フェリシテ・ペルペチュ(Félicité-Perpétue)‐センペルヴィレンス系、春一季咲き、1827年


‘フェリシテ・ペルペチュ’ Photo/田中敏夫

小輪、ポンポン咲きの花がひしめくような房咲きとなります。

ピンクに色づいていたつぼみは開花すると、淡いピンクが入ることはありますが、次第に純白へと変化します。

深い色合いの葉。細く、柔らかな枝ぶり、450cmから600cm高さまで枝を伸ばすランブラーです。耐病性に優れ、多少の日陰にも耐え、花を咲かせます。トゲも少なく、取り扱いが容易です。

温暖地域では葉をつけたまま冬季を越すことができるほどの強健種ですが、逆に冷涼地域での生育は難しいがあるようです。

この品種も、1827年、フランスのアントワーヌ・A・ジャックが育種・公表しました。センペルヴィレンスといずれかのノワゼットとの交配により生み出されたと言われています。

育成者ジャックはこのバラを、生まれてくる子供にちなんで命名しようとしていましたが、双子の娘が生まれたため、ふたりの娘の名、Félicitéと Perpétueを並べて命名したという説があります(”A Rose Odyssey”, J.H. Nicolas)。あるいは単にキリスト教の教えを守って殉教した聖人、聖フェィチタス(St. Felicitasu)と聖ペルペトゥア(St. Perpetua)にちなんで命名されたのかもしれません。

二人の聖人は、3世紀初頭のローマ帝国のキリスト教者迫害時代、カルタゴで捕らえられ棄教を迫られましたが肯んぜず、猛獣の餌食となって殉教しました。

裁判官に「今、あなたは私たちを裁いていますが、今に神様があなたを裁判なさるでしょう」と語ったと伝えられています。

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ロサ・フィリペス・キフツゲート(R. filipes ‘Kiftsgate’)- 原種、春一季咲き


Carol La Rosa/Shutterstock.com

小輪のシングル咲きの花が、ときにサッカー・ボールの大きさを超えるような巨大な房咲きとなります。

花色はホワイト、花心の雄しべがイエローのポイントとなり、開花時には株全体が淡いイエローに染まっているという印象を受けます。

甘い強い香り。

縁のノコ目があまり目立たない、尖り気味の小葉で、明るい色合いの半照り葉。紅茶褐色の枝には、多くはないものの大きなトゲがあります。細く柔らかな枝ぶりで、旺盛にシュートが発生して枝を伸ばし、5m、ときに10mを超える大型のランブラーとなります。

ロサ・フィリペスは中国四川省や甘粛省など中国西部から北西部に自生する原種です。

1908年、E.H. ウィルソン(E. H. Wilson)により発見され、1915年、フォン・レーゲル(Eduard August von Regel)により新種として公表されました。品種名はfilum(糸) + pēs (足)から。細い枝が密生することから命名されたようです(”Graham Stuart Thomas Rose Book”)。

特にキフツゲート(Kiftsgate)と名づけられることが多いのは、英国ロンドン北西部、グロスターシャー州に所在するキフツゲート・コート(Kiftsgate Court)の庭園に植栽されている株からの枝接ぎによって生産されたものを指しています。現在数株ほどあるこれらの株は、ロサ・フィリペスのクローンであるとも、あるいは枝変わりであるとも言われています。そのうち1株は現在高さ20mに達し、英国で最大のバラとして知られています。

じつはこの株は1937年、”Old Garden Roses”というバラ研究書で名高いE.U. バンヤード(E.U. Bunyard,)が運営する農場から、ムスク・ローズであるとして購入されたものです。しかし、やがて実際にはムスク・ローズではないことが明らかになりました。

1951年、グラハム・トーマスにより、ロサ・フィリペス(R. filipes)であると同定されました。

ロサ・セティゲラ(R. setigera)- 原種、春一季咲き

北米大陸の乾燥地に自生するロサ・セティゲラは、耐寒性、耐暑性ともに備えた強健さから、丈夫な品種作りのための交配親として用いられてきました。異彩を放つハンガリーの育種家ゲシュヴィントが耐寒性のある品種育種を目指して盛んに利用したことでも知られていますが、ゲシュヴィントが目指したのは大輪、深いピンク、紫などの濃色のクライマーの育種でした。そのことから、今日まで伝えられている美しいセティゲラ交配種は、大輪・濃色のシュラブやクライマーが多く、白花ランブラーとして知られているのは下に述べる‘ボルチモア・ベル’、‘ジョン・シルバー’の2種だけとなっています。


