“都落ち”し、一時は「もう終わった選手」と見なされていた当時31歳のバッジョだが、大会直前のシーズンに22ゴールを挙げるハイパフォーマンスを披露し、イタリア代表メンバーに滑り込む。ただし、その条件は「サブの立場を受け入れること」。背番号10は若きファンタジスタ、アレッサンドロ・デル・ピエロのものだった。

 それでもチリとの初戦、故障を抱えていたデル・ピエロに代わってスタメン出場を果たしたバッジョは、鮮やかなダイレクトパスでクリスティアン・ヴィエリの先制点をアシストすると、1点ビハインドの85分には、エリア内の相手DFの腕に“狙って”ボールを当ててPKを獲得。これを自ら沈めてみせた。

 北中米W杯まで、あと1年半。おそらく日本代表は余裕で出場権を手にするだろうが、ここから本番までにどんな変化が起こっても不思議はない。今は控えに甘んじている選手たちも、あるいは招集すらされていない選手の中からも、セナやバッジョのような主役が生まれる可能性はあるのだ。

 心を折らず、自分自身に矢印を向け続けていれば、きっと。

文●吉田治良

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