東京都知事選挙の立候補者の一人、前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏は、その市長在任中の言動が一部のSNSユーザー等から熱烈な支持を得ている。
市議会や一部の地元マスコミを攻撃するなど、石丸氏のスタイルは賛否両論を呼んだ。
しかし、わが国は法治国家である以上、本来、法的観点からの検証が欠かせないはずである。そこで本記事では、石丸氏が市長在任中に行って話題となった「専決処分」を取り上げ、その法的な問題点について検証を加える(全2回前編 )。
本日、正式に #東京都知事選 への出馬を表明しました。
これが20年先の危機を回避する最後のチャンスだとみています。https://t.co/Mydv4Nt5E2あまり個別の政策について話せなかったのですが、小中学校の給食費無償化は都で実施したいと考えています。
簡単でないにしても、#安芸高田市…
— 石丸伸二 (@shinji_ishimaru) May 17, 2024
首長に認められている「専決処分」とは
「専決処分」とは、本来は議会が議決しなければならない事項について、緊急を要する場合などに行政運営の遅れや停滞を防ぐため、例外的に市長が議会に代わって意思決定することを指す。
石丸前市長が行った「専決処分」で、特に話題となったのが、以下の3つである。
・道の駅への「無印良品」の誘致
・市議会議員が市(市長)を名誉毀損で訴えた裁判の一審の賠償命令に対する控訴
・「認定こども園」基本構想費の予算
本来、普通地方公共団体の首長が専決処分を行うことができるのは、以下の4つのケースに限られる(地方自治法179条1項)。
①議会が成立しないとき
②定足数の特例(地方自治法113条但書)の場合でなお会議を開くことができないとき
③特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき
④議会において議決すべき事件を議決しないとき(天変地異の場合など)
このうち①②④はきわめて特殊な場面であり、実際に問題となることが多いのは「③特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき」の要件である。
神奈川大学法学部の幸田雅治教授(地方自治法)は、この要件は地方自治における「二元代表制」の趣旨と専決処分の制度の沿革にてらし、厳格に解釈されなければならないと指摘する。
神奈川大学法学部 幸田雅治教授(本人提供)
幸田教授:「前提として、首長による専決処分の制度がなぜ設けられているかを理解する必要があります。
わが国の地方自治の制度は、首長と議会の二元代表制をとっています。いずれも、住民の直接選挙によって選出されるものです。
まず、首長は行政機関として執行権を担い、予算提出権を持つとともに、その他の議案提出権を持っています。これに対し、議会は意思決定機関として議案の審議・議決により監視・コントロールする権限を担っています。
二元代表制の趣旨は、住民により選挙された異なる機関に相互にチェックをはたらかせることで、権力の暴走を防ぎ、住民による自治を実現することにあります。
しかし、議会の議決を得ることがどうしてもできない緊急の事態は必ず起こり得ます。そこで、市長がやむを得ず議会の代わりに意思決定を行うために、専決処分が認められているのです。
実は、以前は専決処分の要件はかなり緩く、首長により濫用される危険が大きいなどの問題が指摘されていました。そこで、2006年と2012年に二度にわたり改正が行われています。
まず、2006年改正では『特に緊急を要するため』という要件が設けられ厳格化されました。
次に、2012年改正では、条例・予算の専決処分をあとで議会が不承認としたときは、長は必要と認める措置を講じ、議会に報告しなければならないこととされました」
このように、地方自治法は、真にやむを得ない場合に限ってしか専決処分を認めていない。しかも、あとで不承認となった場合に首長に必要な措置を義務づけている。
つまり、法は専決処分についてきわめて厳しい態度をとっている。それは、歴史的に専決処分の制度が長によって濫用されやすい制度であったことへの警戒からきている。
2010年ころに問題となった鹿児島県阿久根市の例を引き合いに出すまでもなく、専決処分の制度がもつリスクは明らかといえる。石丸氏が市長として行った専決処分について論じるうえでは、この視点は必須である。
道の駅への「無印良品の誘致」の適法性は?
