先月28日、人気ラーメン店「ラーメン二郎 新宿歌舞伎町店」で火事が発生。煙が出始めてもしばらくの間営業を続け、客もラーメンを食べ続けていたという報道に対し、SNS等を中心に「火事にも気づかない二郎の中毒性」「店員は避難させろよ」といった声があがった。
飲食店で火災が発生した場合、店舗やそこで働く従業員に何らかの義務や法的責任は生じるのだろうか。飲食業界の法務を専門的に取り扱う石崎冬貴弁護士に話を聞いた。
意図せず煙が出た段階で「消火」必要
石崎弁護士は「火災が起きた際、飲食店とその従業員には、消火や避難誘導を指示する義務があります」として、その法的根拠を説明する。
「消防法では『火災が発生したときは、当該消防対象物の関係者その他総務省令で定める者は、消防隊が火災の現場に到着するまで消火若しくは延焼の防止又は人命の救助を行わなければならない』と定められています(25条第1項)。
ここでいう『関係者その他総務省令で定める者』は、『火災が発生した消防対象物の居住者又は勤務者』で火災の現場にいる者も含まれます(消防法施行規則第46条3号)。つまり従業員は、消火活動や避難誘導を行う必要があるのです」
ちなみに、どの時点で「火災が発生した」と言えるかについて、「消防庁火災報告取扱要領」によれば、「人の意図に反して発生し若しくは拡大し、又は放火により発生して、消火の必要がある燃焼現象であって、これを消火するために消火施設又はこれと同程度の効果のあるものの利用を必要とするもの」等とされている。
「火はどこにどう延焼するか分かりませんし、見た目は煙でも火種がどうなっているか分かりませんから、意図せず煙が出た段階で、消火の必要性があるといえるでしょう」(石崎弁護士)
死傷者が出ていれば刑事上の責任も…
幸いにして今回の火事では死傷者は出なかったが、火が燃え広がる、爆発が起こるなどして死傷者を生じさせた可能性もあっただろう。
石崎弁護士は、今回の事故で死傷者が出ていた場合、「避難誘導の開始が遅かったこと」等を原因として法的責任を負っていた可能性はあったと話す。
「店やその場にいる従業員には、すでに述べたように延焼の防止や救助を行う法律上の義務がありますから、民事上の責任はもちろん、死傷者が出ていれば、業務上過失致死傷など刑事上の責任も負っていた可能性があります」
一方で、今回の火事では客側にも「正常性バイアス」がかかっていたのではないかと指摘する声も上がっていて、石崎弁護士もその見立てに同感だという。
正常性バイアスとは、危険な状況であっても、少しの変化なら“日常のこと”として処理してしまう「心理作用」を表した言葉だ。本来は心の安定を保つための作用だが、火災が発生していても「薄い煙だから、すぐに収まるだろう」と避難せず、結果的に逃げ遅れてしまうといったように、災害時にはネガティブな結果をもたらすこともある。
「店側が煙を無視していれば、客も『大したことないのでは』と思ってしまいますし、客が食事の提供を待っていたり、食事をしたりしていれば、店も『食事を中断させれば後で文句を言われるかもしれない』と思ってしまうかもしれません。
実際にニュースにならない“ヒヤリハット”の事案はたくさんあります。煙が出たら、店はすぐに避難指示を出し、客もその指示に従うか、適切に避難する、という意識を高めていく必要があると思います」(石崎弁護士)
火事を未然に防ぐ従業員間の「コンセンサス」
石崎弁護士は「火事を想定していない、マニュアルなどがない飲食店は多いと思う」と話し、従業員同士で火事の際の対応について共有しておくことが重要だとする。
「油跳ねやボヤなどがあっても、すぐに火を消せば終わりですし、爆発でもしない限り火はそうそう一気に広がることはありません。今回も、煙を無視していたため火事になりましたが、煙の段階で水をかけていればそこで終わったはずです。
飲食店はマニュアル作成とまではいかずとも、今回の事例を共有するなどして、『すぐに水をかける』など、常識的な対応をコンセンサスにすべきです。最近、飲食店では外国人スタッフも増えていますから、火事に対しての認識を改めて共有し、備えておくことが、トラブルを未然に防ぐために有効だと思います」(石崎弁護士)