今年4月、読売新聞のある報道記事がSNSを中心に世間を騒がせた。性犯罪の加害者側代理人である弁護士が、本来、加害者自ら書くべき被害者への謝罪文を、生成AIを使って“代筆”していたというのだ。
報道によると、当初加害者が被害者に向けて書いた謝罪文は「心を踏みにじってしまい申し訳ありません」という一文のみだった。弁護士はこれを見て「加害者は反省はしているが文章作成は得意ではない」と考え、代筆を行うことに決めたという。そして、生成AIに「性犯罪者が提出すべき謝罪文を書いて」などと指示を与え、文章を作成。これを加害者に手書きさせ、刑事処分で情状酌量を求めるため、被害者側に提出したようだ。
たしかに生成AIを、“仕事の効率化”を目的として使っている人は多いだろう。しかし、本件のように謝罪文の生成AIによる作成が一般的になれば、「加害者の反省を被害者に伝える」という謝罪文の意義そのものが揺らいでしまうのではないか。
そもそも弁護士による謝罪文の代筆は一般的なのか、そして生成AIによる謝罪文作成をどう考えるか。国選弁護をはじめ刑事弁護を多く担当する本庄卓磨弁護士に聞いた。
謝罪文の「目的」とは?
まず、生成AIで謝罪文を作成した弁護士がいると聞いた時、本庄弁護士は率直にどのように感じましたか?
本庄弁護士:生成AIを使用してまで謝罪文を作成することに意味があるのだろうかと疑問に思うとともに、なぜ担当弁護士が生成AIを使用したのか気になりました。
そもそも、謝罪文を作成する目的は、加害者の反省を加害者自身の言葉で、真摯に被害者へ伝えることであって、謝罪文を作ること自体が目的ではないのです。
生成AIを使用していたことが発覚すれば被害者の2次被害につながるのではないかとも懸念されていますが、弁護士の業務効率化などを目的として、生成AIによる謝罪文作成が今後、一般的になることは考えられるでしょうか。
本庄弁護士:一般的になることは考えにくいと思います。謝罪文の作成を通じて加害者が反省を深めることが期待できなくなりますし、被害者が生成AIによって作成された言葉を受け入れるとも思えませんから。
弁護士による謝罪文代筆はよくあること?
生成AIによる謝罪文作成の衝撃が大きくて見逃していたのですが、そもそも加害者本人ではなく、代理人である弁護士が謝罪文を代筆すること自体はよくあるのでしょうか。
本庄弁護士:弁護士によって対応が異なると思いますが、弁護士が代筆するケースは少ないと思います。私自身は代筆したことはありません。
ただし、今回のケースのように加害者によっては文章の作成能力が低いことがありますので、その場合には謝罪文を作成する目的を説明した上で、加害者の考えを聴き取り、一緒に文案を考えるということはあります。
また、加害者が作成した謝罪文を弁護士が“添削”するケースは少なくありません。誤字・脱字はもちろんのこと、被害者に誤解されてしまう可能性がある表現や不適切な表現は修正することがあります。
しかし、弁護士が謝罪文を「一からすべて作成した」と明らかになれば、前述した謝罪文の「目的」に反していることはもちろん、被害者の感情を損ね、裁判で加害者にとって不利になってしまう可能性すらあると思います。
一般的に加害者が被害者に謝罪文を提出することは、加害者の刑事処分の情状酌量にどの程度の影響力を持つものなのですか?
本庄弁護士:謝罪文の提出だけで情状酌量において大きな意味を持つことは少ないと思います。加害者が真摯に反省していることを情状として評価してもらうためには、加害者やその関係者が再犯防止のために考えている具体的な対策や、実際に行動に移していることを明らかにする必要があるからです。
ただ、示談成立は情状として大きく有利に評価されることがあります。この示談交渉の際には、謝罪文の内容を踏まえて被害者が示談に応じることもあるため、その意味では謝罪文の提出が影響を持っているといえるでしょう。
謝罪文の内容によっては、示談を拒否されることもありますし、弁護士が作成したり、生成AIを使用していたと被害者が知った場合は言わずもがなですね…。
生成AIを謝罪文作成に使用するメリット「ない」
生成AIを謝罪文作成に使用するということは、加害者の代理人でありながら、弁護士自身が、加害者にとって不利になる状況を生み出してしまう可能性があるということですね。ちなみに本庄弁護士は、先ほど謝罪文を代筆したことがないと仰っていたので、今後生成AIを用いることもないでしょうか?
本庄弁護士:そうですね。繰り返しになりますが、生成AIを使用して謝罪文が作成されたことを知れば被害者は不快に思うはずですし、加害者が真摯に反省していると評価される可能性も低くなってしまうでしょうから、わざわざ生成AIを使用するメリットはありません。それに、裁判や示談の話だけでなく、加害者の反省を促すことも弁護士の仕事のひとつだと考えていますので、私はこれまでと同様に今後も謝罪文を代筆したり、生成AIを使用することはないと思います。