フリーペーパーで「障害者のありのまま」を届けたい

2018年に創刊し、首都圏を中心に約130カ所の配架スポットで無料配布されているフリーペーパー「gente(ヘンテ)」(外部リンク)。発達障害や視覚障害、義足ユーザーなど毎回、さまざまな障害者へのインタビュー記事が掲載され、年4回発行されています。

その「gente」を発行しているのが大澤元貴(おおさわ・もとき)さん。本業はグラフィックデザイナーです。一人で取材、撮影、執筆、デザインまで手掛けフリーペーパーという形式で、障害者のリアルな姿、暮らしぶりを発信し続けています。

そのモチベーションの根底には、大澤さんがさまざまな障害のある方に取材する中でたどり着いた「障害は社会の側にある」という気付きがありました。だからこそ「多くの人に障害について無関心にならないでほしい」という、使命感にも似た大澤さんの思いが「gente」には込められています。

違いのある人を無視する社会にこそ、障害がある

――まず、「gente」創刊のきっかけから教えてください。

大澤さん(以下、敬称略):もともとは特に社会課題を扱いたかったわけではなく、フリーペーパーを作りたいという思いだけを持っていました。

僕の仕事はフリーランスのグラフィックデザイナーで、基本的にはクライアントから依頼を受けて印刷物をつくる、受注仕事なんですよね。もちろん、それは大事な仕事なのですが、自分の好きなように印刷物を作ってみたいという漠然とした思いがありました。


取材に応える大澤さん

――そこからなぜ、「障害」を扱うことに?

大澤:2017年の春先に、フリーペーパーを発行して情報発信しているNPO活動について知ったんです。「それなら僕でもできるかもな」と考えました。

もう1つきっかけになったのが、2020年にパラリンピック開催が予定されていたことです。当時、メディアでパラリンピックの選手たちが紹介されるようになってきていましたが、彼らが普段何をしているのか、どういう生活を送っているのか、そういったことを扱っているメディアがほとんどないと気付いたんです。

そこで障害のある人の生活を取材して、情報を発信できたら興味深いものになるのではないかと考えました。

――創刊当初から明確なコンセプトがあったわけではなかったのですね。

大澤:そうですね。現在の「gente」には「人を通して障害を識る」というキャッチコピーがついていますが、創刊当初からそのように言語化できていたわけではありません。

創刊号の前に作ったパイロット版の準備を始めた時も、僕も「人が何かができないことが障害なんだ」と思っていました。でも、障害のある方への取材を始めてすぐにその意識が変わり、「障害は社会の側にある」と気付いたんです。

――どのようにして気付いたのですか?

大澤:パイロット版では、東京・文京区春日にある手話カフェ「Sign with Me(※)」に取材させていただきました。ここでは公用語が日本手話と書記日本語(筆談)になっていて、聴覚障害のある方が働いていたんです。

オーナーの柳(やなぎ)さんに「聞こえないことで、困ることは?」とお聞きしたら、「聞こえないことに困るんじゃなくて、手話で社会にアクセスできないことに困るんですよ」と答えが返ってきました。

その言葉で「障害は社会の側にあり、障害者はそれに直面しているんだ」と、気付かされたんです。自分の考え方を根本からひっくり返されたような、強い衝撃を覚えましたね。


こちらの記事も参考に:“有り難い(ありがたい)”を“当たり前”に。手話&筆談カフェの挑戦 (別タブで開く)

――なるほど。大澤さん自身も取材を通して、さまざまな学びを得てきたわけですね。

大澤:そうです。創刊号で、視覚障害でパラスポーツのゴールボール選手でもある山口凌河(やまぐち・りょうが)くんに密着取材をした時も、印象的な出来事がありました。


山口さん取材時の模様。このとき、大澤さんは朝9時から夜9時まで山口さんに同行したとのこと。画像提供:一般社団法人gente編集部

大澤:山口くんがコンビニに入って、ぱぱっとおにぎりを選んだ時に、「味が分からないんじゃない?」と聞いたら、「食べれば分かります。梅干しは苦手だから、梅干しだったらはずれですね」と話してくれました。

彼は明るく笑いながら言ったのですが、僕は笑う気持ちにはなれませんでした。要するに視覚障害のある方にとっては、おにぎりの味を選ぶことが難しい、もしくはできないんです。

視覚障害があってもおにぎりの味を選べる準備を社会の側がすればいいのに、していない。準備をしないどころか、無視しているとさえ感じました。

取材を重ねるごとにこういった経験も増え、徐々にビジョンが固まっていきました。

――どんなビジョンなのでしょうか?

