政府は6月18日、「国民を詐欺から守るための総合対策」(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/hanzai/kettei/240618/honbun.pdf)を発表した。これまで策定してきたいくつかの対策プランを発展的に解消。激増する特殊詐欺、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺およびフィッシング詐欺を対象とした、「政府が総力を挙げて取り組む」施策だ。
億単位の被害が連日明るみになるなど、昨今の詐欺は、巧妙さ、被害額が尋常でないレベルに跳ね上がっている。2023年の詐欺被害額は前年比ほぼ倍増となる、約1630億円にのぼる。
2024年1月~5月の特殊詐欺被害額は約550憶円
警察庁が発表した直近のデータでは、2024年1月~5月のSNS型投資・ロマンス詐欺の被害額は約548億2000万円で、前年より442億2000万円増加。なんと、毎日3億6000万円以上がだまされて財産を奪い取られている計算だ。
令和6年5月までの特殊詐欺の認知件数・被害額の月次推移(警察庁HPより)
特に増えているのがSNS型投資詐欺による被害で、上記約548億2000万円のうち、約430億2000万円を占める。ターゲットとなっているのは主に50代・60代。男女とも、最大のボリュームゾーンとなっており、男性53.7%、女性54.8%で過半数を超えている。
政府発表の総合対策の内容
前出の発表内容では、「被害に遭わせないための対策」として、たとえば、広報・啓発活動のさらなる推進、SNS事業者等への実効的な広告審査等の推進、なりすまし型ニセ広告の削除等の適正な対応の推進など、昨今の巧妙な手口を踏まえ、より踏み込んだ対策が網羅されている。
また、「犯行に加担させないための対策」「犯罪者のツールを奪うための対策」「犯罪者を逃さないための対策」までをカバー。単に被害対策だけにとどまらない、より実効的な策を全方位から示しており、政府としての本気度がにじむ。
消費者詐欺に精通する弁護士が政府対策を解読
弁護士として、特に詐欺被害救済に積極的に取り組み、情報発信も行っている「大地総合法律事務所」(https://daichi-lawoffice.com/lawyers/
)の佐久間大地氏に、今回の”政府対策”について、実効性も含め、解読してもらった。
率直に政府のこうした対策への評価は?
佐久間弁護士:まずは動いたことを評価すべきだと思います。ただし、「被害にあわせない」ための対策として注意喚起等といっても、詐欺被害に遭われる方はそもそも「だまされている」ことに気づいていません。ですから、「おかしいと思う」きっかけをつくる他に、「そもそもその状況にならないようにする」ことが大切です。
その点で言うと、被害の温床となったプラットフォームに対しての働きかけが多く盛り込まれている点は評価できると思います。
対策には広告の事前審査や本人確認の強化等もあります。詐欺の最前線でせめぎあっている先生からみて、実効性はありそうでしょうか?
佐久間弁護士:技術的な面はここでは置いておきますが、強制力がないため、どこまで取り組まれるかがネックです。プラットフォームに対しての継続的な働きかけをもってはじめて「対策」といえるのではないでしょうか。
内容は、詐欺対策として一通り全方位を網羅した印象です。消費者詐欺を数多く解決してきた佐久間弁護士の目から、抜け漏れ等、重要な視点の欠落等はなさそうでしょうか?
佐久間弁護士:本当にいまのリソースでこれほどまでにたくさんのことができるのだろうか? というのが率直な感想です。
課題解決に必要なことは、些末(さまつ)な対策をきっぱり切り捨て、本当に必要な対策を重点的に行うという判断を行う勇気です。
誰しもが見られる(詐欺業者もみる)ことを考慮して、網羅的に本書面を作成したという意図があるならばそれはそれで良いですが、対策メンバー内部としては、課題を限定して、やることを少なく、深くやる必要があるし、むしろそれしかできないと思います。その上でやる必要があることはなにかといえば、それは予防ではなく、事後対応の強化です。
重要なのは予防ではなく、事後対応
具体的に教えてください。
佐久間弁護士:事後対応の強化で一番重要なことは、
(1)警察の質と量を強化すること
(2)法改正による罰則を強化すること
この2点です。
詐欺をしたら捕まる、捕まったら重い刑が科される。詐欺を行うことは合理的ではないという環境をつくれば、自(おの)ずと詐欺は減るはずです。
そのためには警察(刑事)および裁判所(民事及び刑事)に対するITリテラシー教育の強化も必要でしょう。そもそも判断権者的な立場の人間のITおよび昨今のSNS等への理解が乏しすぎます。
その結果、立証責任の観点から請求者側に過酷な負担が強いられている現状があります。
また、被害届の提出、刑事告発、告訴への受け入れが弱過ぎます。立証が難しいから受理できないと門前払いされるケースが多いのですが、そもそも立証のための証拠を捜査・収集するのが警察の仕事である以上、受理しない理由にはならないはずです。
その通りです。
佐久間弁護士:逮捕および有罪が多くなればメディアの動きが活発になり、勝手に注意喚起をします。注意喚起されれば、詐欺被害が世の中に多く知れ渡ります。消費者側も何度も目にとまれば詐欺に気付くきっかけを得ます。
「どういうものが詐欺なのか」という点に多く触れれば、詐欺被害に遭わないように意識するようになります。上記2点を強化すれば、結果的に予防も事後対応も強化できるという訳です。
法改正による罰則強化の必要性
法改正による罰則強化についても少し詳しく教えてください。
佐久間弁護士:具体的な対策としては次の2つです。
(1)民事執行法等被害回復制度の強化
(2)犯罪を行うために必要な道具(例えば、電話や口座、決済ルート等)を提供する事業者への規制強化
現状の法制度では、詐欺をして大金を稼ぎ、マネーロンダリング(資金洗浄)して逮捕されても、経済合理性の観点から余裕でペイしてしまいます。痛くもかゆくもないわけですから、詐欺犯は再犯を繰り返します。
そうさせないために、詐欺をしたり、詐欺に加担したり、うすうす詐欺に気付いていながら申告しないという場合、後々とんでもない地獄が待っているという環境をつくる必要があります。それを推進するのが上記2つの法改正です。
詐欺被害は、法的に解決したとしても回収が困難な類いの事案になると思います。政府が提示した対策はそのあたりをカバーできているでしょうか。
佐久間弁護士:上記で述べた通り、詐欺にあった方の被害回復の方法が乏しいです。 銀行振り込みで支払ってしまった場合に回収が困難になってしまう理由として、口座の利用停止(凍結)を行った口座に残高が残っていないというものがあります。
相手方の特定や連絡ができない場合、被害回復分配申請を行うことがほとんどですが、すでに詐欺加害者がお金を抜いています。相手方の特定が困難な詐欺行為に使われる口座は、売買されている口座のものが多く、つくられたばかりのものや、今まで使われてなかった口座がほとんどです。
そのため、そのような口座にいきなり大金が入り、当日の間にすべて引き出されるようなことがあった場合、それが犯罪収益による移転ではないか確認できるような規制が必要かと思います。
もちろん、いまも怪しい入出金があった場合には銀行側は監視をして口座を止めているようですが、規制としてある方が銀行側も動きやすいのではないでしょうか。