ジェンダー平等について考える新連載「ジェンダーバイアスと向き合う男性たち」がスタートします。「Global Gender Gap Report(世界男女格差報告書)」の調査によると、2024年における日本のジェンダーギャップ指数(※)は146カ国中128位と過去最低を記録しました。
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世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF)(外部リンク)が2006年より毎年発表している、教育、経済、保健、政治の4分野における、各国の男女格差を数値化する国際的な指数
ジェンダー問題はマイノリティとされる「女性やLGBTQの問題」であるかのように語られやすい傾向にありますが、社会に変化を起こすためにはマジョリティとされる男性側の意識変革も必要です。
そこで本連載では、社会にあるジェンダーバイアスと向き合う男性たちの存在にスポットを当て、性別を越えて誰もがジェンダー問題を「自分ごと」としていく道を模索します。
第1回目である今回クローズアップするテーマは「男性保育士」です。ジェンダー平等の実現を目指して、日本に「男女共同参画社会基本法(※)」が制定されたのが1999年のこと。20年以上の時が経過し、さまざまな職業分野で女性の社会進出が進んでいますが、男女共同参画という観点で見ると「女性の多い分野に男性が進出する」という動きも同じくらい重要な役割を果たします。
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男女が互いに人権を尊重しつつ,責任も分かち合い,性別に関わりなく,その個性と能力を十分に発揮できる日本社会を実現するために,その基本理念と施策の方向を定めた法律
そんな、男性の成り手が少ない職業の1つが保育士です。厚生労働省がまとめた資料(※)にある保育士の男女比を見てみると、2020年4月時点で保育士登録者の男性は全体の約5パーセントと極めて少なく、実際に就業している男性はさらに少ないと考えられます。
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出典:厚生労働省「保育士登録者数等(男女別)」(外部リンク/PDF)
世の中にある「育児は女性の役目」といった、性別役割を固定するジェンダーバイアスは少しずつ解消されてきている状況の中、なぜ保育士として活躍する男性の数は増えないのでしょうか?
その原因を探り、ジェンダーの偏りなく多様な人材が活躍する環境を実現することは、保育の質向上にもつながる重要な課題だといえるでしょう。
このような状況下で、20年以上も前から男性保育士の登用に力を入れているのが、社会福祉法人どろんこ会(外部リンク)です。同園の保育士全体の12.5パーセント(2024年現在)と、国内平均の3倍以上の男性保育士が現場で活躍しています。
また、園長ほか保育施設の管理職も女性に偏りやすい傾向がある中で、どろんこ会では男性管理職が23.5パーセントを占めています。
今回は、同会の理事長を務める安永愛香(やすなが・あいか)さんと、現役の保育士で千葉県・君津市にある内箕輪どろんこ保育園(外部リンク)の施設長を務める佐藤慶太(さとう・けいた)さんに、ジェンダー平等の実現を目指す保育現場の取り組みについて伺いました。
男女両方の保育士がいることが、自然な社会本来の姿
――「どろんこ会」はいつ頃から、どういった狙いで男性保育士を積極的に登用してきたのでしょうか?
安永さん(以下、敬称略):1998年に第1号園となる小さな家庭保育室を埼玉県にオープンしてから、全国で約170の保育関連施設を展開する現在まで、どろんこ会では一貫して「男性保育士がいるのは当然のこと」という認識で、男女両方の保育士を採用してきました。
理由はいくつかありまして、1つは、保育業界に変革の必要性を感じたことです。
そもそも保育所の制度ができたのは昭和22年(1947年)で、戦後に焼け野原となった日本を復興させる中で、働きに出なければいけない女性を支える措置として保育園が誕生し、保母(現在の保育士)という仕事も生まれています。
その経緯に異論はないのですが、保育園の役割が幼児教育の場へと移り変わってきた現在にあっても、業界はいまだに女性の割合が圧倒的に高く、評価制度・人事制度・キャリア支援制度を持つ保育園がまだまだ少ない状況にあり、長期的に勤める昇給を伴った働き方が十分に整備されていません。
結婚や出産で退職することを前提に、新卒の採用を続けて人件費を抑える構造を変えなければ、男性保育士の増加はもちろん、保育士が生涯やりがいを持って取り組む仕事である、という職業地位の向上が実現できない、と考えました。
もう1つは、社会で生きぬく力を育む場であることを考えたとき、男女両方の保育士がいるのが社会の自然な姿に近いだろうと考えたことです。
小・中学校の教員は男女比が半々であることが多いのに対し、保育の現場だけが女性に偏っているのは環境として不自然です。また、子どもたちが将来生きる世界は、例えば、ロボットの上司がいて、AIの部下がいるような未来かもしれません。
そこで役立つのは「自分で考え、行動する力」で、私たちの園ではそれを育むために、畑仕事を教えたり、銭湯に連れて行ったりとさまざまな体験の機会を提供しています。男女の保育士がいたほうが子どもに経験させられることの幅も広がるはずです。
男性保育士の登用に力に入れる背景について話す安永さん。撮影:十河英三郎
――男性保育士の登用を進めてきたことで、保育にプラスの効果が表れていると感じるのはどういう面でしょうか?
