真面目な公務員から“クズ”に闇落ち!北村匠海が「求めていた作品」と明かした『悪い夏』の舞台裏

「クズとワルしか出てこない!」。『悪い夏』(公開中)はその不穏な設定が話題を呼び、第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞した小説家・染井為人のデビュー作を映画化した禁断のサスペンス・エンタテインメント。なにしろ登場人物は、育児放棄のシングルマザー、彼女をゆすり肉体関係を迫る公務員、裏社会の住人や生活保護の不正受給をするドラッグの売人など、本当にどうしようもない奴ばかり。主人公の佐々木守も、市役所の生活保護課に勤務する真面目なケースワーカーだったが、パックリ口を開けたこの世の地獄にズルズルと引きずり込まれ、クズのひとりに成り下がってしまうのだ。

■「『自分が求めていたものはこういう作品』という答え合わせができました」


【写真を見る】自身のイメージとは程遠い、クズ役をリアルに体現。アンニュイな表情が印象的な北村匠海を撮りおろし / 撮影/興梠真穂

そんな破滅へと転落する最低最悪な佐々木守を演じたのは、クズのイメージとは程遠い俳優・北村匠海。メインビジュアルの苦虫を噛み殺したような顔に普段の清々しさはないが、北村自身はオファーがあった時のことを「正直、待ってました!という感じでした」と笑顔で振り返る。

「台本を読んだ時に、いちばん最後のシーンが強烈に頭の中に残って。我慢しきれなくなった主人公が突然爆発する急激な展開が、この作品を悲劇ではなく喜劇にしていると思うんですけど、そこに『悪い夏』のよさが存分に詰まっていたから、そのワクワク感ですぐに『やります』って快諾しました。それに、役者にはいろいろなフェーズがあると思っていて。これまでもいい作品と出会ってきたし、年齢とともに求められるものが変わっていくなかで、『世界に向けて発信できるものに挑みたい』とか、『世代の代表作を作ろう』とか、自分はその都度最適なアンサーを返してきたつもりなんです。今回のオファーを聞いた時は『自分を必要としてくれる映画がまだある』という喜びもあったし、26~7歳になったいまになって、改めて『自分が求めていたものはこういうことだよね』という答え合わせもできたんです」。

メガホンをとったのは、2020年公開の『アルプススタンドのはしの方』を皮切りに、『愛なのに』(22)、『女子高生に殺されたい』(22)、『ビリーバーズ』(22)、『夜、鳥たちが啼く』(22)、『恋のいばら』(23)、『放課後アングラーライフ』(23)など、多彩なジャンルの話題作を次々に発表している城定秀夫監督。「東京リベンジャーズ」シリーズや、Netflixで全世界同時配信されたドラマ「幽☆遊☆白書」などのエンタテインメント大作で実力と存在感を示してきた北村にとって、映画界に風穴を空け続ける、いまをときめくこの奇才監督とのコラボも魅力的だった。


『悪い夏』で城定監督と初めてタッグを組んだ北村匠海 / [c]2025映画「悪い夏」製作委員会

「『ビリーバーズ』を観た時に、城定監督とやらせていただきたいって勝手に思ったんです。役者の色気の引き出し方が上手いと思うんです。例えば、『ビリーバーズ』の磯村勇斗とは20歳の時からの仲ですけど、彼がいいのは人間臭いところ。藤井道人監督の『ヤクザと家族 The Family』でも、軽快なのに筋肉質な臭さが出ていて好きだったので、勇斗の持つ色気やいいところを『ビリーバーズ』で存分に引き出していた城定監督と自分もやりたいなと思ったんです」。

その漠然と掲げていた夢が、思っていたより早く実現したのだ。「本当、すぐに叶いましたね(笑)。ただ、最初のうちはすごいスピードで撮っていく城定監督のテンポについていくのに必死でした。そこから少しずつ、城定監督の画や空間の捉え方にハマっていったんですけど、そのなかで僕たちの芝居に城定監督が寄り添ってくれる時もあれば、監督の『どうぞ、僕の世界にあなたたちがハマってください』という瞬間もあって。そういうディスカッションをたくさん重ねたのがよかったような気がします。『悪い夏』の原作小説はもっとディープな内容だし、佐々木守ももはや人間とは言えないどん底まで落ちちゃいますけど、その空気や思いは継承しつつ、映画はちゃんとエンタテインメントになっていますからね」。


