部下へのパワハラで訓告処分・出向命令を受け「適応障害になった」 …新幹線“車掌”の訴えに裁判所の判断は

部下にパワハラしておいて、どの口が!

と筆者が感じた、鉄道会社で起きた事件を解説する(東京地裁 R3.6.28)。

ある車掌(以下「Xさん」)が、新幹線内で部下(以下「Aさん」)の”すね”を何度も蹴った。これは完全なるパワハラだ。

会社がXさんに報告書の作成を命じ、訓告処分、出向命令を出したところ、Xさんは「上司らからパワハラを受けて適応障害になった」と主張して労災を申請。これが棄却されたため提訴したものの、裁判所は「会社が出した処分に問題はなかった。Xさんが受けた心理的負荷は『強』とはいえない」旨判断して、Xさんが敗訴となった。

裁判においてXさんは、「Aさんが処分されず私だけ一方的に処分を受けたことで大きな精神的苦痛を受けた」と主張したが、裁判所に一蹴されている。

以下、事件の詳細だ。

事件の経緯

会社は新幹線の運行業務等の鉄道事業等を営む会社であり、Xさんは運輸所所属の指導車掌(車掌見習いの指導役)であった。

■ Xさんの暴行
事件は、多数の乗客が乗車していた営業運行中の新幹線内で起きた。Xさんは、部下のAさんが改札業務から戻ってくるのが遅いと感じて確認に行った。すると、Aさんが乗客に舌を出しておどけた表情をしていたのである。それを目撃したXさんが、新幹線内でAさんに対して「なぜ舌を出していたのか」旨聞いたところ、Aさんは「オーバーリアクションです」と答えた。これに腹を立てたXさんは、自分のつま先でAさんの“すね”を何回も蹴った。

■ 報告書の作成を命じられる
被害者のAさんが上司に報告したところ、会社はXさんへ報告書や反省文の作成などを指示した。また、その日以降、乗車勤務を命じなかった。

■ 訓告処分
翌月、会社はXさんに対して「乗車中に同僚社員に対して暴行をしたことは、社員として誠に不都合な行為である。よって、就業規則●条により訓告する」との処分を下した。

■ 出向命令
さらに同日、会社はXさんに新幹線メンテナンスの会社へ出向を命じた(約3年間)。その会社では、新幹線列車の車内清掃作業等が予定されていた(しかし、翌日からXさんは2年5か月ほど病気休職した)。

■ 適応障害の発症
出向命令が出された翌日、Xさんは、ストレス性障害の診断を受け、約2か月後には適応障害の診断を受けた。

■ 労災申請
約3か月後、Xさんは「上司らからパワーハラスメント等を受けた」として労災を申請。しかし、労基署はこれを認めず、Xさんは不服申し立て(審査請求、再審査請求)を試みたが、すべて棄却された。

■ 訴訟を提起
そこで、Xさんは労災認定を求めて提訴に踏み切った。

裁判所の判断


弁護士JP編集部

Xさんの敗訴である。裁判所は「Xさんの受けた心理的負荷は『強』とはいえず、業務上の疾病にあたらないので労災は認められない」旨判断した(厚生労働省が令和5年9月1日付で都道府県労働局長宛てに出した通達により、精神障害による労災認定を受けるためには心理的負荷が『強』と認定される必要がある)。

以下、裁判所が上記判断をした理由を、判決文から一部要約して抜粋する。

■ 報告書について
会社がXさんに報告書を作成させたことについて、裁判所は「Xさんを指導、教育する必要性が高かった」旨判断している。また「比較的小さな部屋で書かせているが、他の社員からの視線にさらされないようにする目的などがあったと推認できる」としている。

さらに、報告書を作成する状況については「上司と部下という上下関係を感じさせないほどに終始穏やかに行われており、友人同士ともみられるような会話も多かった」と判断している。

作成状況を一部取り上げると、XさんがAさんの名前を漢字で書くことができなかったところ、上司が、引退した野球選手の名前を挙げて説明した。するとXさんは「古いですね。さすが」と発言し、上司も「分かるアンタだって古いんじゃん」と2人で談笑、雑談する場面もあったという。

Xさんは「午後0時ころから午後7時ころまでペットボトルを取り上げられ、食事や休憩をとることもできず、上司が私の意に沿わない書き直しを命じてきた」と主張したが、裁判所は「書面の作成は上記時間の中で3回に分けて行われていた。途中1時間、Xさんは私用のために外出していた。部屋を自由に出入りできていた」旨認定し、Xさんの主張を認めなかった。

■ 訓告処分、出向命令
裁判所は、「本件暴行は企業秩序を維持する観点からみて、重大な非違行為(就業規則などの服務規定への違反行為)」であるとして、訓告処分、出向命令は必要かつ相当な人事権の行使であり、違法とはいえないと判断した。

■ 心理的負荷の程度
上記の事実等に照らして、裁判所は「Xさんが受けた心理的負荷は『弱』にとどまる。Xさんに最大限有利に判断したとしても『中』にとどまる」と判断し、Xさんが適応障害を発症したとしても、それは業務上の疾病とはいえないと判示した。

■ 裁判官の一蹴
Xさんは、「出向命令は明らかな左遷である。私がAさんに暴行を働いたのは、Aさんの勤務態度に問題があったからだ。Aさんが処分されず私だけ一方的に処分を受けたことに大きな衝撃を受けた」と主張。しかし裁判所は「今回の出向命令に問題はない。また、Xさんは一方的にAさんへ暴行を働いている。Aさんの勤務態度に問題があったとしても暴行が正当化されるものではなく、一連の経緯をみても、Aさんに処分されるべき理由があるとまではいえない」と一蹴している。

判決文を読むと、会社はXさんに報告書や反省文の作成を指示する際、暴言などを吐かず、非常に粛々と行っていたと推測できる。叱責(しっせき)にともない会社が従業員へ一定のストレスを与えることは避けられず、裁判になった場合は前述した厚生労働省の通達に照らして、心理的負荷が『強』かどうかが争われることとなる。