文具のとびら編集部

講談社から、『ざんねん? びっくり! 文房具のひみつ事典』(四六判・128 ページ、税込1,540 円)が2024年5月30日に発売された(関連記事)。「そうだったんだ!」と驚く文房具の“ひみつ”を63点紹介しており、子どもから大人までみんなで楽しめる一冊だ。同書の発売を記念して、著者でライター/イラストレーターのヨシムラマリさんと、同書を監修した本サイト編集長の高畑正幸文具王、さらには担当編集者の澤有一良さんにも加わってもらい、スペシャルインタビューを行った。

ヨシムラマリさんプロフィール
ライター/イラストレーター。神奈川県横浜市出身。文房具マニア。子供の頃、身近な画材であった紙やペンをきっかけに文房具にハマる。元大手文具メーカー社員。著書に『文房具の解剖図鑑』(エクスナレッジ)、『ざんねん? びっくり! 文房具のひみつ事典』(講談社)。本サイトで「パイロット指輪物語」(全12回)の連載も行った。

文房具には人間の知恵と工夫の歴史が詰まっている

――まずは、本の出版の経緯からお話しいただけますか。

【ヨシムラ】この本の編集担当者の澤さんとは、ライター塾の交流会で接点を持つきっかけがありました。その時に、「児童書の企画で、文房具は切り口としてありえるんじゃないか」ということでお声がけいただきまして、「じゃあ、本にするならどういう企画がいいか」と2人でちょっと話し合いながら詰めていった結果、この本ができました。

――今回の『ざんねん? びっくり! 文房具のひみつ事典』はどんな本なのかというのを、簡単にご紹介いただけますか。

【ヨシムラ】文房具の歴史とか成り立ちみたいなものを。イラストと文章で楽しく紹介した本です。

【澤】最初からガッチリとコンセプトが固まって制作に入ったわけではなくて、ヨシムラさんと私がお会いして、「子ども向けの文房具の本を作りたいですね」となったのがスタートなんです。練り上げていく中で、単純に「こんな面白い文房具があるよ」という雑学的な本ではなくて、何かしら子どもたちにとって学びがある本にしていた方が良いだろうっていうことで、子どもたちにとって身近な文房具からも、ある意味では人類の道具の創作の試行錯誤の歴史がなんとなく振り返られるような本になったのではないかなと思っています。

【ヨシムラ】読んで役に立つとか、勉強に役立つという要素ももちろんあるんですが、単純に楽しく読んでもらうというところも結構大事にしました。今の子どもたちから見ると、「昔の物ってここがちょっと変だよね」みたいな感じでツッコミを入れるような内容だったりとか、「昔のものだけど、今見てもすごくない?」みたいに感じてもらえるようにというのは心がけました。最終的に、楽しく読んでもらっているうちに、さっき澤さんがおっしゃっていたような、文房具に代表される工業製品には、人間の知恵と工夫の歴史が詰まっているというのを感じてもらえるといいなと思います。

――この本には文房具のエピソードが 63 個載っていますが、これを選ぶのは結構大変だったと思うんですが、どのように選んだんですか?

【ヨシムラ】本の大体の方向性が決まった時点で、私と文具王で思いつく限りわーっと出していって、そこから澤さんにも入っていただきながら、全体のカテゴリーとしてのバランスが取れるようにとか、お話の中身としてバランスが取れるようにみたいなところとか、あと「これはちょっと事務用品ぽいから子どもは興味ないかもしれないね」みたいなところで外していったりみたいな感じで、最終的にこういう感じになりました。

――取り上げているエピソードも、一つひとつ調べていったわけですよね?

【ヨシムラ】そうですね。そこは文具王が頑張ったところで(笑)。「こういう話がこう言われているけれども、取り上げるにあたって本当か?」 みたいなのを文具王が調べてくれました。文具マニアとか詳しい人の間ではまことしやかに言われているけれども、「本当にそうだったのか? 」みたいなところを、改めて文具王がウラを取ってくれた感じです。

――「巷ではこう言われてるけども、それは本当なのか?」を検証するいい機会でもあったということですか?

