複雑な面白さをいかに平易に伝えるか

――イラストやマンガも全部ヨシムラさんですよね。全て一人で手がけるのは大変だったと思うんですが?

【ヨシムラ】シンプルに大変でした(笑)。文章を先に書いて、文具王に渡してチェックしてもらってる間に絵を描くみたいな感じだったんですけど、子ども向けに書くのが初めてだったので、文章も最初苦労しました。感覚がつかめるまでなかなか筆が進まなくて。やっと書き終わったと思ったら、まだ絵を1枚も描いてないわと思って、1回絶望しましたけどね。

――コラムとか年表とかも載せてますけど、全部作られたんですか?

【ヨシムラ】年表は、文具王が作ってる資料をもとに澤さんが結構まとめてくれたんですけど、そこが講談社の校閲部からめちゃくちゃ突っ込まれるっていう。「誰だ、年表入れようって言ったやつ」「私だ」みたいな(苦笑)。校閲って、初めて受けたんですけど、すごかったです。

――まあ、そこはちゃんとしないと(笑)。

【ヨシムラ】「本文では何年って書いてあるけど、年表では何年になってます」みたいなのを言われるんですけど、文具王が過去に書いた本とかも引っ張り出してきて、「文具王の過去の本ではこう書いてあるのに、年表と違う」とか言われて(苦笑)。

【高畑】すごいしっかりしたチェック入ったので。あと、「一般的にはこう書かれているWeb ページが多いですけど」とか、この本だけを読んでるわけじゃなくて、いろんな本も広く調べてくれたりして、そこから「これは本当に正しいですか?」とか、「この説を取りますか?」っていうのをいちいち指摘してくれるので、本当にすごいなと思うんですよね。

【澤】88 ページに載っているくさび形文字のイラストですね(笑)。

【高畑】くさび形文字の話が面白かったですね(笑)。

【ヨシムラ】私は最初、「まあ、どうせ誰も読めないんだから」と思って、結構雰囲気で書いてたら、「これは何て書いてあるんですか?」と言われたりして。

【高畑】「何て書いてあるんですか?」じゃなくて、「こう書いてあるように読めるんですけど、この文字間違ってませんか?」ぐらいの勢いだったんですよ(笑)。

【ヨシムラ】ちゃんと文献まで引っ張ってきてくれるから。「初めてのくさび形文字」みたいな本まで持ってきてくれたので(笑)。私はそれで反省して。雰囲気が伝わればいいと思って書いたけど、これを読んだお子さんの中には、同じように解読を試みる子がいるかもしれないと気付かされて。その子が解読したときに、何も書いてなかったらがっかりするだろうなって思ったので、助言に従って解読できる内容に直しました。


――何て書いたんですか?

【ヨシムラ】それは内緒です。調べて下さい(笑)。

――イラストを描くのも結構大変だったんですか? 正確に描かないといけなかったりもするし。

【ヨシムラ】そうですね。そこは文具王がチェック入れてくれたところもあって。

【高畑】複雑な機械とかもあるしね。

【ヨシムラ】万年筆とか。

【高畑】ああ、万年筆の構造の話。

【ヨシムラ】私が最初、空気穴を下側にも描いてたんですよ。

【高畑】ヨシムラさんが、万年筆の断面図を描いていて。

【ヨシムラ】文具王が「今の万年筆では下側にも空気穴があるのが一般的だけど、ウォーターマンが最初に万年筆を出した時は、まだそっち側には空気穴がないんだよね」と言われて(苦笑)。

――じゃあ、ここに載ってるのは昔の万年筆の断面図ということですか?

