なんらかの作品を創った人は、その「著作権」を有する。自分の考えや想いを作品として表現したのだから、強い思い入れもあろう。だが、「思い入れ」と「思い込み」はまるで違う。
「著作権侵害だ!」と筋違いないちゃもんをつけ、裁判沙汰にするような思い込みクリエーターも残念ながら多数存在する。そうした”エセ著作権”を振りかざし、トラブルに発展した事件を取り上げた一冊が「エセ著作権者事件簿」(友利昴著)だ。
本連載では、ニュース等で話題になった事件も含め、「著作権」にまつわる、とんでもないクレームや言いがかり、誤解、境界線上の事例を紹介。逆説的に、著作権の正しい理解につなげてもらう。
第2回では、サンリオが、うさぎキャラで有名なオランダの大御所イラストレーターに「パクリだ」と訴えられ、紆余曲折を経て”和解”した事件を取り上げる。
サンリオ側はなぜか弱腰に対応し、付け込まれる形で次々要求され、ついにブチ切れたが時すでに遅し。敵地・オランダでの裁判というアウェーの洗礼もあり、屈辱の結果に終わる。ところが、その後、事件は意外な顛末を迎える……。(全8回)
※ この記事は友利昴氏の書籍『エセ著作権事件簿』(パブリブ)より一部抜粋・再構成しています。
サンリオのように、シンプルな絵柄のキャラクターを多数抱える人気企業であれば、定期的に、「おたくのキャラクターは、私が先に考えていたキャラクターの盗作だ」などという類のクレームにさらされているのだろう。それが誰とも分からぬアマチュアからのイチャモンなら、あしらいようもある。だが、業界の大御所からインネンを付けられた日には、いったいどうしたものだろうか。
オランダの大御所がサンリオを著作権侵害で訴える
2010年、サンリオは、オランダの作家ディック・ブルーナが描いた有名なうさぎのキャラクター「ミッフィー」(上図右)の著作権などを管理するメルシス社から、著作権侵害、商標権侵害のカドで、オランダで訴えられたことがある。
訴えの対象となったのはサンリオの「キャシー」といううさぎのキャラクター(上図左)。あまり知られてはいないが、1976年に発表されたハローキティのお友達だ。これが「ミッフィー」に酷似しているというわけだ。
しかし、キャシーはサンリオキャラクターの中でもマイナーな存在であり、グッズがあるといっても少量だろう。メルシスが、そこまで目くじらを立ててキレるのも不自然に思える。
もともと、パクリを疑っていた原告
実はトラブルの背景には、ブルーナのサンリオに対する積年の恨みつらみがあった。彼は長年、サンリオの看板キャラクターであるハローキティに対して著作権侵害の疑いを抱いていたのである。
2008年の取材で、彼は「〔ハローキティは〕ミッフィーのコピー品だ。まったく好きになれない。冗談じゃない。自分自身で考えて作品を作るべきだ」*と、痛烈な言葉で盗作と決めつけている。
いやはや、ハローキティがミッフィーの盗作というのは相当な暴論だが、そのように思い込んでいたブルーナがキャシーの存在を知れば、怒り狂ったことは想像に難くない。
* The Telegraph 2008. 07. 31 Horatia Harrod “Dick Bruna, creator of the Miffy books, talks about his life and work”
だが、これはそう簡単にサンリオを断罪できるような問題ではない。うさぎを擬人化キャラクター化するにあたって、うさぎを二等身にして、服を着せて、直立させるのはアイデアであって、表現ではない。耳を長く描くのはうさぎだから当たり前で、目を黒点で描くのはありふれた表現である。
要するに、共通点はアイデアか、ありふれた表現に過ぎないのだ。そしてこれらの要素は、特定人に独占させることの方が不適切だから、盗作か否かを判断するうえでは比較対象から外さなければならない。
すると、どうだろう。口と鼻の有無、目の位置関係、顔と耳のバランスなど、具体的表現を比較すれば、異なる点が目立つではないか。
サンリオのデザイナーがミッフィーを知っていた可能性はあるだろう。もしかしたら、参考にしていたかもしれない。しかし、だからといって、抽象的なアイデアやありふれた表現の独占を特定の作家に許してしまえば、他に誰も、子ども向けに二等身で服を着たうさぎを描けなくなってしまう。これは、簡単に受け入れてよいクレームではない。
警告書にあっさりと白旗をあげたサンリオ
ところが、メルシスからの警告書を受け取ったサンリオは、なんと、「今後、オランダ及び全世界で、キャシーの商品供給は中止します」と、あっさりと白旗を挙げてしまった。人気のないキャラクターで、揉めるくらいなら中止でいいと思ったのかもしれないが、ちょっと腰抜け過ぎやしないかサンリオ!
