「駐車場から現場へ移動する時間分の給料が払われない…」
という社員の訴えに、裁判所は一部の移動時間を「労働時間にあたる」と判断。会社に対して賃金の支払いを命じた。(大阪地裁 R6.2.16)
どんな時間が労働時間にあたるのか、別の裁判例も交えて解説する。
事件の概要
会社は、電気工事等を事業としている。社員であるX1さんとX2さんは、電気工事作業等の仕事に携わっていた。
補足情報であるが、社長とX1さん・X2さんは同じ中学校の出身であった(社長とX2さんが同級生で、X1さんは一学年下)。一般的には仲間意識が強い関係に思えるが、訴訟沙汰となってしまった…。
X1さんは約3年で退職し、X2さんは約2年で退職。その後、2人は会社に対して賃金の支払いを求めて提訴した。
今回の争点は【移動時間は労働時間にあたるか?】である。2人は「駐車場に集合してから現場に行っていた。解散も駐車場だった。なので駐車場から現場への往復移動時間も労働時間にあたる」等と主張した。
裁判所の判断
結論からいえば、裁判所は「一部の移動時間は労働時間にあたる」と判断した(下記、○が労働時間と認められたものである)。
× 現場と駐車場との間の移動時間
(○ 日勤のあとに夜勤に直行する必要があった場合の移動)
○ 現場での作業のあとにミーティングに向かった場合
■ 基礎知識
まず、労働時間とは【会社の指揮命令下に置かれている時間】を指す(三菱重工業長崎造船所事件:最高裁 H12.3.9)。今回の裁判では、移動時間は会社の指揮命令下に置かれていたのか? が争われた。以下、裁判所の判断を順に解説する。
× 現場から駐車場への移動時間
・たしかに、Xさんらは、駐車場に集合してから現場に出勤することがあった。
・また、現場から駐車場に戻ってから解散することもあった(となれば、移動時間は会社の指揮命令下に置かれている時間とも思えるが…)。
・しかし、移動時間中の車内ですべき作業があったわけではない。
・現場への直行直帰も認められていた。
・Xさんら自身、ひとりで直行直帰したこともある。
…etc
以上の事情に照らせば、集合場所や解散場所は、同じ現場に向かう従業員の任意の調整に委ねられていたと認めることが相当である。Xさんらが会社から明示または黙示に駐車場に集合して現場に向かい、解散時には駐車場に戻ることを指示していたとは認められない。よって、移動時間については【会社の指揮命令下に置かれている時間】とはいえず、これを労働時間と認めることはできない。
○ 日勤のあとに夜勤に直行する必要があった場合の移動
○ 現場での作業のあとにミーティングに向かった場合
ただし、上記2つのケースは、会社の指示により業務のために移動したと認められ、その移動は【会社の指揮命令下に置かれていた】と評価することができるから、これらの移動時間は労働時間と認める。
以上のように、会社の業務に関連した移動時間の場合、裁判所は【会社の指揮命令下に置かれている時間】かどうかを慎重に吟味する。
結果、裁判所は会社に対して、X1さんへ約105万円(割増賃金約74万円+遅延損害金約30万円)の支払いを命じ、X2さんへ約54万円(割増賃金約40万円+遅延損害金約13万円)の支払いを命じた。
これも労働時間では?
この時間は労働時間にあたるのでは? と争われるのは移動時間だけではなく、さまざまなケースがある。
■ 着替え時間
着替え時間は労働時間にあたると、厚生労働省のガイドラインでも述べられている。
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使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン)
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実際の裁判でも、下記のように制服へ着替える時間について、賃金の支払いが命じられている。(東京高裁 R3.3.24)
・ICカードを打刻
・制服に着替える
・AM 7:10ころ ラジオ体操の音楽が流れる
・AM 7:15ころ 朝礼開始
・AM 7:20ころ 朝礼終了
さらに、近年ではIKEAやスシローの社員が「着替え時間の給料が払われていない…」として会社に申し立てた事件もある。
>>IKEA従業員「着替え時間」も賃金支給へ 厚労省「労働時間」と明記も“未払い”放置されてきたワケ
>>スシローのアルバイト学生「未払い賃金」を要求… “着替え”の準備は「労働時間」に入るのか?
これらは、おそらく氷山の一角なので、着替え時間について賃金が支払われていなければ請求できることを押さえていただければ幸いである。
■ 待機時間
待機時間についても、労働から解放されていない、すなわち【会社の指揮命令下に置かれている時間】と判断されれば、賃金請求が認められる。
近年の裁判では、駐車場メンテナンス会社での事件がある(札幌高裁 R4.2.25)。
会社は、顧客に対して24時間365日の緊急対応を約束しており、社員は待機時間であっても顧客から電話が入ると速やかに現場へ向かうよう義務付けられていた。地裁では社員が敗訴したが、高裁は一部の待機時間を【会社の指揮命令下に置かれている時間】と判断。事実関係が同じであるにもかかわらず、会社の指揮命令下に置かれているかの判断が一審と二審で真逆となったケースだ。余談だが、運が裁判の結果に影響を与えることも少なくない。
■ 昼休み中の来客当番
昼休みなのに、来客があれば対応させられていた事件もある。薬剤師のケースだ。
裁判所は「休憩時間になっても30分くらいは顧客対応していた。この分、残業代を払え」と判断(東京高裁 H29.2.1)。「休憩時間でも来客対応しなさい」と暗にプレッシャーをかけられていたようだ。
移動時間、着替え時間、待機時間、昼休み中の来客当番のように、実際は業務をしていなくとも【会社の指揮命令下に置かれている】と判断されれば労働時間にあたり、賃金が発生する。参考になれば幸いだ。