【ヨシムラ】ここではウォーターマンの話を載せているので。ちゃんとその昔の絵を載せています。

――細かいですね(笑)。

【高畑】絵がかわいいかどうかに関しては全然これでいいし、絵の雰囲気は全然いいんですけど、ただその原理を説明しているところで間違いがないかっていうのだけ、僕は細かく見ています。

【ヨシムラ】あと、昔のものだと文献として文章が残っていてもその写真がないものとかもあったり、あるいは載っていても、その本の中で小っちゃく白黒でしか載っていないのでどういう色をしてるとかが分からないものもあって。そこは結構、文具王に頼んで、昔のカタログの写真を送ってもらったりとか、実物の写真を送ってもらったりして描いたのもありますね。

【高畑】家に現物がある場合もあるので、「そこ細かいところはこうなってるよ」という感じで、その部分を拡大した写真を撮って送ることができるので、そこは資料とかコレクションがいっぱい家にあって良かったなって感じです。

【ヨシムラ】一応簡単な絵ではあるんですけど、構造を理解しないと描けませんから。「ここがどうなっているのか」というのを納得して、解決できていないと描けないことがあるので、自分が持ってるものは描けますけど、そうじゃないものはいろいろと資料を見せてもらったりして描いたのが、大変といえば大変ですかね。

――でも、この本に関しては、監修の高畑さんと校閲の方がものすごくしっかりチェックしたので、事実関係に関してはかなりしっかりとした本と言えるでしょうね。

【ヨシムラ】そうですね。自分一人だったら、ここまで自信を持って出せなかったと思います。ちゃんとそうやって見ていただけたので、今自信を持って出せています。

――そこはもう、「文房具の勉強をするにはこの本で間違いない」とはっきりと言えそうですね。

【ヨシムラ】結構そこもバランスが難しくって、校閲の方とか文具王から事実関係の話はバーっとくるんですけど、それをそのまま書くとなんか言い訳ばっかりになって、読み物として面白くないので(笑)、そこをどうバランスを取るかっていうのは、ちょっと苦労したところではあります。とはいえ、事実として間違ったことや嘘は書いちゃダメなので。

【高畑】僕だと、大人向けだったらいっぱい注釈を付けたりしちゃうんですけど、ヨシムラさんの文章は短くて、しかも平易な日本語で書いてあって、かつある程度言い切らなきゃいけないところもたくさんある中で、間違いはないようにしないといけないから。読むと簡単な文章になっているんだけど、書く方としてはこのちっちゃい文字数の中に何を詰めるかですごく悩まれているのはあって。泣く泣く「このエピソード切るか」みたいな話だったりとか、「この文章はちょっと回りくどいから、この話はこうしよう」みたいなのをすごく言っていましたね。

――限られたスペースで必要な情報を載せなきゃいけないってのは、すごく大変だったなと思います。そういう意味では、いい経験をされたのかなという気がします。

【ヨシムラ】本当にそうですね。

【高畑】子ども向けにちゃんと語れるというのは、結構大事かなという気がしました。

【ヨシムラ】鍛えられました。難しいことや複雑なことを難しい言葉とか複雑な言葉で語るのは簡単なんですけど、いろんな背景とか歴史とか事情があるっていうその深み、複雑さ自体が面白さの一端だと思っているので、そのエッセンスを極力残しながら、いかに子どもも違和感なく読める文章にするかっていうのは、すごく普段のライティングに関してもなんか生かされるというか、すごくいい修行になったっていう感じがします。

【高畑】僕が横から見ていてすごく思ったのは、ヨシムラさんは文字と絵の両方を自分で書くから、文字で書けなかったら絵で描くとか、絵が描けなかったら文字で書くっていうのを相互に、自分で塩梅を決められるということですね。あと、文章のトーンと絵の雰囲気がすごく同じというか、同じ人が同じように書いているから、雰囲気がすごく似た文章と絵だなという気がしました。絵だけ他の人に依頼するんじゃなくて、本人がやっているから、そこはすごく読んでいてスムーズかなという気がしました。