先輩の高野が生活保護受給者の女性に肉体関係を迫っているという噂を耳にした守 / [c]2025映画「悪い夏」製作委員会

■「河合優実さんとは、テレパシーに近い感じのものがありました」


裏社会とつながっているシングルマザーの愛美 / [c]2025映画「悪い夏」製作委員会

そんな本作の前半の見どころは、佐々木と生活保護受給者のシングルマザー・林野愛美(河合優実)との、揺れ動く関係性や距離感の変化だ。愛美が佐々木を誘惑し、裏社会の住人たちがその模様を隠し撮りした録画映像を使って彼を脅迫。ホームレスに不正に生活保護を受給させる「生活保護曽ビジネス」の窓口に利用しようとするが、愛美は自分に親身で娘の美空にも優しく接する佐々木に、次第に特別な感情を抱き始め、佐々木も彼女と一緒にいる時間がかけがえのないものになっていく。そんな彼らの心の揺らぎが、セリフではなく、二人の佇まいや息吹から自然に伝わってきて目が離せなくなる。

「どこでお互い相手に対する恋心のようなものに気づくのか、気づかないのか?そこはかなり曖昧なので、現場で監督も交えて話し合いながら演じました。愛美のほうはそもそも守をハメるのが目的だったわけですけど、そこからなにがきっかけで恋心が芽生えたのか?そこではそんなに劇的なことは起こらないので、常にシュールで微妙なポイントを突き続けるのが、序盤から中盤にかけての僕ら役者の役割で。守にしても、明確に言葉にするまでは愛美に対する思いを表には出さないから、それを踏まえながら、彼女といる時にどういう表情でいたらいいのか考え、とにかく曖昧な状態のまま撮影を進めていきました」。


育児放棄寸前のシングルマザーの愛美を助けたかった守は… / [c]2025映画「悪い夏」製作委員会

愛美を演じたのは、ドラマ「不適切にもほどがある」や『あんのこと』(24)、『ナミビアの砂漠』(24)などの話題作で脚光を浴び、2024年に大旋風を巻き起こした河合優実。本作でも真意を読み取らせない難役をまんまと自分のものにしていて、北村も「彼女の存在は大きかったですね」と強調する。

「現場や作品に対する捉え方が自分と似ているなと勝手に思っていて。どちらかがリードするわけでもないのに、同じ歩幅で日々を進んでいく心地よさがあったんです。しかも、それは言葉のキャッチボールといったものではなく、テレパシーに近い感じのもので。河合さんがいままで感じてきたことや、いままさに感じていることを自分も少なからず経験していまがあると思うし、だから、お互いにすんなり理解し、共感することができた。その関係性を城定監督が瞬時に察知し、同じ立ち位置で物事を見てくださったおかけで、河合さんと僕だったから、このニュアンスになったようなシーンがいくつも生まれたような気がします」。

■「全員から飛んでくるいろいろな球をすべてキャッチしなければいけない役で、大変でした」


個性あふれるキャラクターも『悪い夏』の見どころ / [c]2025映画「悪い夏」製作委員会

河合のほかにも、本作には生活保護費を不正に受給している元タクシー運転手・山田吉男役の竹原ピストル、ケースワーカーを窓口にする「生活保護ビジネス」のアイデアを最初に思いつく裏社会の住人・金本龍也役の窪田正孝、正義に異常なほど固執する守の同僚・宮田優子役の伊藤万理華など、芝居巧者のツワモノたちが、手を変え品を変え守に襲いかかってきて観客の心をざわつかせる。だが、北村にとっては、それもどうやら刺激的だったようだ。

「個性的な役しかいなかったし、全員から飛んでくるいろいろな球をすべてキャッチしなければいけない役だったから、大変でした(笑)。河合さんは速い球とゆっくりな球を芝居ごとに使い分ける人でしたけど、ピストルさんは常に剛速球を投げてくる。万理華さんも変化球をいくつも持っていたから、演じながらスゲ~と思っていたし、窪田さんにいたっては基本すべてがアドリブなんです(笑)。セリフをなぞりつつ、金本というキャラクターが使いそうな接続詞や相槌を自由に取り入れていた印象で。そんな球を全部受けなきゃいけない僕は試されていましたね。でも、守はどんどん引き算をしていくキャラクターだと考えていたので、皆さんの千本ノックを受けながら、落ちれば落ちるほど言葉を失っていく芝居を作っていくのは、やっていておもしろかったです」。

それだけではない。楽しみにしていた、城定監督ならではの視覚に訴える奇抜な撮影も楽しんだようで、「カメラワークやカット割りも実験的なことが多かったような気がします」と述懐。佐々木が刑事から衝撃の事実を聞かされるシーンの撮影に触れた時の北村の言葉は、より弾んでいるように聞こえた。