安永:男だから、女だからという理由で保育の質が変わることはない、というのが前提だとご理解いただいた上での話ですが、男性保育士が増えたことで、保育の活動の幅が広がっているのは事実です。
例えば、ある男性保育士が近くの川に魚を捕るわなを仕掛けて、子どもたちに魚がかかっているのを見せてあげた、というエピソードがあります。
また、うちの園では保育士の安全管理のもとで火や水を使う活動もしており、冬は園庭でまきや拾ってきた枝でたき火をすることがあります。そんなとき「ウインナーを焼いておやつに食べよう」といった、アウトドア発想のアイデアを出すのは男性保育士が多い傾向にあり、それを見ていた女性保育士が「こういう遊びの展開もあるのか」と気づかされ、園全体に広まって定着していく、という流れがあるのを感じます。
男女の保育士がいることで生まれる発想と行動力が、子どもたちに新しい体験を提供しているのだと思います。
もう1つ、日本には沖縄県のようにシングルマザー率が高い地域もあり、当会が運営する沖縄の園も、シングルマザーの家庭が多いです。父親がいない子どもにとって、男性保育士は、男性に甘えたり、スキンシップを取ったりできる貴重な存在になっているんです。
子どもたちと川遊びをする男性保育士。写真提供:社会福祉法人どろんこ会
どろんこ会の保育施設では、子どもたちに鶏や魚をさばく様子を実際にみてもらい、命をいただくとはどういうことかを伝え、食の循環を学ぶ機会をつくっている。写真提供:社会福祉法人どろんこ会
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男性的・女性的、両方の関わり方が子どもには必要
ここで実際に男性保育士として働く当事者の声を聞いてみましょう。内箕輪どろんこ保育園で施設長を務める佐藤慶太さんです。
――保育士を目指したきっかけについて教えてください。
佐藤さん(以下、敬称略):大学進学を検討するにあたり、友人に誘われて保育系の大学のオープンキャンパスに行ったのがきっかけで保育士という仕事を知りました。子どもが好きでしたし、好きなことを仕事にできるのが一番だと考えていたので、まずはそこに進学することを決めたんです。
保育士になる決意が固まったのは大学3年のときです。保育園に赴き、1日の保育計画を立てて実践するまでを任される実習があり、私は子どもたちと一緒にストローで飛行機を作って園庭で遊ぼうと考えていました。
自分で作ったおもちゃで遊ぶ、という達成感を味わってもらおうという狙いだったのですが、実際は4歳児にとって私の提案した工作は複雑過ぎて、保育士が付きっきりで手伝わないと完成させられなかった。その失敗が悔しくて、作り方をやさしくして翌週に再挑戦したところ、とても楽しそうに遊んでくれたんです。
大人の対応によって子どもたちの体験が全く変わってしまうことに、この仕事の奥深さと面白みを感じたんです。
保育士という仕事を選んだ理由について語る佐藤さん。撮影:日本財団ジャーナル編集部
――日々、仕事をする中でどういうときにやりがいを感じますか?
佐藤:子どもが何かに夢中になっている姿を見るときですね。難しいことに向き合ったり、できるようになって喜んだり……。そういう真剣な眼差しや表情に立ち会えるのは本当に幸せです。
例えば、うちの園では木登りを推奨しているんですが、最初は怖くて高い枝まで登れなかった子が、毎日挑戦するうちに、少しずつ登れるようになっていく。その「もっと上まで行きたいけど、怖くて行けない」という葛藤の表情も、「一番上まで登れた」と報告してくれたうれしそうな顔、どちらも印象的で。そういったプロセスに寄り添えることにやりがいを感じますね。
――男性保育士として、園児や保護者の方とのコミュニケーションの面で、ジェンダーバイアスを感じることはありますか?
佐藤:ありがたいことに、ほとんど感じたことはないんです。ただ、子ども一人一人の人権を守るために、着替えなどの際には配慮するように気を付けています。
保護者からそのように要望されたことは今までないので、信頼していただいているとは思うのですが、世間のニュースを見ていますと男性保育士による問題も起こっている。配慮しないよりはしたほうが良い、と考えています。
子どもたちと遊んだり、会話したりする時間が何よりも楽しいと佐藤さんは話す。撮影:日本財団ジャーナル編集部
――世の中に男性保育士が増えることで、未来にどういう変化が生み出されるとお考えでしょうか。
佐藤:保育士の仕事に男女の違いはないにしても、子どもたちと接する中で男性的な関わり方、女性的な関わり方というのは存在しますし、どちらも必要です。特に子どもたちと遊ぶ場面では、保育士自身の実体験も反映されます。
例えば当会では、泥だらけになることに抵抗がないのは男性保育士の方が多い、といった傾向も見られます。乳幼児~幼児期は人格形成をしていく時期ですから、多様な保育士がいることで子どもたちもいろいろな体験ができるようになり、それが将来、子どもたちが主体的に生きていくための土台を広げていくことにつながるのではないでしょうか。
――そういう未来をつくっていく上で、当事者として感じる課題はありますか?
佐藤:保育業界全体で待遇面の改善をするのは切迫した課題だと感じています。特に公立園と私立園の格差は、運営主体によって給与に大きな開きがあるのが問題だと思います。
実際、私も保育士3年目のとき、この仕事を一生続けていけるのか悩んだことがあり、一番の理由は給与面でした。でも、せっかく資格を取り、仕事そのものにやりがいと楽しさを見出しているからには、もう一度別の場所で頑張ってみようとどろんこ会に転職した経緯があります。
当会に来て印象深かったのは、入社間もない頃に近隣園の男性保育士の先輩方が研修会に誘ってくれたことです。以降、一緒にキャンプをしたり、食事をしたり、と公私共々仲良くさせてもらっています。
業務上の役割として男女の違いは存在しなくても、男性が少数派である職場環境の中では同性同士のつながりが安心感につながる面があります。そういった意味で、何かあったときに気軽に相談ができる男性同士の横のつながりを整備し、「仲間がいるんだ」と存在を可視化することも、男性保育士の働きやすさを考える上でプラスになるのではないでしょうか。
園児に話しかける佐藤さん。撮影:日本財団ジャーナル編集部