「妻」なら遺族年金を受給できるが「夫」はできない 労災保険法の“男女差別”を問う違憲訴訟が提起

4月9日、労働災害の遺族年金を受給する資格の条件が男女によって異なることは違憲であるとして、妻を亡くした男性に対する遺族年金の不支給処分の取り消しを求める訴訟が、東京地方裁判所に提起された。

訴訟に至るまでの経緯

原告のA氏は東京都在住、54歳の男性。妻と共働きで3人の子どもを育てながら生活していたが、2019年6月に妻が過労のためにくも膜下出血を発症、同月に死亡した(享年51歳)。

2022年3月、池袋労基署に労働災害を申請したところ、労災(妻の発症・死亡)が発生した当時のA氏は49歳であり、障害もなかったために「労災保険法(労働者災害補償保険法)16条の2」で規定された条件を満たさず遺族補償年金等の受給資格がないと通告された。

その後、末子である二男のみ遺族年金の受給資格が認められ、2022年7月から2023年3月まで遺族補償年金が支給。しかし、18歳に達したことから、同年3月31日に二男も受給資格を喪失。その後、規定により遺族補償一時金がA氏と二男に支給された。

2023年11月、A氏は男性の遺族補償年金の受給資格者を制限する労災保険法の規定は憲法14条1項に反し違憲であるとして、遺族補償年金などの支給を求めて八王子労働基準監督署長に労災申請を行った。しかし、同月、署長は遺族補償年金の不支給を決定。

同年12月、A氏は東京労働者災害補償保険審査官への審査請求を行ったが、2024年3月26日に棄却。

このため、不支給処分の取り消しを求める違憲訴訟を提起するに至った。

争点は労災保険法の「男女差別」

労災保険法16条の2では「遺族補償年金を受給できる遺族」について、「労働者の家族(配偶者、子、父母や兄弟姉妹などの親族)」であること、かつ「労働者が死亡した当時、その労働者の収入によって生計を維持していた」ことを条件に定めている。

さらに、「妻」以外の遺族については追加の条件がそれぞれに定められている。「夫」や「父母または祖父母」については、労働者(妻、子または孫)の死亡当時に本人が60歳以上であることが条件。「子」についても、受給できるのは「本人が18歳に達する日以後の最初の3月31日」までの間だ。

ただし、厚生労働省によって定められた「障害の状態」(障害等級5級以上)にある場合は、年齢に関係なく遺族補償年金を受給できる。

つまり、配偶者が労災によって死亡した場合、女性(妻)は「生計維持関係」があれば遺族補償年金を受給することができるが、男性(夫)は60歳以上であるか一定以上の障害がなければ受給することができない。

なお、労災保険法附則43条1項では、妻が死亡した当時に夫が満55歳以上であった場合には、夫が60歳に達して以降は遺族補償年金の受給資格を有するとしている。しかし、A氏は妻の死亡当時49歳であったため、この条件にも当てはまらなかった。

提訴後に行われた記者会見で弁護団が配布した資料によると、A氏と二男に支払われた一時金の合計は約1750万円である一方で、A氏に遺族補償年金が支払われていた場合の合計は約8820万円、中間利息を控除すると約6160万円。つまり、A氏が女性であった場合には、実際に給付された金額の約3.5倍の遺族補償年金を受給できていたことになる。

訴状では「遺族補償に関して、同じく被災者の配偶者という立場であるにもかかわらず、男女間で3.5倍もの経済的格差を設ける必要があるとは到底いえない」として、労災保険法の現行規定は男女差別であると訴えている。


原告代理人の小野山静弁護士(4月9日都内/弁護士JP編集部)

「男は仕事、女は家事」という性別役割分業は「女子差別撤廃条約」にも違反

A氏の妻は1990年に「日本労働者協同組合連合会センター事業団」に入職。2017年に東京三多摩山梨事業本部に異動して、エリアマネージャーとしての業務を行っていた。長時間労働や長距離移動が繰り返され、多忙が労災の原因となった。

A氏夫妻は当時から共働きであり、仕事の責任も家事の責任も平等に分割していた。しかし妻が亡くなったことにより、当時中学生であった二男の子育てを含む家事はA氏がすべて担うことになる。負担が増えたことで仕事に支障が生じ、残業するのが難しくなったことから手取り収入も減った。

「私と妻は結婚以来、共働きで、互いに収入を持ち寄り、互いに家事を分担し、互いに子育てや子供のケアにあたってきました。妻との協力がなければ、三人の子供を育てることは経済的にも体力的にも精神的にもとてもできることではありませんでした」(A氏)

会見で、原告代理人の小野山静弁護士は「法の下の平等」と「差別禁止」を規定した憲法14条1項を読み上げた後に、男女で格差を設ける労災保険法の規定は男女平等を実践してきたA氏夫妻の生き方に対して不当な仕打ちを与えるものだと語った。

弁護団は、労災保険法の規定は旧来の「男性稼ぎ主モデル」や「男は仕事、女は家事」とする性別役割分業に基づいていることを指摘。憲法14条のみならず、ジェンダーに基づく差別を禁止する「女子差別撤廃条約」にも違反しているとして、早急に改善されるべきと論じた。

「一時的には男性に対する差別であるが、女性労働者が業務で亡くなっても男性よりもはるかに少ない遺族補償しか発生しないのは、女性に対する差別でもある」(小野山弁護士)

「今回の訴訟は単に問題を提起するためのものではない。違憲訴訟として、勝つつもりで、これから裁判を戦っていく。最高裁での違憲判決を勝ち取るつもりだ」(原告代理人の川人博弁護士)