大澤:「無関心から関心へ」です。障害について知る機会はあまりに少なく、未だに多くの人が「自分とは関係のないもの」と捉えているように感じます。でも、僕は知らないでは済まされないと思いますし、誰かが抱える不便さや不自由さに無頓着な社会に、憤りさえ感じてしまうんです。

何が不便で不都合なのかを多くの人が知れば、解決へ導くことができると考えていて、これが発行を続けるモチベーションにもなっています。


「gente」は2024年6月現在Vol.24まで発刊。自宅に届く定期便や、バックナンバー取り寄せも可能(有料)

――大澤さんにそんな思いがあるにもかかわらず、「gente」からは良い意味でそういった強さみたいなものは感じられず、取材対象者の声や思いをそのまますくいあげて、作っているような感じがしました。

大澤:僕が「gente」を作る上で大切にしていることの1つに、「できないこと探しをしない」というポリシーがあるからでしょうか。最初の頃は、取材対象の方がどんなことに困っているのかを知りたいという思いが強くありました。

でも続けているうちに僕がそういう気持ちでいると、出来上がった記事で取材させていただいた人を「困っている人」に仕立て上げてしまうと考えるようになったんです。

「gente」が伝えたいのは「違いを持った人がいて、その人たちは思いもよらないような、社会にある障害に直面している」と気付いてほしいだけなので。

――なるほど……。

大澤:だから今は、その人のありようや暮らしぶりをそのまま出すようにしています。それだけで自分とはどう違うのか、それによってどんな「社会にある障害」に直面するのかなど、自ずと気付きが得られるし、障害は社会にあると分かりますから。それ以外にも、編集部の見解を押し付けない、ストーリーに当てはめた取材をしない、取材を受けてくださった方の持つ、個人の思いを尊重することは特に意識しています。

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必要なのは「支援」の文脈から抜け出し、個人と向き合うこと

――創刊号の発行から6年が経ちましたが、社会の変化を感じることはありますか?

大澤:障害者の存在がようやく認識され初めてきたように感じます。以前はほぼ「いないもの」として扱われていたように思えますので。

――実際、ドラマの役として障害のある人が登場することも増えてきましたね。

大澤:はい。ただ、障害者の扱いがフラットではないと感じています。特別な人として描かれ、「支援」「福祉」などの文脈から語られているような気がするんです。「障害のある人に何かをしてあげる」というような、上から目線を少し感じてしまいます。

よく「街で車いすに乗った人や白杖を持った人を見かけたら、どうお声掛けをすればいいですか?」と質問されるのですが、僕は違和感を感じるんですよね

――違和感ですか?

大澤:何か困っていそうだったら声を掛ければいいと思いますけど、そうでなければ素通りでいいんです。障害者も健常者も同じです。

例えば僕がただ歩いているだけなら、誰も声をかけようとは思わないじゃないですか。車いすも白杖も移動のために必要な手段で、それを使えば一人でも外出できるという人が、ただ「自分の方法で移動しているだけ」で、僕が一人で歩いているのと、基本的に同じなんです。

でも、今はまだ、車いすに乗っている、白杖を持っている人に対して「声を掛けてあげなきゃいけない存在」と考えてしまう人の方が、たぶん多いですよね。でもそうではないんです。

常に困っているわけじゃないし、常に手を「差し伸べてあげなきゃいけない」わけじゃない。それをまず知ってほしいんです。そうすれば、お互いに「支援」とか「保護」という文脈から解放されると思うんですよ。

だから健常者、障害者と分ける必要はなくて、困っていればお互いに声を掛け合えばいいですし、違いに対してできることがあればそれをする、それだけのことなんです。

――確かにその通りですね。

大澤:障害に対して真剣に向き合おうと考えたとき、最終的には対個人との向き合いになるんだろうと僕は思うんです。先ほどもお話ししたように、ひと言で障害者とまとめても、困っている人もいれば、そうでない人もいる。

根本的なことを言えば、不便さを解消するために必要なのは、視覚障害者が何に困っているか、というような一括りにした「視覚障害者概論」ではなく、「目の前にいる人と向き合うこと」になると思います。

――それを踏まえて、「gente」の役割とはなんでしょう?