最初に取り上げるのは、「道の駅 三矢の里あきたかた」への「無印良品」(株式会社良品計画)の出店計画に関連する専決処分である。安芸高田市は2022年2月から良品計画社との連携協定に関する協議を行っていた。そして、事業者側から2023年1月に安芸高田市内への出店の提案があったという。
石丸氏は、道の駅の改修工事についての調査設計の業務委託の予算の専決処分を2023年4月28日に行った。
また、市議会の6月定例会において、専決処分の承認を求めるとともに、道の駅の改修工事の費用を補正予算に計上した。
これに対し、市議会は専決処分を不承認とし、また、改修工事費用の予算を削除した。なお、定例会にかかる専決処分は他に4件あったが、いずれも議会は承認している。
市長側の説明資料によれば、良品計画社が2023年12月の開業を希望しており、それを目指して逆算したところ、5月の連休前に調査設計に着手する必要があったとしている。
幸田教授:「この場合、問題となるのは、地方自治法179条1項の『特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らか』という要件をみたすかどうかです。
この要件は、事案の内容及び性質に照らし、『特に緊急を要する』必要性があって、議会を招集して議決を待ったのでは時機を失する場合を指すと考えられます。
無印良品の調査設計の業務委託予算は、事柄の性質上、『特に緊急を要する』とはいえないことに加え、議会での十分な審議を経て、適否を決定すべきものといえます。
4月28日であれば、臨時会を招集することもできたし、定例会を5月に少し前倒しして招集して議決を求めることもできたはずです。
4月28日に専決処分をしなければどうしても間に合わないということであれば、そのことについて合理的な説明が必要です」
では、実際にはどのような説明が行われていたのか。
6月定例会の質疑を掲載した「議会だより78号(2023年8月15日発行)」によると、産業部長は「(開業予定が12月だと)良品計画から最終的に確定をされたのが4月27日以降」と説明している。
また、石丸氏は以下のように答弁している。
「企業戦略として12月であれば安芸高田市に出店できるという条件が提示された。それ以外ならうちではなくなる可能性はある」
「相手は超大企業。立場としてはこっちが下ですべての都合が(※原文ママ)そちらに合わせますと、そこまで言ってやっと来てもらえるかどうか。それが今の企業誘致の現実」
これらの説明についてはどうだろうか。
幸田教授:「まず、本当に5月の連休前に調査設計に着手しないと本当に開業自体ができないというのであれば、その理由についての説明が必要です。しかし、十分な説明が行われたとは言い難いでしょう。
仮に良品計画社側が『12月に開業したい』という希望を述べていたとしても、そもそも地方自治法で、予算については議会の承認を得なければならないと決まっています。それなのに、法律を度外視して『すべて企業側の都合に合わせる』というのは理由になりません。
したがって、専決処分は『特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らか』という要件をみたさず、違法といわざるを得ません」
石丸氏の旧Twitter(現X)の投稿は脚光を浴びたが…(石丸氏のX(旧Twitter)トップ画面)
議員もマスコミも誤解?「専決処分は違法でも有効」は誤り
専決処分について賛成はしたが、議会を通さなかったことに対して批判的な議員もいる。たとえば田邊議員は「専決処分が不承認でも処分の効力は有効であるため今回は賛成する」と述べている。しかし、幸田教授は、この認識には誤りがあると指摘する。
幸田教授:「本件の専決処分はそもそも地方自治法179条1項が定める要件をみたさない違法なものです。そして、これまでの裁判例でも、違法な専決処分は無効とされています。
専決処分が不承認でも有効となる場合は、あくまでも専決処分は適法で、内容が不適切だからという理由で不承認になった場合です。
田邊議員の『専決処分が不承認でも処分の効力は有効』という発言がありますが、これは間違いです。専決処分自体が違法の場合は承認・不承認以前に『無効』です」
一部のマスコミも含め、専決処分について一律に「議会の承認を得られなくても有効」という認識が広がっているようである。しかし、法的観点からすると、それは重大な誤解ということになる。
専決処分の適法要件をみたしたうえでの「不承認」と、適法要件をみたさないことを理由とする「不承認」とでは、効力が異なるのはおのずから当然といえる。
後編ではさらに、市議会議員が市(石丸氏)を名誉毀損で訴えた裁判の一審の賠償命令に対する控訴、及び、石丸氏が市長退任直前に行った「認定こども園」基本構想費の予算化について、専決処分の適法性を検証する。