
DIR EN GREYのドラマー・Shinyaが手掛けるソロプロジェクト「SERAPH」。毎年恒例となったShinyaのバースデーコンサートが、2月24日に、東京・大手町三井ホールにて開催された。
今年のタイトルは、<Shinya Birthday Event – SERAPH Concert 2025 خطيئة الصمت khatiyat alsamt>。アラビア語で表記されたこの言葉は、“沈黙の罪”と訳される。果たして、このタイトルに込められた意味とは何なのか、その答えは、これから始まる音の物語の中にあるのかもしれない。
コンサートに先立ち、VIP Ticket購入者限定の「Special Talk」が開催された。今年は例年以上に全員参加型の企画が多く、観客との距離がさらに縮まるような内容となった。「YouTube Shinya Channel 」を視聴している人にはお馴染みのゲストも登場し、会場は大いに盛り上がる。さらに、ShinyaがDIR EN GREYのドラムフレーズを披露する一幕もあり、贅沢な時間が流れた。しかし、このひとときの詳細はここに足を運んだ者だけの特権とさせていただこう。

第1部の和やかな空気が静かに消え、第2部のコンサート本編に向け会場には期待と緊張感が漂い始める。赤と紫の照明が空間を包み込み、まるで夕暮れと夜の狭間、逢魔時のような幻想的な雰囲気を生み出していた。照明が落ち、静寂の中、どこか異国の風を感じさせる民族音楽が響き渡る。
赤い月のように照らされたミラーボールが怪しく輝く。その光の下、神秘的な笛の音が静かに鳴り響き、物語の幕が開いた。
ShinyaとMoaが姿を現し、それぞれの持ち場へと向かう。Shinyaはドラムへ、Moaはステージ中央に設置された見慣れぬ楽器の前に座った。彼女がスティックで叩くその楽器は、後に紹介されることとなるサントゥールというイランに伝わる伝統楽器だ。
まず演奏されたのは「Overture V -Opening-」。ドラムとサントゥールが絡み合い、これまでのSERAPHにはなかった新たな響きを生み出す。
そして青い闇が訪れ、笛の旋律が空間を支配する。まるで場面が切り替わるかのようにMoaがピアノへと移動した。次に演奏されるのは「Lovshka -khatiyat alsamt ver-」。メロディと複雑なドラムフレーズが絡み合い、楽器と声が一体となって楽曲を構築する。静寂と激しさを行き来しながら、人間の罪を語るかのように音が紡がれていく。
再び青い闇が訪れ、Moaはサントゥールへと戻る。続いて演奏されたのは深海の古代都市を描いた「Abyss -khatiyat alsamt ver-」。会場は青い光に包まれ、楽曲の世界観へと観客を引き込んでいく。今回のアレンジでは、主旋律を歌ではなく笛とサントゥールが奏でるという大胆な試みがなされた。その緻密な構築によって、楽曲の持つ幻想的な情景がより鮮明に浮かび上がる。
拍手が鳴り響く中、続くのは「Sauveur -khatiyat alsamt ver-」。楽曲の冒頭から、砂漠にそびえる荘厳な王宮を思わせる壮麗な音が広がる。西洋の宮殿を彷彿とさせた以前のアレンジとは異なり、今回は砂上の祝宴のような趣が加えられていた。リズムが刻まれるたびに、まるで舞が繰り広げられているかのような錯覚を覚える。Moaの歌声が物語を静かに紡ぎ、観客を異国の幻想へと誘った。

「Sauveur」の余韻が静かに溶ける中、Shinyaがゆっくりと口を開く。「こんにちは、SERAPHです。今年も無事、開催することができました。」粛々とした口調で語られる言葉。これで通算6度目のSERAPHのコンサートとなるが、今年は例年とはまた異なる趣を持っている。
「今年はアラビアンな感じで」
そう告げられた通り、これまでのSERAPHとは一線を画す異国情緒漂うサウンドスケープが展開されている。そして、それだけではない。
「今日だけのアレンジで、今日しか聴けない曲となっております。」
Shinyaは何度もそう繰り返す。
SERAPHは楽曲のリリースや配信をほぼ行わない。つまり、このコンサートに足を運ばなければ、その音楽を聴くことはできない。その場限りの、まさに“一期一会”のプレミアムな音楽体験、それこそがSERAPHのコンサートの魅力なのだ。

