「マイナ保険証」のリスクは「セキュリティ技術面」だけじゃない!? 国民の生命を脅かしかねない致命的な“法的問題点”とは

健康保険証について、政府は12月をめどに「マイナ保険証への一本化」を進めている。また、7月8日には厚生労働省が、介護保険証についてもマイナカードへの一体化を進める方針を明らかにした。

しかし、紙の保険証を廃止して「マイナ保険証への一本化」をすることには様々なリスクが指摘されている。そのなかにはセキュリティ技術面だけでなく、法的なリスクもある。どのようなものか。元総務省自治行政局行政課長で、弁護士でもある神奈川大学法学部の幸田雅治教授に話を聞いた。

マイナ保険証の強制は「憲法41条違反」の疑い

紙やプラスチックの保険証を廃止してマイナ保険証への「一本化」をすることについては、法的にみてどのような問題点があるのか。

幸田教授によれば、マイナ保険証への一本化は憲法41条に違反するという。同条は「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定めている。


神奈川大学法学部 幸田雅治教授(本人提供)

幸田教授:「憲法41条は国会を『国の唯一の立法機関』と位置づけています。これは、国会に法律を作成する権利を独占させるものです。

この規定については、『法律』とはどのようなものをさすかが問題となりますが、判例・実務も学説も、最低限『国民の権利を制限し義務を課する法規範』は必ず含まれるという理解で一致しています。

つまり、『国民の権利を制限し義務を課する法規範』については、人権保障の見地から、国会が決めなければならないことになっています。これを『侵害留保原則』といいます。

もちろん、一定の例外は認められています。それは、国会が法律で行政機関に『委任』した場合です。すべて国会の議決が必要だというのは現実的ではないからです。

ただし、判例・学説によれば、その場合、委任は相当程度、個別具体的に行うことが要求されています(最高裁昭和49年(1974年)11月6日判決等参照)。

しかし、マイナ保険証の強制については、委任の根拠となる法律の規定がなく、委任立法の要件さえ満たしていません」

さらに、幸田教授は、マイナ保険証によって、国民の以下の3つの「人権」が侵害されるリスクがあるという。

・医療アクセスを求める権利(憲法13条、25条参照)
・法の下の平等(憲法14条参照)
・情報プライバシー権(憲法13条)

幸田教授:「それぞれの人権の内容については後述しますが、マイナ保険証への一本化はこれらの人権を侵害する危険性があります。したがって、憲法41条に照らせば、少なくとも法律で委任事項について相当程度、個別具体的に定めなければならないはずでした。

それなのに、政府は、厚生労働省の省令の『療養担当規則』で、2023年4月以降のマイナ保険証のオンライン確認の義務化を決めてしまいました。

療養担当規則に違反すれば、最悪の場合、保険医療機関の指定を取り消しのペナルティを受ける可能性があるというものでした。

もし保険医療機関の指定が取り消されると、事実上、その医療機関は保険診療を取り扱うことができなくなり、廃業を迫られることになります。

その結果、その医療機関を従来『かかりつけ医』として利用してきた人々にとっては、生命が脅かされる危険性さえあるのです」

河野太郎デジタル担当相の“憲法・地方自治無視”の「暴走」

また、幸田教授は、憲法が保障している地方公共団体の自治権(憲法92条~95条参照)が蹂躙(じゅうりん)されているとも指摘する。

幸田教授:「重大な問題は、河野太郎デジタル担当相が2022年10月に唐突に、保険証を2024年秋に廃止し、マイナカードと保険証を一体化した『マイナ保険証』に一本化するという方針を発表したことです。

そもそも、国民健康保険業務は市町村の業務であるにもかかわらず、自治体にまったく相談も協議もせずにこのような方針を打ち出すことは、まさに地方自治の侵害にほかなりません。

自治体の業務にかかわる政策について、このようなことはいまだかつて一度としてありませんでした。河野氏の暴走であり、憲法や一般的な法治主義に反し、到底許されない行為と言わざるをえません」

2023年成立の「改正マイナンバー法」でカバーできなかった“致命的欠陥”

紙の保険証の廃止・マイナ保険証への一本化については、2023年6月にいわゆる「改正マイナンバー法」が成立した。そして同年12月に施行日が2024年12月と決定され、現行の保険証が廃止されることになった。

これによって、前述した憲法41条違反の瑕疵(かし)がカバーされたとはいえないだろうか?

幸田教授:「マイナ保険証のオンライン確認の義務化について、『療養担当規則』に委任する法律の規定が定められたわけではないので、憲法41条違反の瑕疵はまったく治癒(ちゆ)されていません。

そもそも、法律で定める前に閣議決定などで既成事実化し、あとから法律で追認するという手法自体に問題があります。そんなことが許されては、憲法41条がなし崩しにされてしまいます。

また、前述のように、法律による政令・省令等への委任は、相当程度、個別具体的なものでなければなりません。『白紙委任』は許されないのです。

ところが、具体的な運用に関する細かい事項は事実上、ほぼ白紙委任に近いといわざるを得ません。個人情報漏えい防止や、マイナカードを取得していない人のため必要な措置を講じることなどの付帯決議が採択されてはいますが、付帯決議には法的拘束力がないため、憲法との関係では何の意味も持ちません。

昔は、委任事項を定める政令は、国会の場で法律と一緒に審議され、その内容が明らかにされていました。国会議員、とくに与党の議員は本来の役割を果たしているとはいえません。また、内閣法制局にも問題があります」