こうした姿勢は、交渉戦術、クレーム対応としては悪手である。相手に弱腰の態度を示し過ぎると、 やましい事情があったのではと勘繰られる可能性があるし、そうでなくとも付け込まれることがある。
実際、メルシスは単なる販売中止では矛を収めなかった。サンリオに対し、キャシーグッズのライセンシーや販売数、在庫数の開示、取引先に対する権利侵害事実の通知と在庫の回収などを求めて、アムステルダム地方裁判所に仮処分申請を行ったのである。
弱腰に付け込まれ、反抗を開始したが…
裁判所に引きずり出されてしまったサンリオは、ようやくここで遅まきながら反撃に転じ、権利侵害を積極的に否定する答弁を行った。中でも興味深かったのは、「ミッフィーの方こそ、キャシーをパクったのではないか?」とする反論だ。
実は、ミッフィーのデザインは時代とともに変遷しており、1970年代半ばより前のミッフィーの耳は、角ばっていた(下図)。当時の絵本は今も版を重ねているので、簡単に確認できる。その耳が、サンリオによるキャシーの発表以降、徐々にキャシーのように丸くなっているのである。サンリオはここを捉えて反撃したのだ。
侵害否定の決定的証拠になると思われたが……(Dick Bruna “Miffy at the seaside” )
だからといって「ミッフィーがキャシーをパクった」とはいい過ぎで、これもまた偶然の産物だろう。とはいえ、1976年生まれのキャシーがミッフィーの盗作であると主張するならば、その検証にあたっては 1976年以前のミッフィーの姿と比較する必要がある。その時代のミッフィーは耳の形状が異なるという事実を裁判官に気づかせるうえでは、インパクトのある皮肉だ。
有利に思われた裁判は“完敗”
客観的に見ればサンリオ有利と思われた裁判だったが、しかし結果としては、なんとサンリオが負けてしまった。著作権、商標権両方の侵害が認定されたのだ。
「ミッフィーの方がパクリ」というサンリオの主張については、「サンリオは具体的な証拠を示しておらず、妥当ではない」と、深く検討されないまま一蹴された。
疑問が残る粗雑な決定だが、 考えてみれば、ミッフィーはオランダが生んだ世界的スターである。海外企業との訴訟で、地元の裁判所がメルシスに肩入れすることはいかにもありそうな話だ。
裁判は泥沼化の様相を呈したがまさかの結末へ
これを受け、サンリオは仮処分決定に対し異議申立を行うとともに、ミッフィーの図柄の商標権に対する取消訴訟を提起した。
一方、メルシスも仮処分決定を足掛かりに本訴を提起するなど、事態は泥沼の様相を呈したのである。
ところが、この訴訟合戦には思わぬ形で終止符が打たれた。 数ヶ月後、日本で東日本大震災が発生したのだ。甚大な被害を目の当たりにした両社は、お互いに訴訟費用を浪費するより、そのお金を義援金として共同で寄付することで和解する道を選んだのである。
ある意味、美談で終わった事件であり、実際、震災後の混乱の中では好意的に受け止められた。当時、『週刊朝日』は「『今はわたしたち、ケンカしてる場合じゃないよね!』。小さなうさぎたちの可愛らしい声が聞こえてくるようだ」*と評している。
*『週刊朝日』2011年6月24日号 岩崎眞美子「ミッフィー×キティのパクリ裁判、仲直り決着のちょっぴりいい話」
だが、筆者の見立ては異なる。和解といっても、サンリオが最初に約束した通り、キャシーの商品供給を中止することが前提の和解なのである。ミッフィーちゃんとキャシーちゃんが「ケンカしてる場合じゃないよね!」と手を取り合って共存する道を選んだわけではなく、キャシーちゃんはこの世界から退場させられたのだ。
サンリオのウェブサイトには「ハローキティの家族やなかまたち」というページがある。その「お友だち」のコーナーには、くまのタイニーチャム、もぐらのモーリー、ねずみのジュディなど、12人ものお友だちがキティちゃんを囲んでいる。
だが、ここにはもう、キャシーちゃんはいない。今や一種の封印キャラクターになっているのだ。まるで、キティちゃんが、隣のクラスのリーダー格のミッフィーちゃんから「今日からあの子とはおしゃべりしちゃダメだから」などと言われて、あっさりキャシーちゃんと絶交したかのような顛末である。これは、イ・ジ・メじゃないのか!?