「そういう想いで、次の曲も聴いてください。」
そうして始まったのは「Uisce」。ステージ上のスポットライトがMoaに集中する。静かに、まるで海辺で孤独に佇むかのように歌うMoaの一方で、Shinyaのドラミングは力強く、激しさを増していく。静と動、対極の二つのエネルギーが交錯し、楽曲に深みを与えていく。そのコントラストが、より一層この曲の叙情性を際立たせていた。
そして、まるで舞台が切り替わったかのように始まったのは「Majesté」。こちらは例年通りのアレンジで、西洋の貴族社会を思わせる荘厳な楽曲である。ピンクやオレンジに染め上げられた華やかな照明がステージを包み、まるで豪奢な舞踏会が繰り広げられるかのようだ。しかし、楽曲が進むにつれ、その華麗さの中に次第に緊張感が生まれ、後半に向かうにつれて、楽曲は激しさを増していく。
クライマックスでShinyaはスティックを振り下ろし、Moaは鍵盤に手を叩きつける。その瞬間、ステージは深紅の光に包まれた。まるで断頭台の刃が振り下ろされる瞬間を見ているかのように。鮮血に染まったかのようなその演出は、まさにSERAPHの持つ劇的な美しさを象徴していた。
先ほどの「Majesté」の劇的な終幕から一転、静けさが会場を包み込む。続いて演奏されるのは「Reisn」。語りかけるようなMoaの歌声が、静かに、しかし確かに心の奥へと響いていく。最後に響くワンフレーズの独唱は、まるで耳元で囁かれるかのように染み渡り、その歌詞のメッセージとともに、観客一人ひとりの体に刻み込まれていった。

再び会場に響き渡るのは、アラビア風のSE。そして、静かに鳴り始める笛の音。Moaがサントゥールを奏で、Shinyaの繊細なパーカッションが加わる。「Trio」の幕開けだ。この楽曲は、まるで冒頭の宮殿へと時間が巻き戻されたかのような錯覚を覚えさせる。煌びやかな装飾が施された広間、踊る影、神秘的な調べ。異国の宴は、まだ終わってはいなかった。
そしてShinyaが静かにドラムセットを離れ、ゆっくりとピアノの前へと歩を進める。「Lluvias -Writhing of Tanah ver-」、白銀の光に包まれた中、Shinyaが華麗に鍵盤を弾き上げる。その旋律はまるで雨粒が一滴ずつ降り注ぐように、静かに、しかし確かに響き渡る。Moaはステージ中央に立ち、まるでコンダクターのように手を振りながら優雅に歌う。七色の光を放つミラーボール。そこから虹色の光の雨が会場全体に降り注ぐ。ただ、その美しい光景に息を呑むばかりだった。
続いて演奏されるのは、手塚治虫原作「火の鳥」の謎解きゲームともコラボレーションした楽曲「Kreis」。Moaが一度ステージを去り、Shinyaが一人、ピアノを奏でる。やがて、そのメロディに呼応するかのように、笛の音がステージ上に響き渡る。カラフルな照明に彩られたステージ。まるで色とりどりの花が咲き誇る草原のようだ。そこに、フルートを携えたMoaがゆっくりと登場し、サビに差しかかった瞬間、一気に楽曲は盛り上がりを見せる。そして後半では、Moaの歌声がメロディを紡ぐ。一曲の中にさまざまな展開が組み込まれ、その緻密な構成にはただ感嘆するばかりだった。

