アルヴェンシス(R. arvensis)/エアシャー(The Ayrshire Rose)- 原種、春一季咲き
ロサ・アルヴェンシス Photo/田中敏夫
中輪、シングル、平咲きとなる花形。開花時の花数は多いものの、房咲きとなることはあまりありません。
強い香り。
明るい色合いのつや消し葉。フック気味の鋭いトゲ。比較的柔らかな枝ぶり、旺盛に枝を伸ばし500㎝を超える大型のランブラーとなります。
自生地はスペイン、スカンジナビアを除くヨーロッパ全域。英国ではスコットランドなどではほとんど見られないように、寒冷地ではあまり見ることはできません。
学名アルベンシス(arvensis)は“原野”の意。草地でよく見られることから。英国ではフィールド・ローズと呼ばれています。
1762年、英国のウィリアム・ハドソン(William Hudson )により登録されました。文豪シェイクスピアが『真夏の夜の夢』などで“ムスク・ローズ”としている香り高い白花のランブラーは、実際にはこのロサ・アルヴェンシスであっただろうというのが、大方の研究者たちの解釈です。
ほとんど白といってよいが、わずかに淡いピンクが入り、セミ・ダブルとなる花形を持つ、アルヴェンシスの自然交配種と思われる変種があります。
どのような経緯があったのかはよく分かっていないのですが、アルヴェンシスと北米に自生する原種ロサ・セティゲラ(Rosa setigera)の交配種が、18世紀中頃からイギリスのエアルシャーなどで育種されるようになり、エアシャー・ローズという商品名で市中へ出されるようになりました。
そして、アルヴェンシスを元品種とする園芸種は、このエアシャーを交配親としていることが多いため、エアシャー・ローズと呼ぶのが一般的となっています。
1837年頃、そのうちの一つとして出回るようになったのが、‘エアシャー・スプレンデンス’です。
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エアシャー・スプレンデンス(Ayrshir Splendens)- 春一季咲き、1837年以前
近似種の‘エアシャー・クィーン’ Photo/田中敏夫
エアシャー・ローズの多くは、香りについてはとり立てて特徴的なものではありませんでした。しかし、‘エアシャー・スプレンデンス’は違っていました。
スプレンデンスは、別名ミルラ香バラ(Myrrh scented Rose)と呼ばれています。バラの香りの中でもあまり例のないものです。
ミルラ香がするバラは、このスプレンデンスの他、 “忘れられた”育種家パルメンティエが残したダマスクの‘ベル・イジス’(Belle Isis;1848年以前)、1950年頃、“お転婆”ナンシーによって発見されたとされる‘ベル・アムール’(Belle Amour)などにしか見いだせない、非常に限定的ものでした。
イングリッシュ・ローズ(ER)の生みの親デビッド・オースチン氏はこのうち、‘ベル・イジス’を交配親として、 ミルラの香りのバラを生み出していきました。
オースチン氏は著作『デビッド・オースチンのイングリッシュ・ローズ(David Austin’s English Roses)』の中で、次のように語っています。
「イングリッシュ・ローズの早い時期の交配種のほとんどは特徴的なスパイシーな香り、ときにミルラ香と記述される香りを持っていた…どうしてこの香りがもたらされたのかはミステリアスだが、初期の基本種のひとつである(おそらくスプレンデンスの血を引く)‘ベル・イジス’こそが唯一の答えだと言いたい。最初のイングリッシュ・ローズ、‘コンスタンス・スプライ’は色濃くこの特徴的な香りを備えていた」
‘コンスタンス・スプライ(Constance Spry)’ Photo/田中敏夫
ミルラ香を持つ‘コンスタンス・スプライ’が交配親となり、その後、‘チョーサー’、‘ザ・ワイフ・オブ・バース’などのイングリッシュ・ローズに強いミルラ香をもたらすこととなりました。今日でも多くのイングリッシュ・ローズ品種にミルラ香が伝えられ、さらにイングリッシュ・ローズを交配親として他のナーセリーが育種した品種にも伝わり、このミルラ香がバラの香りのひとつとして確立していくことになりました。