「子持ち様」という言葉をご存知でしょうか? 子育て中の従業員の事情で、他の従業員が、自分自身の業務負担が増えたなどの気持ちをSNSなどで吐き出す際に使われる皮肉めいた言葉で、近年目にすることが増えました(※)。
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参考:KYジャーナル「”子持ち様”論争 なぜ?」 | NHK(外部リンク)
SNS上では「同僚が育休を取ることになったけれど人員が補充されず、自分の業務量が増えた」「同僚の子どもが体調を崩して急に休むことになったとき、仕事の対応をしなければならない」というような書き込みと共に使われています。
少子化、人口減少、労働力不足が深刻化する日本で、子育て世帯がどうかにかかわらず、誰もが働きやすい社会を実現するにはどうすればよいのでしょうか?
子育て世帯に特化したハイクラス転職サービス「withwork」(外部リンク)を提供するXTalent株式会社(外部リンク)代表取締役の上原達也(うえはら・たつや)さんは、この原因を「子育て世帯、特に女性にのみ働きやすさを配慮する動きが広まり、分断を生んでしまっている」と指摘します。
今回、取材に応じてくれた上原さん
キャリアと子育てはトレードオフ? 子育て世帯の働きづらさ
――上原さん自身が、子育てとキャリアの両立で悩んだことが、「withwork」を立ち上げるきっかけになったそうですね。
上原さん(以下、敬称略):はい。前社の在籍中に子どもが生まれ、改めて自分のキャリアについて考えたとき、常に子育てとキャリアがトレードオフ(どちらかを犠牲にしなければならない)になるような感覚がありました。子育てにも、仕事にもコミットできる人を増やしていきたいという思いから、このような事業を始めました。
「withwork」はワーキングペアレンツ(仕事をしながら子育てする親)のためのハイクラス転職サービスで、仕事も家庭も両立できる働き方を支援している。画像提供:withwork
――上原さんが前社でまさに経験されていますが、子育て世帯が感じる働きづらさというのはどんなところにあるのでしょうか?
上原:よく聞くのは、「キャリアをセーブせざるを得ない」「会社から期待されることが減っていく」という声です。「チャイルドペナルティー」という言葉があり、出産や子どもを持つことによって生じる社会的に不利な状況のことを指しますが、まさにこういった状況に陥っている人が多くいます。そしてこれは特に女性側に発生しやすい問題だと思います。
一方の男性側は、会社からキャリアアップを求められるけれど、上に行けば行くほど、家庭とキャリアを両立できず、仕事一筋にならざるを得ないという声をよく聞きます。両立しているロールモデルとなるような人がまだまだ少ないので、家庭への意識やキャリア思考が高い人ほど、壁にぶつかっていると感じますね。
こういった問題は、世界的にどこの国でも一定数起きていることだと思いますが、その中でも日本は特に深刻度が高いと思っています。
――なぜそのようなことが起きてしまうのでしょうか?
上原:いくつか要因があると思うのですが、まずは企業側の問題で、育児と仕事を両立することを前提としていないような働き方が設定されていることが挙げられます。一般的に会社で働くということは、フルタイムで、さらに残業することが当たり前になっている業界がありますし、夜はクライアントと会食、土日はゴルフで接待という企業もありますよね。
――なるほど。企業側以外にも要因はありますか?
上原:夫婦間における子育てなどのケアワークの責任が、女性側に偏りがちという問題があると思います。これには社会的な風潮も大きく影響していると感じていて、まだまだ女性が子育てをするのが当たり前だという考えの人が多いと思うんです。
――確かにそういった風潮は根強くありますね。
上原:ええ。育児特有の問題をケアするための社会的な資源不足も挙げられます。例えば、働きたいと思っても保育園に空きがなく預けられないケースがあります。
また保育園に入れたとしても、子どもは幼いときに突発的に体調を崩すしやすく、そうすると当然、保育園に預けることができません。病児保育(※)の設備はまだまだ足りておらず、子どもが体調を崩すと、どうしてもが親が面倒を見なければならず、仕事に穴を開けざるを得ない状況になりがちです。
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保育園や幼稚園等に通園している子どもが病気になり、親がどうしても仕事を休めない場合、子どもを医療機関および保育所に併設している病児保育室などで一時的に預かるサービス
子どもが幼い頃は特に、子どもの突発的な体調不良に悩まされる親も多い
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「子持ち様」の言葉が生む分断を避けるには、誰もが働きやすい環境が必要
――ネットやSNSなどで「子持ち様」という俗語を目にすることが増えました。子育て中の従業員のフォローに回る人からの不満が噴出しているケースが多いかと思いますが、こういう言葉が生まれてしまう背景をどう分析されていますか?
