公正取引委員会(公取委)が主導し、2023年4月に策定した「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウエアに係る競争の促進に関する法律案」が参議院本会議で可決・成立(6月12日)した。本格施行は2025年12月頃の予定。
同法は、特定ソフトウエア事業者に対して、例えば以下の行為を禁止すること等を定めている。
自社アプリを優遇するために取得したデータを使用する行為
他のアプリストアの参入を妨げる行為
検索結果において自社サービスを優先的に表示させる行為
また、特定ソフトウエア事業者に対して、以下の措置を講じることを義務付けている。
データの取得・使用条件を開示する措置
標準設定を変更できるようにする措置
上記の通り、「特定ソフトウエア事業者」に対し、禁止行為等を設ける内容となる。具体的にどの企業なのか…。公取委は「特定ソフトウエアの種類ごとに政令で定める一定規模以上の事業を行う者」としているが、国会審議によれば、AppleとGoogleが想定されている。
着々と権限を拡大する公取委
同社らに対し、公取委はこれまで独禁法等で個別事案に対処してきた。だが、「スマホが社会インフラになっている中で、モバイルOS等は寡占状態であり、競争制限的な行為によりさまざまな競争上の問題が生じている一方、独禁法での対処では時間がかかり過ぎる」(公取委)という実状を鑑み、新法での対処に至ったという。
独禁法の補完法として、迅速性と実効性を優先して今回の新法成立を主導した公取委。3月には日産自動車に対し、下請け企業36社に支払う代金を総額で30億円以上不当減額したとして、下請法違反で、再発防止策などを勧告。”市場の番人”として、妥協なき姿勢で大ナタを振るった。
こうした動きに対し、「つい最近まで日本の公取委は、その規模等からなかなか存在感を発揮できていなかったのですが、急速に動きを拡大させています。法案作成の主導も今までなかった新しい動きです」と、かなり踏み込んだ一歩だと指摘するのは、ビジネスと法規制に詳しい江﨑裕久弁護士だ。
法案はかなり異例な内容
今回可決・成立した法案の内容について、江﨑弁護士は次のように見解を述べる。
「具体的に一定の規模以上の対象事業者がやってはいけないことを列挙する形で作られています。
例えば、GoogleがGooglePlayで集めた他業者のアプリに関する利用状況等のデータについて、そのアプリ事業者と競合するサービスを提供するために使ってしまうといくらでも後出しじゃんけんができる状態になります。そういった行為を禁止するといったことを8類型ほど禁止しています。
このように、今回の法令は、すでに独占的な地位を築いている会社がさらにその地位を確固たるものとするために、他の企業の成長を妨げ芽をつぶすことを禁止するもの。その目的自体は独占禁止法の趣旨には沿っているものです」
江﨑弁護士が続ける。
「他方で、法体系という観点では、今回の法令の規定は極めて異例です。ザックリいえば、独占禁止法は独占的な地位にある事業者が、他の事業者をその影響力を使って排除しようとすることを禁止するという趣旨。ただ、今までの独占禁止法では、実際にそれが適用される場面において、具体的な事例においてどこまでが競合する市場なのか、各条件に該当するのかどうかの認定は極めて難しく、一定の幅を持たせるよう抽象的な規定になっています。
今回の法案は、挙げられた事例では、過去の国内外の例によって一定程度違法性が裏付けられた類型ではあるものの、一定の行為を違法と決めつけるものであり、その意味ではかなり異例の法律です」
グローバル市場に伍する体制づくりに意欲
一定の行為を「違法」とする、ターゲット企業に対してかなり厳しい側面もあり、そこには今回の新法成立にあたり公取委のより強い姿勢がにじむ。
こうした実質的な権限拡大と併せ、公取委は「現状では組織体制が不十分だが、今後、新法を実効的に運用していくために、しっかり整備していきたい」と明かし、グローバル化する市場に伍(ご)する体制づくりへの意欲も示す。
巨大企業は規制強化から生まれるのか…
着々と権限を拡大し、存在感を高める公取委。この動きこそクールに見つめる江﨑弁護士だが、これに伴う”規制強化”が世界に後塵(こうじん)を拝する日本の競争力増強につながるかについては懐疑的だ。
「独占を禁じることはある程度必要ですが、独禁法を拡大するだけではしょせん、規制するだけでイノベーションにはつながりません。私の知る限り、自由競争市場において、GoogleやAppleといった巨大企業やサービスが、他の企業を規制することによって生まれたということは歴史上なかったと思います。
これらはイノベーションによって生まれたもので、今回の規制によって生まれるのは全て二番手以降の会社でしょう」
権力を振りかざし、たとえ一番手で環境整備しても、競合企業が自ら革新的な技術やサービスを生み出さなければ、ライバルは超えられない。それが資本主義の原理原則だ。その上で、今回の動きについて江﨑弁護士は以下のように警鐘も鳴らす。
「少し専門的な話になりますが、かつては知的財産権(独占を許す法律)と競争法は互いにぶつかり合う関係にあると信じられていました。ところが、現在ではその考え方は完全に否定され、経済を成長させるための両輪であると位置づけられています。
ただ、一定の独占的な行為を規制することによって競争者を生み出したとしても、それだけでは新たなサービスは生まれません。
新たな市場を生み出すようなテクノロジーやサービスの成長は、ディープラーニングのようなブレイクスルーであったり、逆になにか障害があったときにそれを乗り越えたり…そういったものによるものだと思います。
一番手だからと言って規制しすぎると、安易に二番手、三番手の位置を狙うビジネスができます。そうではなく、本当のブレイクスルーが生まれるためには、競争法が安易に介入してはいけない面もあります。今後、公正取引委員会が膨張傾向にあるとすれば、そういったことにならないように注意深く見守るべきと思います」
巨大IT企業に刃を向ける形で設立された今回の法案。これが日本企業に対する単なる甘やかしでないことを証明するには、日本企業に世界の目がむくような、技術やサービスを生み出すしかない。ただ、公正取引委員会がそのためにどのような役割を果たすか、また過剰な権限行使にならないか、今後を注視していく必要がありそうだ。