「あなたの粗暴傾向は、もはや改善の余地がない」
裁判官がそのように見切りをつけ「解雇OK」と判断した事件を解説する。(大阪地裁R5.10.27)
この社員(以下「Xさん」)は4つの傷害事件を起こし、会社から解雇された。Xさんは解雇無効を求めて提訴したが、裁判所は冒頭のとおり述べて「解雇OK」と判断した。
ここまで粗暴傾向が著しい社員は珍しいが、過去には自己中心的すぎる社員の解雇がOKになった裁判例もある。
以下、事件の詳細だ。
事件の経緯
土木工事業や建設工事業などを営む会社で現場作業員として勤務していたXさんは、4つの傷害事件を起こす。そのうち3つは工事現場で起きたものであり、最後の1つは何と自分の父親に対する傷害事件だ。以下、順番に解説する。
■ Dさんに対する傷害事件
同じ会社に所属するDさんの言動に腹を立てたXさんは、Dさんの胸ぐらをつかんで地面に押し倒し、馬乗りになった。そして左手でDさんのノド付近を締めながら、右手で左目付近を殴った。その後、Dさんが眼科に行ったところ、左眼球打撲傷等で加療1週間を要すると診断された。
■ Fさんに対する傷害事件
それから約3年後。Xさんが、協力業者であるFさんの言動に腹を立て、Fさんの胸ぐらをつかんで地面に押し倒し、馬乗りになり、胸ぐらをつかんだまま上下させた。これによって、Fさんのメガネは壊れ、額が切れて流血した。
この事件を聞いた社長は、Xさんに対して、Fさんに謝罪するよう求めた。しかしXさんは「Fさんとの話し合いを経たあとであれば謝罪します」と答えた。その後、XさんとFさんとの話し合いの場は持たれず、結局、XさんはFさんに謝罪しなかった。
■ Gさんに対する傷害事件
そのわずか3日後のことである。Xさんは、「協力業者であるGさんがほかの現場作業員をイジメて退職させた」と考えて腹を立て、Gさんの顔面を平手で少なくとも3発程度たたいたり、胸ぐらをつかんで地面に押し倒したりするなどの暴行を加えた。この暴行により、Gさんの目に網膜裂孔という症状が生じ、手術が必要となった。
Gさんは警察に被害届を出したが、社長がGさんに謝罪して示談を成立させたので、被害届は取り下げられた。示談の内容は、“会社が”Gさんに対して約200万円支払うというもの(治療費や慰謝料など)。支払うのはXさんではなく会社である。
社長はXさんに対して、Gさんに謝罪するよう求めたが、Xさんは「社長立ち合いの下、Gさんと話し合い、納得すれば謝罪します」と答えた。その後、話し合いの場は持たれず、結局、XさんはDさんに謝罪しなかった。
■ 社長は解雇を思いとどまる
社長は、Xさんを解雇することを考えたが、思いとどまり、Xさんを現場作業員から営業職に配置転換した。
■ 父親に対する傷害事件
その約5か月後。Xさんは自分の父親に対して傷害事件を起こす。
Xさんの父親は、他社からXさんの会社に仕事を振るような役割を担っていたが、Xさんは父親と連絡がとれなくなったことから、「父親が自分を避けている」と考え、自宅に押しかけた。そして、父親の首付近をつかみ、左手をつかんでひねるなどの暴行を加え、全治約100日を要する傷害を負わせた。
この事件で、Xさんは逮捕、勾留、起訴され、執行猶予付きの懲役1年8か月の有罪判決を受けた。
■ 退職勧奨
判決が出る前にXさんが保釈された際、社長はXさんに対して退職勧奨を行った。しかし、Xさんは応じなかった。
■ 解雇
そこで、会社はXさんを解雇した。解雇に納得できないXさんは、提訴した。
裁判所の判断
裁判所は「解雇は有効」と判断した。理由は、おおむね以下のとおりである。
■ 工事現場で起きた傷害事件について
・3つの事件は、いずれも業務執行中に起こしたものであり、会社の企業秩序を害しているし、Xさんの粗暴傾向は顕著である。
・Xさんは、社長から、Fさん・Gさんに謝罪するよう求められたにもかかわらず、一切謝罪をしなかった。
・損害賠償は会社が行い、Xさんは対応しなかった。
・Xさんは「Fさん・Gさんに謝罪しなかったのは、暴行に至った経緯等について話し合うことが先決である」旨主張するが、暴行に至る経緯にかかわらず、暴行を加えて傷害を負わせること自体が許されない行為であることに対する理解が乏しく、反省がみられないというほかない。
・以上によれば、Xさんの粗暴傾向について、改善が期待できないと評価されてもやむを得ない。
■ 父親への傷害事件について
Xさんの粗暴傾向は非常に根深く、もはや改善の余地はないと評価しうる状況であったと認められる。
さらに裁判所は、「直ちに解雇することなく営業職に配置転換した」「解雇前に退職勧奨を試みた」ことも、解雇が有効であることを基礎づける事情としてあげている。何か不祥事が起きたときに即解雇した場合、裁判になると「解雇無効」と判断される可能性があるので、会社としてはしかるべき手続きを踏んだと考えられる。非常に慎重であり、多くの会社の参考になるだろう。
ほかの裁判例
一般的に、社員がXさんほどの粗暴傾向を有していることは珍しいかもしれない。しかし、手を出さないにしても、身勝手さの度が過ぎれば解雇がOKになることもある。
たとえば、自己中心的な女性社員が解雇された事件(東京地裁 H19.9.14)。この女性社員は、▽課長に向かって「課長の資格はない」と言う ▽「社長が人さまの前で頭を下げる日は近い! と思うのは私だけなのでしょうか?」と上司に問いかける ▽「私は変えませんよ」「みんな生活がだらしない。そこから変えた方がいいんじゃないですか?」と職場ミーティングで意見する、などの言動等があり、解雇された。
裁判所は「職場での調和を無視しており周囲の人間関係への配慮に著しく欠ける」旨認定して、解雇は有効と判断した。
→「私は変えませんよ」入社1年で解雇された“自己チュー社員”が会社を提訴も「撃沈」した“もっともな”理由
自分の意見を述べることは問題ないが、限度を超えて会社の秩序を害する程度にまで達していると認定されれば、解雇がOKになることもあるので、注意が必要だ。