上原:子育て世帯が働くことに対する制度や取り組みは、十分とは言えませんがある程度はあります。ただその対象があくまで子どもがいる人であって、さらに言うと子どものいる女性に対してのみ適用されている現状があり、これが分断を生んでしまっていると思います。
さらにその企業の中で長時間労働が前提になっていたり、業務フローについても効率化や生産性を向上するような施策がなかったりする状況だと、子どもがいるから早く帰らないといけない従業員や、休むことが多い従業員の業務は他の誰かが背負わないといけなくなります。
するとフォローする側の従業員がさらに長時間労働になり、休みづらくもなってしまいますよね。
――そのような状況をどうすれば、改善していけるのでしょうか?
上原:子育てによって起こる仕事への影響や制約は、ゼロにすることができません。子育ての負担を夫婦の片側だけが負わないようにすることも重要ですが、これは夫婦間だけで解決しようとしても難しく、お互いの会社まで含めた4者が協力して、意識を変えていく必要あると思います。
例えば、育休制度を利用するのは一般的に女性側が多いかと思います。その場合、女性が勤務する企業では、担当の引継ぎや人員補充などを行わなければなりません。
男性側にも育休を推奨する企業は増えてきてはいるのですが、積極的に利用できる空気ではないところもあるでしょう。そのことから、男性側の勤務先ではあまり業務に支障が少なく、影響を受けにくいともいえます。
こういった状況から、「子どもがいる人、特に女性は企業にとって扱いづらい」という印象を植え付けてしまっているかもしれません。
子育て中の従業員やそのサポートに回る従業員に対しての配慮が企業側に必要な気がします。育児制度を利用するのが女性側、子育てを担うのは女性側、という固定観念を払拭した取り組みをぜひ行ってほしいですね。
――子どもの体調不良など突発的な対応も、夫婦間で、ある程度分担できれば負担を軽減することができますね。
上原:はい。とはいえ、どちらかがエッセンシャルワーカー(※)の場合など、急に休めない、現場に行かないといけない場合は、分担がなかなか難しいとは思います。自由度が高い仕事についている側が、負担を負わざるを得ないという状況はあるかもしれません。
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最低限の社会インフラ維持に必要不可欠な労働者のことで、医療関係者や教育関係者、食品、日用品の製造、販売に携わる人などを指す
――企業側ができる工夫には、どんなものがありますか?
上原:子育てをしているかどうかにかかわらず、どんな事情の人でも休みやすくしておくことで、分断が生まれにくくなると思います。
例えば業務を効率化する、電子化する、生産性を向上させる、フレキシブルな働き方を導入するなどして、一時的に誰かが休んでも業務が回るなど、誰でも休みやすい環境にしておくことが大事だと思うんです。
誰にとっても働きやすい環境づくりに、電子化や効率化は効果的
――子育て中の従業員をフォローする立場の人に対して、企業側が努力や検討すべきことはありますか?
上原:何が評価される職場・業務なのかによって、できることが変わってくると思うのですが、先ほどお伝えした業務の効率化を行い、フレキシブルな働き方が実現できれば、フォローする側にとってもある程度負担を軽減することができると思います。
あとはエッセンシャルワーカーのように、その場に誰かがいることが求められる仕事の場合は、フォローをした人にインセンティブをつけたり、評価をしたり、ちゃんと見返りがあるような状態をつくらないといけないと思うんです。
例えば、三井住友海上火災保険には、育休取得者の同僚に対して、最大10万円の給付を行う、「育休職場応援手当(祝い金)」という制度があります。
――なるほど。ただお話しを伺っていると、そういった手厚い制度を実現できる大手企業は良いとしても、中小企業や少人数経営の企業には厳しい時代になっているとも感じました……。
上原:そうですね。ただ、結局働きやすさがないと人が辞めていってしまうことは間違いないので、労働者に対する正しい投資がどの企業にも必要になってくるとは思います。
残業代を支払わなくても長時間労働が成り立ってしまう時代がありましたが、今では絶対に無理ですよね。これからフルタイムで働けて、残業も可能という労働者の比率は確実に減っていくと思います。そもそも人口が減少し、経済も成長していない中で、子育てに限らず、介護や不妊治療など、個人の事情はますます多様化していくはずです。
働くことの前提をよりフレキシブルに変えていかないと、労働市場自体がもたなくなってくることは間違いありません。「子持ち様」という言葉は、その過渡期にある問題の一つだと捉えることもできると思います。