ロサ・セティゲラ Photo/Krzysztof Ziarnek, Kenraiz [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

中輪、シングル・平咲きとなる花形。

花色はストロング・ピンク。花弁基部は白く色抜けするので、花心に薄いピンクが出て優雅な色合いとなります。開花時期は遅めで、晩春から初夏にかけてです。

甘い、濃密な香り。ムスク系の香りだとする解説もありますが、実際には変化があるように思います。

縁のノコ目が強く出る、5葉になることもありますが、大体は3葉となる大き目のつや消し葉。山吹の葉に似ていると感じるのはわたしだけでしょうか。太めで直線的に伸びる枝、そんな枝の太さに不釣り合いに感じる小さめのトゲは、チャイナローズのトゲに似て細くフック気味です。幅、高さとも180cmから250cmの、ボリュームのあるシュラブとなります。

北米大陸東部、北はカナダ・オンタリオ州から米国・フロリダ州まで、ロッキー山脈から東部一帯の主に草原に自生しています。バラ科の中で唯一雌雄異体であることで知られています(雄株は開花しますが結実しません)。

乾燥にもよく耐える強健さからプレーリー・ローズとも呼ばれるほか、特徴のある3枚葉がキイチゴと似ているころから、キイチゴ葉バラ(Bramble leaved Rose)と呼ばれることも多い原種です。

1785年、植物採集のため北米大陸に渡ったフランスの植物学者アンドレ・ミショー(André Michaux:1746-1802)により発見されました(公表は1810年)

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ボルチモア・ベル(Baltimore Belle)- 春一季咲き、セティゲラ系、1843年


Photo/AquaEyes [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

小輪または中輪、カップ形、30弁前後の小さな花弁が密集し、花心に近い花弁は内側へ湾曲する美しい花形です。春、枝がしなだれるほどの房咲きとなります。

色濃いピンクのつぼみは開花すると淡いピンクになり、さらに退色してほとんど白となることも多い花色です。

幅広の大きめの葉、細めで柔らかな枝ぶり、350cmから500cmほどまで枝を伸ばす、高性のランブラーとなります。

1843年、アメリカのS. フィースト(Samuel Feast)により育種・公表されました。北アメリカに自生する原種、ロサ・セティゲラ(R. Steigera)と、ガリカ・クラスまたはノワゼット・クラスのいずれかの品種との交配により生み出されたとみなされていますが、詳細は不明です。

フィーストはこのロサ・セティゲラを交配親とするランブラーの育種に力を注ぎました。

プレーリーの名を含む‘クィーン・オブ・プレーリー’、‘キング・オブ・プレーリー’など、すぐれたランブラーもフィーストが作出した品種です。いずれも耐寒性、耐病性のあるロサ・セティゲラの性質を受け継いだ、優れた品種です。

“Baltimore Belle”とは「麗しのボルモチア」といった意です。米国東部、ワシントンDCとフィラデルフィアの間にある都市、フィーストの農場が所在していたボルチモアにちなんだ命名だと思われます。

ロング・ジョン・シルバー(Long John Silver)- ハイブリッド・セティゲラ、セティゲラ系、春一季咲き、1934年


Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

中輪、70弁を超えるようなカップ形、ロゼット咲きの花形。春に競い咲き、10輪を超えるような豪華な房咲きとなります。

シルバリー・ホワイト、輝くような純白の花色。強く香ります。

多少とがり気味、深い色の、つや消し葉。500cmから600cm高さへ達する高性のランブラーです。

1934年、アメリカのM.H. ホーヴァス(Michael H. Horvath)が育種・公表しました。

種親:耐寒性に優れた原種ロサ・セティゲラの実生種(無名)
花粉:フランスのペルネ=ドウシェが育種したディープ・イエローのクライマー、‘サンバースト(Sunburst)’