大澤:ただ、人と向き合うにしても、その前段階の情報として障害というものを少しでも知っておいたほうが、向き合いやすくなると思うんです。街で白杖を持っている人がいても、別に必ず何かをしなきゃいけないわけじゃない。だけど、どんなことに困るかを知っていたら、「今は声を掛けた方がいいんじゃないかな?」と想像しやすくなるはずです。

ただ、今の社会ではあまりにも障害について知る機会が少ない。だから「gente」をきっかけに興味を持ってもらえるといいのかな、と思います。

大澤:障害というものに関して、そもそもの情報の供給量が少ないですし、「何かをしてあげる」というような上から目線の情報も多く、等身大の情報を気軽に知ることができないというのも問題じゃないでしょうか。本当に関心のある人にしか、伝わっていない。

僕はそこを打破したいという思いがあり、興味のない層にもリーチできるフリーペーパーでの情報発信にこだわっています。たまに「なんでわざわざ印刷費をかけてフリーペーパーを作るんですか? Webメディアでいいじゃないですか」と聞かれることがあるのですが、 Webに公開されていても、結局関心のある人しかたどり着かないんですよ。

「gente」でも本紙に掲載しきれない情報をweb別冊:Adicion(アディシオン)(外部リンク)という形で発信しており、Web を否定するわけではないですが、偶然手に取ることができるフリーペーパーという形だからこそ、「gente」にたどり着いた人も少なくないと思うんです。

――どういった層に届いてほしいですか?

大澤:同じ社会に暮らしている以上、関係のない人はいないので、幅広く多くの方々に読んでいただきたいんですけど、会社勤めの人、組織で働く人にはぜひ読んでほしいですね。

障害を知るのに一番いいのはやはり直接の接点を持つことで、職場はそれに最も適していると思うんです。同じ場所で共通の目的のため働いている、けれども隣の人と自分には何かの違いがあるとします。その上でそれぞれが能力を発揮し、タスクをこなしていくためにどうすればいいのか。それを考えるのが合理的配慮(※1)だと思うんですよね。個人に対する調整、と言ったほうがいいと思いますけど。

多様性の時代と言われて久しいですし、DE&I(※2)に取り組み始めている企業もありますが、まだまだ「他の人と同じように」を無意識に求められているように感じるんです。同じようにできない人は「使えない、使いにくい、面倒だ」と思われているように感じます。

合理的配慮、個人に対する調整があって、隣の人とは違うやり方でなら能力を発揮できる人はたくさんいるはずなのに、「障害者だから」という理由でその機会がない人が、未だ多くいる。そこにもっと多くの企業が気付ければ、お互いにとってメリットしかないと思うんですよね。

だから、僕は取材させていただく方の勤務先企業への取材も積極的に行っているんですよ。


1.障害のある人にとっての社会的なバリアについて、個々の場面で障害のある人から「バリアを取り除いてほしい」という意思が示された場合には、その実施に伴う負担が過重でない範囲で、バリアを取り除くために、必要かつ合理的な対応をすること。参考:政府広報オンライン「事業者による障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務化」(別タブで開く)

2.ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンの略。人種や性別、年齢、障害の有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、公平性を重んじる、誰もが活躍できる社会づくりを指す


Vol.21ではコンフィデンス日本橋に務める発達障害当事者である小谷和弘(こたに・かずひろ)さん(右)と、その上司の方(左)を取材。周囲が得手・不得手を理解することで力を発揮し、戦力として活躍できている事例を取材

大澤:人手不足で人材の奪い合いが起こっているこの時代、雇用の枠を広げることで道を切り開くことができるはずなのに、尻込みしている企業の方々がとても多いと思います。障害者雇用がいかに有効かということに気付いてもらいたいですね。


大澤さんはgenteの取材を通して得た知見をもとに、大学での特別授業も行っている。画像提供:一般社団法人gente編集部