【ヨシムラ】そこは、編集者の方にもありがたがられるところです。「一人だけに頼めばいいというのは、めっちゃ楽ですよ」って(笑)。

【高畑】僕が前に出した『文房具語辞典』(関連記事)は、違う人に絵を描いてもらっているので、やりとりを何度もしながらやりたい方向に合わせていくという作業があったんだけど、ヨシムラさんだとその作業は基本ないので、それがないのはすごいなと(笑)。

【ヨシムラ】一人で両方やんなきゃいけないっていう大変さはあるけど、コミュニケーションによるロスみたいなのはないですね。

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文具マニア以外の人にも興味を持ってもらいたい

――基本的に子どもに向けて書いていると思うんですが、もっと幅広い人たちに読んでほしいという気持ちは当然あるわけですよね。

【ヨシムラ】それもありますし、やっぱり子どもだましは良くないっていうんですかね。大人が読んで面白くないものは、子どもが読んでも面白くないと思うんですよ。そこは澤さんのお考えでもあると思うんですけど、「この程度なら子どもは満足でしょ」みたいな感じだと、それが伝わっちゃうと思うので、自分自身が読んだとしても面白いよなって思うような内容じゃないと。むしろ、ごまかしが効かないっていうか、お子さんも楽しくないと思うので、そこはもちろん心がけました。

あと、子ども向けと言いつつ、私たちは普段、文房具マニアみたいな人ばかり相手にしてますけど、「自分はすごい文房具オタクだけど、家族はあんまり興味ないんだよね」というところにちょっと興味持ってもらうきっかけになるようなものとしても、すごくいいんじゃないかなと思います。実際に売れ行きの話を聞いても、意外と「大人が買っているんじゃないの?」みたいな場所でも売れているって聞いてるので。

【高畑】東京駅で売れているっていう話が…。

【澤】東京駅の駅ナカの書店で、何故か一番売れているっていう話です。

【ヨシムラ】しかも、子ども向けの本だと、土日が売れるらしいんですけど、平日も売れているらしいです。

【高畑】新幹線で読むのにちょうどいい本だなっていうのは、確かにある気がする。

――子どものお土産に買うというのもあるんですかね?

【ヨシムラ】自分で読んでみて、面白かったらそのまま子どもにあげちゃえばいいしみたいなのもあるんでしょうね。

――読者の反響はいかがですか?

【ヨシムラ】Amazonのレビューで、「普段、本を読まない子が読んでます」というのがありました。あと、発売前にゲラを読むサイトみたいなのがありましたよね?

【澤】発売前にゲラを公開している「NetGalley」というサイトで、レビューは結構集まりました。

――どんなものがありますか?

【ヨシムラ】「文房具って嫌いな人がいるんでしょうか?」みたいな感じの感想がありました。めっちゃ詳しいっていうわけじゃないけど、好きな人って多いんだなっていう印象ですね。「意外と知らないことが多い」みたいな意見もありましたかね。

【澤】NetGalleyは会員登録が必要なんですが、図書館関係者とか教育関係者、書店関係者の方とかが色々とレビューを書いてくださっていて。本読みの玄人の方たちが読むことが多いので、レビューを見ていて「あっちゃんと意図を読んでるな」っていう感じがしたんですよね。ただ単純に「面白い文房具を集めました」という本じゃなくて、さっき話していたような「今、私たちが当たり前に使っている文房具が、どういう経緯を持って生まれてきたのか」ということについて、「ありがたみが増すなぁ」とか、「成り立ちを学ぶきっかけになる」とか。

【ヨシムラ】「初めから上手くいっていたわけじゃないんだ」とか。

【澤】単純に「面白い」というだけではなくて、そこら辺のこともちゃんと読み取ってくださっている方が多いという気がしました。

【ヨシムラ】一つ筋を通すというか、軸を通すみたいなのを意識していたので。

【澤】それがちゃんと伝わっていて良かったです。

――結構好意的なレビューが多いということですね。この記事を読んで、興味を持ってくれる人が多いといいですね。

【ヨシムラ】そうなってほしいですね。