Credit: canva
普段、私たちが目にする山々。
その内部に、地球が長い年月をかけて蓄えてきた”未開拓のクリーンエネルギー”が眠っているかもしれません。
最新の研究によると、山脈の奥深くには自然に発生した「天然水素ガス」が大量に蓄積されており、これが私たちのエネルギー問題を解決する鍵になる可能性が浮上しました。
この発見を発表したのは、ドイツ・GFZヘルムホルツ地球科学センター(GFZ)の研究チームです。
チームはプレートテクトニクス(地殻変動)をシミュレーションする数値モデルを用い、山脈の形成過程で、カンラン岩が水と反応して天然水素ガスを生成されている可能性を明らかにしました。
研究の詳細は2025年2月19日付で科学誌『Science Advances』に掲載されています。
目次
地球が「天然水素ガス」を作り出すプロセスとは?ピレネー山脈の水素量は「50万人分のエネルギー需要」を満たす?
地球が「天然水素ガス」を作り出すプロセスとは?
水素ガスと聞くと、多くの人は化学工場や水素ステーションで人工的に作られるものを思い浮かべるかもしれません。
しかし、わざわざ人の手を借りなくとも、地球はそれ自体で大量の水素を作り出す天然の工場を持っています。
この水素の主な発生源は「蛇紋岩化(Serpentinization)」と呼ばれる化学反応です。
これは地球内部のマントル対流により、上昇してきたカンラン岩が水と接触することで起こります。
その際に天然の水素ガスを発生するのです。
特に、大陸プレートが引き裂かれる環境や、プレートが押し合って山脈が形成される造山運動の過程で、この蛇紋岩化が活発になることがわかっています。
山脈での蛇紋岩化による水素ガスの発生ポイント/ Credit: Zwaan et al., Science Advances(2025)
これまで、蛇紋岩化による水素生成は主に海底のプレート境界で起こると考えられていました。
しかし今回の新たな研究では、山脈内部の方が水素が発生しやすい可能性があることが明らかになったのです。
その理由は、山脈内部の環境の方が比較的冷たく、蛇紋岩化が最も効率よく進む温度帯(200〜350℃)に長くとどまるためだと指摘されています。
さらに山脈には、大規模な断層が多く存在し、水の供給が活発であることも、水素生成の促進要因になっています。
実際に研究チームのシミュレーションでは、山脈内部では大陸プレートが引き裂かれる環境に比べて、年間の水素生成量が最大で20倍にもなる可能性があることが推定されたのです。
この発見は、山脈がこれまで見落とされていた「天然の水素貯蔵庫」になり得ることを示唆しており、エネルギー問題の新たな解決策として期待されています。
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ピレネー山脈の水素量は「50万人分のエネルギー需要」を満たす?
今回の研究は、クリーンエネルギーの未来に向けた新たな一歩です。
もし山脈内部の水素資源を効率よく採掘できれば、
・合成水素の生産にかかる莫大なエネルギーコストを削減できる
・温室効果ガスを排出せずに持続可能なエネルギー供給が可能になる
・これまで手つかずだった「地球内部の水素資源」を活用できる
といった利点が期待されます。
すでに研究チームは、ヨーロッパのアルプス山脈やピレネー山脈、バルカン山脈の内部で大量の水素ガスが生成されている可能性を特定しており、採掘作業を実施する計画が進行中です。
研究者によると、ピレネー山脈東部の蛇紋岩化を分析した結果、そこに蓄えられている水素ガスの量は年間50万人分のエネルギー需要を満たす可能性があるといいます。
ピレネー山脈/ Credit: ja.wikipedia
ただし一方で、
・水素の正確な埋蔵量
・実際に採掘可能な技術の開発
・環境への影響
など、多くの課題も残されています。
しかしこうした点がクリアになり、実際に山の中から天然の水素ガスを掘り当てることができれば、昨今のエネルギー問題を解決する転換点となるかもしれません。
参考文献
Reservoirs of Clean Energy Could Be Hiding Inside Our Planet’s Mountain Ranges
https://www.sciencealert.com/reservoirs-of-clean-energy-could-be-hiding-inside-our-planets-mountain-ranges
元論文
Rift-inversion orogens are potential hot spots for natural H2 generation
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adr3418
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部