【高畑】まあ、そうなりますよね。この 63 個の中には、雑学としてはちょいちょい出てくる話も多いんですね。たまにテレビとかでも取り上げられたような話題とかもあるんですけど、調べてみたら「どうもそうでもないらしい」みたいなことが分かってきたりすることもありました。「これは、ちょっとそういう感じでは載せられない」とか、言い方を変えなきゃいけないとか、あるいは「世界初です」って言い切れない場合があったりとか、そういうのは調べてみると案外色々とあるので、やっぱり本として出す以上はしっかり調べないといけない。僕は、そのウラ取りみたいなところをやりました。

――監修者として、そこら辺をしっかり調べたんですね。

【高畑】歴史的なところとかをウラ取りするみたいな感じです。

――エピソードの選定に関しても、監修者としてかなり関わっていたんですか?

【高畑】出典資料も含めてヨシムラさんと僕がお互いにネタを出し合いながら、「こんな話あるけど、とかこれどう?」みたいな話をいっぱい投げて。実際は63とかじゃなくて100ぐらいはあったのかな? 何かいっぱいありましたよね。もうゆるくふわっとしたものまで入れると、結構かなりの数まで出したんですけど、その中で「じゃあ、これはちゃんとやろうか」っていうのを、ヨシムラさんの著書なので、ヨシムラさんが面白いって思うっていうところがキーにはなっていると思うので、僕の方はどちらかというと「こんなのもあるよ」っていう材料提案ぐらいかな。

【ヨシムラ】最終的には、澤さんが編集のさじ加減でバランスを見て調整していただいたという感じですかね。

【澤】そうですね、内容があまりニッチというか、玄人向けになり過ぎないようにというか(笑)。

【ヨシムラ】その辺は、読者目線で選んでいただきました(笑)。

【澤】あまり文房具を知らない人間の目線から「面白そう」っていうものを選びました。

――確かに、ヨシムラさんも高畑さんも、ものすごく詳しいですものね(笑)。

【高畑】ちょっとオタクなので(笑)。

【ヨシムラ】面白がり方がおかしくなっちゃうから(笑)。

――ごく普通の人から見て、「そこまでマニアックにならなくてもいいんじゃないか」と抑えるというか、澤さんにはそういう役目があったということですね。

【ヨシムラ】多分、澤さんが一番一般の感覚に近いので、その目線で。

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失敗があるから成功が生まれる

――この中で特に気に入ってるエピソードはなんですか?

【ヨシムラ】この間の文具王の YouTube ライブでも話したんですけど、修正液の話が私は結構気に入っています。まさに、この本のコンセプトを一つ体現するような話なのかなと思っています。本のコンセプトというか方向性を考えていくときに、「今の子どもたちって自信がなかったり、すごく慎重な子が多いよね」みたいな話が出ました。今の子どもたちは、失敗を極度に恐れるみたいなところがあって、「失敗するぐらいだったら、そもそも挑戦するのもやめちゃおう」みたいになってしまうようなところもあるよねみたいな話もしていて。でも、こういうモノの歴史を見ていくと、いきなり成功するっていうことは絶対なくて、「失敗があるから成功が生まれるんだよ」と。

修正液を発明したベティさんは、まさにそういうのを体現しているような女性だなと思うんです。元々タイピストで、ミスタイプをしてしまうというところから始まるわけですが、日本人的な感覚だと「ミスをするのは私がまだ能力が足りないからだ」とか、「もっと努力しなくちゃ」という感じになりがちだと思います。でも、「ミスはするよね」と認めた上で、そこに対してネガティブになるんじゃなくて、「じゃあどうすればリカバリーできるのか」と発想して、修正液というものを考えて、結果的に大成功したというのところが面白いなと思っていて。

ベティさんがめっちゃ優秀なタイピストで全然ミスしない人だったら、修正液って生まれてないと思うんですよ。その必要がないから。考え方次第だなというところが面白いなと思っていて。一見ネガティブな要素っていうのが実はそういう発明につながるっていう。なんか、ちょっと一つそういうのを私は一番自分としては感じるエピソードがあって結構好きだと思ってます。

――これに関しては、「絶対入れたい」って最初から思ってたわけですか?

【ヨシムラ】そうです。結構入れたかった話の一つです。

――他にも何かありますか?