このように、幸田教授によれば、紙の保険証廃止・マイナ保険証への一本化は、国民の人権を侵害する危険性があるにもかかわらず、立法による規律が不十分であり、憲法41条違反の欠陥があるという。

そして、前述した通り、幸田教授は、マイナ保険証への一本化により侵害される国民の「基本的人権」として以下の3つを挙げている。

・医療アクセスを求める権利(憲法13条、25条参照)
・法の下の平等(憲法14条参照)
・情報プライバシー権(憲法13条)

以下では、これらの権利がどのように侵害される危険性があるか、検討を加える。

切実な「医療アクセスを求める権利」の侵害のリスク

まず、「医療アクセスを求める権利」とはどのようなものか。

幸田教授:「『医療アクセスを求める権利』とは、病気になった場合にすみやかに必要な医療サービスを受けることができる権利です。

たとえば、離島に住んでいる人が本土に行くのは、多くは医療のためです。必要なときにすみやかに医療機関を利用できることは、人間らしい生活を送るための前提なのです。

憲法の条文でいえば、『生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利』(幸福追求権・13条)、『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』(生存権・25条)ということになります。

日本が批准している『国際人権規約』では『健康に暮らす権利』がうたわれています。また、日弁連も2023年の人権擁護委員会で『医療アクセスを求める権利』の保障に関する決議を行っています。

大規模災害後の復興で重要とされる要素として、『医・職・住』という言葉がありますが、『医療アクセスを求める権利』は人間らしい生活をする上で最も重要なことといえます」

幸田教授は、マイナ保険証の事実上の義務化により「医療アクセスを求める権利」の侵害がすでに現実化していると指摘する。

幸田教授:「すでに報道されているのでご存じの方も多いと思いますが、医療機関の端末でマイナ保険証を提示して、資格確認でエラーが出て手間取ってしまい、結果として受診が遅れて亡くなった事例が発生しています。

また、マイナ保険証は、高齢者・障がい者の方にとって使いにくいものです。

さらに、地方の医療機関では、マイナ保険証導入に対応できないという理由で廃業するところが出てきています。

全国保険医団体連合会(保団連)の調査では、マイナ保険証の導入が義務化された前月の2023年3月に、全国で約1100の医院が廃業しています。また、2024年いっぱいまでに約1000の医院が廃業を決めているとのことです。

このままでは、地域医療が崩壊してしまうおそれがあります」

「デジタル化」への誤解が「法の下の平等」を侵害する

「法の下の平等」(憲法14条)についてはどうか。

幸田教授:「マイナ保険証が事実上強制されると、マイナカードを持っていない人、あるいは持っているけれども健康保険証との紐づけを行っていない人が不利益に扱われることになります。

これが『法の下の平等』に違反するということです。G7(先進7か国)でほかにIDカードと保険証を一体化している国はありません。

政府は『資格確認書』を交付することによって対応するとしています。しかし、保険証そのものではない以上、マイナ保険証を保有していない人が事実上の不利益を被るおそれがあります。

端的に、紙の保険証を継続して使えるようにすれば済むことです」

幸田教授は、政府・厚生労働省が推進する『医療DX(デジタル・トランスフォーメーション)』の背景にIT化・デジタル化への根本的な誤解があると指摘する。

幸田教授:「デジタル化を推進する目的は、本来、国民に利便性の高い手段を提供し、選択の幅を広めることにあります。

台湾でIT担当相を務めたオードリー・タン氏も、デジタル化は『国民へのエンパワーメント(力を付与すること)』だと述べています。

しかし、日本では、デジタル化の目的について『デジタル社会の実現に向けた重点計画』や『オープンデータ基本指針』などで『手続きのデジタル化』や『データの利活用』のみが強調される傾向があります。それでは、デジタルに対応できない人、対応が難しい人が置き去りにされるおそれがあります。

また、マイナ保険証によって、国民はかえって不便になってしまいます。

紙の保険証もマイナ保険証も、どちらも利用できるようにすることが、選択肢を広げます。選択の範囲を狭めるのは、デジタル化の趣旨にも、法の下の平等にも反するといわざるを得ません」

セキュリティ面での「法的欠陥」も…

情報プライバシー権(憲法13条)の侵害については、セキュリティ技術面での脆弱(ぜいじゃく)性がよく指摘される。すでに、身に覚えのないチャージがされる事件や、偽造マイナカードが使用される事件など、不正が多発している。

幸田教授は、データセキュリティ、サイバー攻撃への防御といった技術面に加え、法的観点からきわめて重大な問題があると指摘する。

幸田教授:「マイナンバー制度の下では、情報が一元的に管理されるおそれがあります。

諸外国のマイナンバー制度では、権限ある者による不正な名寄せや不正利用ができないようにするため、情報連携に第三者機関を介在させるしくみがあります。ところが、日本にはそれがありません。『個人情報保護委員会』はそこに関与する権限を持っていないのです。

権限ある者がその気になれば、すべての情報に不正にアクセスし、または不正利用できる状態といっても過言ではありません。

また、それを外部からチェックすることも困難です。

政治家に対する不信が広がり、時の権力に忖度(そんたく)する官僚が跋扈(ばっこ)している現状では、この点はきわめて深刻な問題といわざるを得ません」

マイナ保険証のリスクについては、従来、主に情報セキュリティの技術面からの指摘が行われてきた。しかし、法的観点からも、看過できないリスクが存在するということである。

今回、話を聞いた幸田教授は、地方自治制度を所管する総務省で行政課長を務めた経歴があり、かつ、弁護士として憲法・法律に精通している。その立場からの指摘はきわめて大きな意義をもつものであり、重く受け止めなければならないだろう。