2回目のMCでは、ShinyaだけでなくMoaもマイクを握る。楽曲解説や楽器紹介、そして恒例のグッズ紹介が行われた。
さらに、サプライズとして「YouTube Shinya Channel 」でもお馴染みの藤枝マネージャーが“石油王”に扮し、バースデーケーキを運ぶという演出で会場を沸かせた。笑いが溢れ和やかな雰囲気の中、Moaがサントゥールを始めとした日本では馴染みのない楽器たちを丁寧に紹介する。また、今回はSERAPHの2人に加えてパーカッショニストのYuiもサポートとして参加しており、打楽器やEWIというデジタル管楽器などを紹介した。
ひとつひとつの楽器の音色を聴くことで、それらがハーモニーを生み出す際にいかに重要な役割を担っているのかを実感することができた。SERAPHの音楽が単なる演奏ではなく、音の積み重ねによって創り上げられる壮大な世界であることを、改めて思い知らされる瞬間だった。
そして、今回のテーマが「アラビアン」になった理由についても明かされた。Moaはエジプトを訪れた経験から、Shinyaはイギリスのツアーの際に大英博物館でアラビア文化に触れたことがきっかけだったという。それぞれの旅の記憶が重なり、SERAPHとして新たな音楽世界を描き出す原動力となったのだ。

コンサートもついに終盤へと差し掛かる。「Génesi」では静寂の中、青と緑の照明がShinyaとMoaをそれぞれ包み込む。まるで大地と海を象徴するかのような光。どちらが欠けても成り立たず、2つが揃うことでこの星が形作られる。そして、そこに宿るのは圧倒的な生命力。まさに、SERAPHが描くこの世界の本質を感じる瞬間だった。
コンサートのクライマックス、「Destino -khatiyat alsamt ver-」。歌のない、インストゥルメンタルでの演奏だ。Shinyaのドラミングはこれまで以上に力強く、Moaのピアノの旋律はまるで空間に金色の軌跡を描くかのように響く。その楽曲をさらに壮大なものへと昇華させるのが、黄金色に輝く照明演出だった。まるでステージ上に金字塔を打ち立てるかのような光景。圧倒的なスケール感の中、音と光が渾然一体となり、観客の心を飲み込んでいく。
そして、物語の終焉が訪れる。「Overture V -Opening-」で始まった旅路は「Overture V -Ending-」へと繋がり、その幕を閉じようとしていた。だが、その終わりは決して穏やかなものではない。Shinyaの激しいドラミングが最後の炎を燃やすかのように轟き、それに呼応するように、Moaのサントゥールが美しくも狂気じみた旋律を奏でる。畏れすら感じる、鬼気迫る音の応酬。息をすることさえ忘れてしまいそうになるほどの、圧倒的なエネルギーのぶつかり合い。そして、音が激しさの頂点に達し、訪れる静寂。
ShinyaとMoaはゆっくりと立ち上がり、すれ違うように交差し、ステージを去った。我に返った観客から、一拍遅れて割れんばかりの拍手が鳴り響く。こうして、SERAPH通算6度目となるコンサートは幕を閉じた。
今回のSERAPHは、楽曲ごとに異なる世界を描き、まるでオムニバス形式の物語のように展開された。一曲ごとにテーマや雰囲気が移り変わり、聴く者を常に新たな物語へと導いた。飽きさせることなく、常に新鮮な気持ちで楽しませてくれる構成の巧みさ。それはまるで、千夜一夜物語の語り部・シェヘラザードが物語を紡ぐような感覚に似ていた。
そして今夜、語られた物語もまた、この場に集った人々によって、語り継がれていくのだろう。次の夜が訪れるその時まで。
写真◎Lestat C&M Project, Shogo Jasmine Mizuno
セットリスト
M1 Overture V -Opening-
M2 Lovshka -khatiyat alsamt ver-
M3 Abyss -khatiyat alsamt ver-
M4 Sauveur -khatiyat alsamt ver-
M5 Uisce
M6 Majesté
M7 Reisn
M8 EWI & Santoor & Drums Percussion Trio “Escales – II. Tunis by Ibert”
M9 Lluvias -Writhing of Tanah ver-
M10 Kreis
M11 Génesi
M12 Destino -khatiyat alsamt ver-
M13 Overture V -Ending-
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