【澤】同じ方向性だったら、意外とセロハンテープも好きなんですけど。

【ヨシムラ】私も結構好きかもしれないです。

――これも、「やってみたらできちゃった」という話ですね(笑)。

【ヨシムラ】セロハンって裏表がないから、重ねてはがしたときに「どっちにのりが付いているのか分かんないじゃん」みたいに思われていたので、「テープにはできないよ」と言われていたんだけど、リチャード・ガーリー・ドルーさんという人が、「そう言われてるけど、とりあえずやってみるか」でやってみたら、何でか分からないけどできちゃったっていう(笑)。そういうのも、やってみないと分かんないなみたいなのも結構面白いなと思って。自分で確かめてみることの大切さみたいなことも感じられて、これも結構面白いですよね。

【澤】今普通にみんなが使ってるものも、偶然とか、本当にたまたまできたことが結構あるんだなっていうのは思いましたね。

【ヨシムラ】強力な接着剤を作ろうとしたらくっつかないのりができちゃって、それの使い道が最初なかったという「ポスト・イット」の話は有名だと思うんですけど、私のこだわりとしてはその次のページの「出したけど、売れなかった」っていうところです。これを入れるというのは、自分の中ではちょっとこだわりでした。

新しすぎるものって、すぐ受け入れられるわけじゃないっていうところで、今はあるのが当たり前すぎて想像もつかないですけど、ポスト・イット的な貼ってはがせる付箋みたいなものが全くない世の中に自分が生きていたとして、それをいきなりポイって渡されて、「これ便利だな」って初めから思える人はいないと思うんですよ。それがこれだけ世の中に普及したっていうのは、もちろん発明した人もすごいんですけど、営業した人がいるっていうのはやっぱり伝えたかったっていうのがありました。

モノ自体を発明するっていうのも素晴らしいことなんですけど、メーカー出身者として、そういう人たちだけで成り立ってるわけじゃないというのが実感としてあるので、じゃあその良さとか便利さをどう伝えるのか。そういうところにも役割はあるっていうところが分かるエピソードだったので。発明する人がどうしてもアイドルになりがちなんですけど、それをどうやって良さを分かってもらうのかみたいなところも結構頑張り甲斐があるところだなっていうのが分かるので、この話も結構好きです。

【高畑】「これがあったらいいのにね」とみんなが思っているものを作って、それが結果的に「できました」という商品になっていうのはもちろんあるけど。

【ヨシムラ】万年筆なんかは、多分まさにそういう製品ですね。

【高畑】常にあるものを改良する先として、みんながイメージしてるものがあって、それをちょっとずつ改良していって「良いものができました」っていうエピソードは分かりやすいんだけど、案外世の中にあるものって、適当にやってみたらできたとか失敗だと思ったらできたとか、できないと思ってたけどやったらできたけど、それを何に使っていいか分からないものがあっりとか。実際、すごい便利なものが出来上がるんだけど、欲しいという発想すらなかった状態でポンってモノが出てくると、それをみんなに知らしめるのもまたなかなか難しかったり。そういうのが、文房具の周りだけでもいろんなエピソードが出てくるというのは面白い。

【ヨシムラ】多分、他のものにも通ずる話なのかな。iPhoneも最初出てきた時に、「何がいいの? ボタン全然ないし、使えなくない?」みたいな感じで(笑)。

【高畑】結構、批判的な人も多かった。

【ヨシムラ】「こんなもの絶対普及しないよ」とかね。ワープロなんかでもよくある話になりますけどね。

【高畑】それこそさっきのヨシムラさんの話でいくと、今は失敗するといけないと思っていたりとか、みんなが欲しいものをちゃんと作るというのも大事なんだけど、そうじゃなくて、失敗したところからのリカバリーでめっちゃ面白いものができたりとか、誰もが思ってなかったものができたりするので、いろんなところに興味を持ってもらいたい。

――「失敗したけど実は成功だった」というポスト・イットのエピソードは割と知られていますが、そこで話が終わらずに、「実はそれが最初は売れなかった」というエピソードも加えたところがミソなのかなと思うんですけど、そういったこだわりはあるわけですね。

【ヨシムラ】ありましたね。

【高畑】ポスト・イットには、日本で売りたいから、日本のだけ端っこに色付けたりとかして日本の付箋に合わせたみたいな話とかもあったりします。「みんな知ってるじゃん」っていうエピソードだけにならないところが面白いのかなと、僕は横から見ていて思いましたけど。知ってるところから入るけど、さらにその先が実はあって、知らない話が出てくるのが面白い。