昨年12月、東京都杉並区で歩道を歩いていた母子が、道路に面した自動車整備工場から急発進した車にひかれて死亡した。この事故で車を運転し、過失運転致死罪に問われた元整備士・漆原宏太被告(51)の初公判が27日、東京地裁で開かれた。
検察側は禁錮5年を求刑し、弁護側は執行猶予付きの判決が相当だと主張。判決は来月19日に言い渡される。
車検で預かっていた車を試運転しようとした
上下黒のスーツにネクタイを締め法廷に現れた漆原被告は、じっと目を閉じ、沈痛な面持ちを浮かべていた。
検察の冒頭陳述によれば、昨年12月26日17時すぎ、被告は当時勤務していた杉並区高井戸東の自動車整備工場で車を後退させた際、本来はブレーキを踏むところ、アクセルを踏み込んで時速16kmに急加速させ、歩道を歩いていた母子をひいて死亡させた。
公訴事実について、被告は「間違いありません」と認めている。
事故を起こした車は、車検のために工場へ預けられていた。アクセルやブレーキに異常はなく、事故当時は8割ほどの作業が完了している状態だったという。
この工場では、タイヤの側面とホイールが傷つくのを防ぐために木製の板が設置されており、出庫する際はアクセルを踏み込んで板に乗り上げ、すぐにブレーキを踏んで停止させる必要があった。被告はこの日、整備した車を試運転するため出庫させようとしたところ、ブレーキを踏んだはずがエンジンの回転数が上がり、車は急加速で後退。サイドブレーキも引けるだけ引いたが止まらず、反対車線側に建つマンションの柵に衝突し、停止したという。
現場周辺の防犯カメラやドライブレコーダーには、車がブレーキランプを点灯させながら後退する様子が記録されていた。当時、この車のペダル付近にはフロアマットがかぶさっていた影響で、アクセルとブレーキのペダルを同時に踏み、アクセルにより強い力が掛かっていたとされる。また、被告は「アクセルからブレーキに踏みかえるとき、右足を十分に上げなかったかもしれない」とも振り返った。
被害者遺族「憎しみや恨みはない」
公判では、被害者遺族の意見陳述も、遺族側の代理人弁護士が代読するかたちで行われた。
亡くなった母子の夫、そして父である男性は、被告に対して「悔しさや残念な気持ちはあるものの、事故当初から憎しみや恨みはない」と言及。その上で、「事故を起こしたことは彼(被告)の本意でないにせよ、しっかりと罪に向き合って償ってほしい。その後はいち早く社会復帰して、少しでも世の中のためになる行動をしてほしい」と述べた。
一方、出庫時に誘導員を配置していなかったことや、被告と勤務先の自動車整備工場が今回のような事故が起きた際の保険に入っていなかったことなど、安全対策への強い疑問も示された。
「他人の車を預かる以上、ミスがある前提で安全対策するべきだった。その備えであるはずの保険に入っていなかったことに驚がくしている。人通りの多い路面店で平気で車を預かり整備していた、そういう工場は他にもたくさんあるのではないか。国や自治体は、自動車整備会社の保険加入を義務化してほしい」
これらの安全対策については、裁判所も被告人に確認するなど、関心を示している様子だった。
「亡くなったふたりの未来をつぶしてしまった」
検察側は「過失、被害結果は極めて重大。遺族の喪失感や絶望感は察するに余りある」「被告が自白し、反省していることを考慮しても、実刑による徹底した矯正教育が必要」などとして禁錮5年を求刑。
一方、弁護側は「アクセルとブレーキの踏み間違いという基本動作のミスなので、過失が小さいとは評価できないが、運転行為自体が悪質とは言えない」「事件直後から事故と向き合い続け、深く反省している。捜査にも協力的だ」などとして、執行猶予付きの判決が相当だと主張した。
被告は被害者や遺族に対し「私の不注意のせいで亡くなったふたりの未来をつぶしてしまった。(被害者と遺族が)今まで築き上げてきたものを奪ってしまった。申し訳ありません」と、絞りだすように語った。