古川佳澄は困窮した生活から万引きに手を染めてしまい、市役所の生活福祉課を訪ねるが… / [c]2025映画「悪い夏」製作委員会

「あそこで涙を流したのはアドリブで。僕と(城定監督と何度も組んでいる)カメラマンの渡邊雅紀さんの間では『(涙が)来るよね、来るよね』というコミュニケーションが自然に出来上がっていたので、あの画を撮ることができたんです。守の単体のシーンは、わりとそういう実験的な撮り方をすることが多かったかもしれない」。

その最たるものが佐々木が本音をぶちまけるクライマックスの独白のシーンだが、「実はあれを撮影2日目ぐらいに撮ったんです」と言うから驚く。「佐々木の感情が変化するプロセスを踏んでからあのシーンを撮ったほうがやりやすい気もするけれど、プロセスを踏んだために理性が生まれてしまう危険性もあるので、僕は2日目にあれを撮ったのは正解だと思っていて。自分は現場であまりモニターをチェックするタイプではないから、どんな芝居や画になっているのかわからなかったんですよ。でも、初号試写で初めて観た時に、守の壊れ方が自分でも腑に落ちたんです。もっと激しく暴れたり、物に当たったりして、非現実的になり過ぎちゃうところを2日目の芝居だったから回避できて、結果的によかったんですよね。まあ、城定監督は現場ではただただ申し訳なさそうにしていましたけど、監督に『さあ、どんなふうに壊れてくれるんだ?』って期待されている感じもしたし、僕も監督の立場だったら、あの瞬間はけっこうおもしろいかもって思えちゃったんです(笑)」。


キャスト陣とのエピソードなど、舞台裏の話もたっぷり聞かせてくれた / 撮影/興梠真穂

■「『邦画を世界に届ける』という夢と向き合う人生を歩んでいきたい」


最近『世界征服やめた』で監督デビューを飾った北村匠海 / 撮影/興梠真穂

いずれにしても、『悪い夏』で北村匠海という俳優の“真価”を再認識させられることは間違いないが、時を同じくして、脚本も自ら書いた短編映画監督デビュー作『世界征服やめた』が2月7日に公開。これは偶然なのか?それとも、ネクストステージへとアクセルを踏み込むタイミングを2025年の幕開けに最初から設定していたのか?そのあたりの真意をストレートに聞いてみた。すると「僕はかなり計画的なタイプで。マネージャーさんと相談しながら計画性を持ってやっているんです」と前置きしたうえで話し始めた。

「『やりたい』とか『やりたくない』といった、自分の感情だけで作品を選択することはこれまでもあまりなかったですから。自分がやるべくタイミングではないということもあったし、この作品にとってこの役は僕で良いのか考えたりもします。逆に、『自分が役者としてどういう作品に必要とされているのか?』といった、マネージャーさんとの計画的な話と、奇跡的なタイミングで出会ってくれた作品をチョイスしていく感じなので、今回の『悪い夏』なんて即決。『ようこそ』って感じで嬉しかったですね。それに、撮影はまだ始まってなかったけれど、『あんぱん』(2025年前期のNHK連続テレビ小説第112作)への出演も決まるなか、最初にも話したように『改めて映画とちゃんと向き合いたい。あのころに戻りたい』という気持ちが沸々と湧き上がってきていたのも事実です」。


もう限界!どしゃぶりの雨のなかでたたずむ守 / [c]2025映画「悪い夏」製作委員会

北村自身が回想する「あのころ」とはいったいいつのことなのか?「子役のころからたくさんの映画に出させてもらった僕は、映画を作る時間がずっと好きだったし、19歳のころに出演した『君の膵臓を食べたい』で人生初のスタンディングオベーションや日本アカデミー賞の新人俳優賞をいただくすごい経験をさせてもらったから、映画に恩返しをしたいなという思いがずっとあって。恩を返すためには、こうなっていなきゃいけないね、とか、こういうチャレンジをしなきゃいけないねという考えのもと、この数年いろいろなプロセスを楽しく踏ませてもらい、映画を改めてしっかりやりたいというところにようやく立ち返ることができた。それがいまのタイミングだったんです。自分が『世界征服やめた』で監督をしたこともそこにちゃんと準じているんですけど、公開のタイミングが『悪い夏』と近くなったのは、ある意味、奇跡と言えば奇跡ですね(笑)」。

その言葉がどんどん強くなり、北村匠海の瞳がある一点を捉えるように揺らぎのないものになっていくのがわかった。「僕は、邦画が世界に届いてほしくて。僕がハリウッドで活躍するのではなく、日本映画で勝負したいという夢があるんです。いろいろな人たちと出会いながら、実直にそこに向かっていければいい。なにも急いでないです。僕が60歳になった時でもいいし、これからも、その夢と向き合う人生を歩んでいけたらいいなと思っているんです」。

取材・文/イソガイマサト