花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズアドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りするこの連載では、前回に引き続き、美しい白バラの数々をご紹介します。前回まで解説したブッシュ・シュラブ編とクライマー編では、中輪や大輪の白バラを取り上げましたが、今回は、伸びた枝が優雅にアーチングして小輪花が咲き誇るランブラーにスポットを当てて解説。白バラの中でも、とりわけ妖しいほどの魅力を放つ白花のランブラーの銘花を、2回にわたってご紹介します。

白花のランブラーの原種の系列


ノイバラ。Marinodenisenko/Shutterstock.com

白花のランブラーには美しい原種があり、原種そのもの、あるいは交配されて新たな園芸種となって、多くの庭園を彩っています。今回の前編、そして次回の後編でご紹介する、主な原種を下にリストアップしました。

① ノイバラ(R. multiflora)
② テリハノイバラ(R. luciae;正式名はロサ・ルキアエですが、以下では一般的な名称であるウィックラーナと呼びます)
③ モッコウバラ(R. banksiae)
④ アルヴェンシス(R. arvensis)/エアシャー(R. ayrshire)
⑤ センペルヴィレンス(R. sempervirens)
⑥ フィリペス(R. filpes)

それぞれの原種と原種を元にした交配種のうち、白花で広く植栽されているものを挙げていきたいと思います。前編の今回は、①ノイバラと②テリハノイバラにつながる品種をご紹介します。

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① ノイバラ(R. multiflora Thunb.)- 原種、春一季咲き


Photo/田中敏夫

シングル・平咲き、小輪の花が華やかな房咲きとなります。この房咲きする性質が、ポリアンサやフロリバンダというクラスへ受け継がれました。

多くはありませんが、フック状のするどいトゲがあり、そのトゲを周囲の草木へ引っ掛けて枝を伸ばし、樹高350cmから、ときに500cmほどになるランブラーです。

日本の北海道南部から九州まで広く自生し、朝鮮半島、中国東部、台湾などでも自生が確認されています。河川堤防など、よく日照のある、どちらかといえば水もちのよい土壌の場所を好みます。

温暖な気候のもとでは、旺盛に成育し、よく結実もします。挿し木、実生からも容易に苗が得られるため、生け垣や庭植えバラの台木などとして広く利用されています。

長崎出島に滞在していた著名な植物学者カール・ツンベルク(Carl Peter Thunberg)は、1776年、将軍にまみえる使節に随行する機会があり、出島から江戸まで往復しました。道中、日本の植物を詳細に観察し、その成果が1784年に刊行された『日本植物誌(Flora Japonica)』にまとめられました。

ノイバラはこの著書の中でRosa multifloraと紹介され、そのことから、正式な学名は“Rosa multiflora Thunb.”と記載されることになりました。

しかし、ノイバラがバラの育種に用いられるようになるのは、紹介されてから90年ほど経過した1860年頃。フランスのシスレーが改めて紹介するまで待つことになります。