スティーブンソンの名作「宝島」に登場する海賊ロング・ジョン・シルバーにちなんで命名されたのではないかと思います。


‘ジムとシルバー’ Illustration/ Newell Convers Wyeth [Public Domain via Wikimedia Commons]

凶悪な、しかし、頭脳明晰でずるがしこくもある謎を秘めた人物です。その強烈なキャラクターは、後の多くの小説に大きな影響を与えました。物語の中で、シルバーは、主人公のジム・ホーキンスを助け冒険を重ね、とうとう宝を手に入れますが…。

ロサ・ムリガニー(R. mulliganii)- 春一季咲き


Joe Kuis/Shutterstock.com

小輪、シングル咲き、強い香り。

たおやかでアーチングする枝ぶりのランブラーで、数メートルの高さに達します。

英国の著名な庭園、シシングハースト・キャッスルの“ホワイト・ガーデン”にある巨大株の白花ランブラーは、このロサ・ムリガニーです。

中国・雲南省で結実が採取され、英国園芸協会(RHS)のウィズレー庭園で実生から育てられました。原種名は当時、庭園丁のアシスタントであったB. ムリガン(Brian Mulligan)にちなんだものです。新品種としての公表は1937年で、これはバラの原種としては非常に遅いものでした。

じつは、雲南省や四川省など中国中部から南部においては、自生していたり、住居の植栽に使われたりする白花のランブラーがいくつも発見されています。

いずれも小輪、数メートルを超えるほどの大株となるものが多く、発見者、あるいは紹介者が新品種であることを主張していることが多く、さまざまな名称で呼ばれる原種のバラの大元はどれなのか、多少の違いがあるのは品種(forma)、亜種(subspecies)、変種(variety)のいずれなのか、議論が錯綜していて明確にはなっていません。

ロサ・ムリガニーも、ロサ・ルブス(R. rubus)、ロサ・ヘンリー(R. henryi)などとよく似ています。これらは花、葉などによく似た性質を示していることから、ノイバラやテリハノイバラも含めて、シンスティラエ(Synstylae)という節(Section;” 植物分類のグループ“)に一括に括られています。このようなことから、ロサ・ムリガニーも原種ではありますが、果たして独立した品種であるのかどうか、明確にはされていないようです。

トリーア(Trier)- ハイブリッド・ムスク、弱い返り咲き、1904年


‘トリーア’ Photo/田中敏夫

小輪、セミ・ダブル、平咲きの花が枝いっぱいの房咲きとなります。

花色はクリーミー・ホワイト、ときに筆で刷いたようにわずかにピンクが入ることがあります。

ムスク・ローズ系の強い香り。

幅狭で深い色合いのつや消し葉。高さ250cmから350cmの大きめのシュラブとなります。小さめのクライマー/ランブラーとしてトレリス、小さめのアーチやオベリスクなどへ誘引することもできます。

1904年にドイツの偉大な育種家、ペーター・ランベルト(Peter Lambert)により公表されました。

種親:淡いイエローのランブラー、‘アグライア(Aglaïa)’
花粉:明るいピンクのハイブリッド・パーペチュアル、‘ミセス・R・G・シャーマン・クロフォード(Mrs. R.G. Sharman Crawford)’

交配親については異論があり、イエロー・ランブラーと呼ばれることもある‘アグライア’の実生種ではないかとも言われているようです。

耐病性があり、半日陰にも耐え、また、当時としては画期的な返り咲く性質もある強健種です。英国のJ. ペンバートン(Rev. Joseph Pemberton)がこの品種を交配親として、次々とシュラブ/セミ・クライマーを育種し、それが後にハイブリッド・ムスクと呼ばれる新しいクラスとなりました。この‘トリーア’こそ、ハイブリッド・ムスクの最初の品種だとする研究家もいます。

トリーア(Trier)はルクセンブルグとの国境近く、上質の白ワインで有名なモーゼル河河畔、ドイツ西端の古い都市です。育種者、ランベルトの農場は市街地近くにありました。


‘Trier 1895’ Painting/Unknown [Public Domain via Wikimedia Commons]

Credit

文&写真(クレジット記載以外) / 田中敏夫
– ローズ・アドバイザー –


たなか・としお/2001年、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間の運営。2010年春より、「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズ・アドバイザーとなり、バラ苗管理、楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを行っていた。現在フリー。