悪質な「選挙ハラスメント」問題、候補者は“全員”何らかの被害を受けている? “元議員”弁護士が指摘する「法律違反」の可能性

7月7日に投開票を迎える東京都知事選。過去最多の56人が立候補し、選挙ポスターを巡る騒動や政見放送が話題になっており「カオスすぎる」「史上最悪の都知事選」といった声もあがっている。

都知事選では、候補者に対する殺害予告や爆破予告といった脅迫行為があったことも報じられており、“カオス”は収まりそうにない。

4月に行われた衆議院東京15区の補欠選挙でも、つばさの党の黒川敦彦代表らが他陣営を妨害し、演説を中止させるといった事件が起きており、出馬した候補者が円滑な選挙活動を行うことができないケースが目立ってきている。

「選挙ハラスメント防止」のため条例制定する自治体も

こうした状況の中、福岡県警は5月8日、昨年4月の福岡県議選で候補者を中傷したとして、対立候補を支援していた男性を公職選挙法違反(虚偽事項の公表)の疑いで書類送検した。

同県では「福岡県における議会関係ハラスメントを根絶するための条例」を2022年に制定。議員や候補者へのハラスメント防止を定めた条例の制定は、都道府県レベルでは初めてのことで、上述の事件では、この条例をもとに福岡県議会が男性を刑事告発していた。

罰則なしの条例だが「グレーゾーンへのメッセージに」

この条例について、政策秘書や市議会議員を務めた経験があり、現在は議員法務に注力する三葛敦志弁護士は次のように評価する。

「この条例自体には罰則の規定はありませんが、一般論として『候補者や議員に対するものであっても、ハラスメントはよくない』ということを打ち出しているところに意味があります。

明らかに度が過ぎる行為であれば、既存の法律で対応することができます。一方でこの条例があることによって、グレーゾーンに位置しているハラスメント行為に対して『条例違反である』とメッセージを出すことができます」

「全員何らかのハラスメントを受けているのでは」

福岡県では、昨年の統一地方選の候補者に対し「ハラスメント被害」の調査を実施している。そのうち、市町議会議員選挙の候補者を対象としたアンケートでは対象者653人中347人が回答し、うち20.7%(72人)が「選挙期間中にハラスメント被害を受けた」と答えた。

この結果について、三葛弁護士は「肌感覚として、ハラスメントを受けたという人の割合がこんなに低く済むわけがない」と話す。

「もちろん、何をハラスメントと感じるのか、については個人差があるでしょう。

とはいえ、自分の選挙も含め選挙に何度となく携わったことのある立場から、候補者は全員何らかのハラスメントを受けているのだろうというのが正直な感想です。わずか20%ほどの人しか被害を受けたことがないと回答した結果には驚いています」(三葛弁護士)


福岡県議会「統一地方選挙 候補者に対するハラスメント被害のアンケート調査結果(市町議会候補者)」より

候補者への嫌がらせ「残念ながらいつの時代でもある」

候補者らが選挙を通じてハラスメントを受けやすい背景について、三葛弁護士は以下のように解説する。

「一般的に、候補者は選挙において、それぞれの政治的主張を支持してもらうために活動します。しかし、政治的な主張をすれば、それに対し批判をしたり、ノーを突きつけたりする人が少なからず出てきます。

仮に、誰からも批判されず、100人中100人が賛成するような主張であれば、目くじらを立てられることはなく、選挙において争点となりません。

自分の主張がすんなり通らないということは、その主張に対して批判する人がいたり、あつれきがあったりするということになります。そして、批判やあつれきがあるからこそ、それらを突破するために有権者からの支持を集めるわけです。

私自身、選挙に出た時には、自分の掲げた政策に対してさまざまなリアクションを受けました。

もちろん、その中には、政策論争が起きたり、有権者個人や団体からご意見をいただくといった真正面からの正当なリアクションもあります。

しかし、中にはネガティブな感情の発露もあり、たとえば嫌がらせを受けるなどということは、残念ながらいつの時代でもあり得ることです。候補者にとって、選挙期間中は目立つ時期でもありますから、こうしたことは自然と多くなります。

加えて、こうしたハラスメントを受けてもなお戦い抜く精神力を持つのが政治家というものだ、という精神論も見え隠れします。

ほかにも『街頭演説がうるさい』といった政策以外のところにノーを突きつける人もいます」

スタッフや家族もハラスメントの対象に

では、実際にどのようなハラスメントが存在するのだろうか。

上述した調査では「どのようなハラスメントを受けたか」についても質問しており、候補者本人については、「SNS、メール、怪文書等による中傷、嫌がらせ」と回答した人がもっとも多かった。また親族では「プライベートな事柄についての批判や中傷」が、補助者は「暴力的な言葉による嫌がらせ」がそれぞれ最多となった。

「怪文書が出回るというのは比較的大きな選挙ではよくあることですし(だからと言って問題がないわけではありませんが)、若い候補者であれば『お前に何ができるんだ』などと言われることもあります。それから、選挙運動に協力した家族にまでハラスメントが及んだという話もよく聞くことです」(三葛弁護士)

また、同調査には20〜30代の女性候補者5人も回答していたが、全員が「ハラスメントを受けた」という。

「特に、若い女性候補者に対するセクハラや、いわゆるマンスプレイニングなど、マウントを取ろうとする行為は後を絶たず、これらのハラスメントを陣営の身内から受けることもあり得ます。

ひどい場合、次の選挙に出ずそのまま引退する女性の方もいます。

一方、候補者が男性の場合であっても、妻や娘、女性スタッフがハラスメントを受けるケースもあります。

セクハラ被害が目立つのかなと思いますが、それ以外にもプライベートに関するあれこれを聞かれたり、演説会場などにきた人が、若い女性の選挙スタッフを捕まえて延々としゃべりかけたり暴言を吐かれたりといったこともあります」(三葛弁護士)


福岡県議会「統一地方選挙 候補者に対するハラスメント被害のアンケート調査結果(市町議会候補者)」より

候補者は「泣き寝入りせず相談を」

では法的な観点から、こうした選挙ハラスメントはどのように対処されるのだろうか。

「一概に何がどの罪に、とは言いにくいのですが、たとえばアンケートにあった『SNS、メール、怪文書等による中傷、嫌がらせ』や『プライベートな事柄についての批判や中傷』は、何らかの法律にひっかかる可能性があります。

内容によっては暴行罪や名誉毀損(きそん)罪、侮辱罪といった罪に問うことができるかと思いますし、公職選挙法の『選挙の自由妨害罪』などに当てはまる場合もあるでしょう」(三葛弁護士)

また、選挙中かどうかに関わらず、弁護士や警察に相談する事が重要だという。

「選挙中は、まわりにスタッフや支持者などの人がいますが、選挙が終わった途端1人になってしまうということも考えられます。

こうしたことをふまえて、選挙ハラスメントを受けた場合には、まずは1人で抱え込んだり泣き寝入りしたりせずに、相談してほしいです」(三葛弁護士)

都知事選の投開票日が近づき、56人による激しい戦いにますます注目が集まるが、誰に都政を託すのかと同時に、選挙のあり方についても考える良い機会かもしれない。