日本には経済事情から、体に不調があっても医療機関に行くことや治療を続けることを諦める人たちがいます。2016年に行われた医療機関を対象とした調査(※)によると、患者の経済的な理由での治療中断があったと答えた数は全体の4割にも及びました。
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参考:経済的理由で治療中断「あった」が4割 - 患者負担増や労働環境悪化で受診抑制傾向 [患者受診実態調査]|Web医事新報|日本医事新報社(外部リンク)
お金がなくても無料、もしくは低額で医療機関を利用できる制度が日本には複数あるのですが、どこが管轄している制度なのか、またその前提や条件なども分かりづらく、求めている人に届きづらいのが実情です。
そんなときに頼れるのが、各医療機関の相談室等に在籍する医療ソーシャルワーカー(※)と呼ばれる人たちです。
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ソーシャルワーカーとは相談員として支援を行う仕事の総称。医療や福祉などさまざまなジャンルのソーシャルワーカーがいる。医療ソーシャルワーカーは医療行為を行わない
医療ソーシャルワーカーの業務は多岐にわたる。画像提供:公益社団法人日本医療ソーシャルワーカー協会
公益財団法人日本医療ソーシャルワーカー協会(外部リンク)の理事を務め、自らも帯広協会病院で医療ソーシャルワーカーとして働く田巻憲史(たまき・のりふみ)さんに、医療ソーシャルワーカーの仕事内容や、困ったときに使える制度についてお話を伺いました。
医療に関する相談を幅広く受け付ける、医療ソーシャルワーカー
――まず、医療ソーシャルワーカーとはどんな仕事なのか、教えていただけますか?
田巻さん(以下、敬称略):医療機関の相談室や、介護老人保健施設などに所属し、患者さんの経済的な問題、心理的な問題、社会的な問題解決の手助けをする仕事になります。
対応する分野は多岐にわたるのですが、患者さんが医療費や生活費に困っている場合に福祉や保険などの諸制度を活用できるよう支援したり、入院している方が退院する際に、介護サービスを受けられるよう支援をしたり、患者さんの職場や学校と調整を行い、復職・復学が円滑に進むようにしたり、病気の告知を受けて不安を感じている方の相談に応じることが主な業務になります。
オンラインでの取材に応じてくれた田巻さん
――イメージとしては、医療機関経由で困っている患者さんを行政や福祉につないでいくようなお仕事なのでしょうか?
田巻:もちろんそういったケースもあるのですが、私たちが直接対応をすることもあります。医療機関でもなく、行政でもない、そんな狭間にあるような問題に対応をすることが多いかもしれません。
――具体的にはどのような例がありましたか?
田巻:例えば、犬を飼っている一人暮らしの方が入院をするといったケース。ペットは家族同然なので、心配で入院ができないという人がいました。親族などがいれば一時的にお世話をしてもらうことができますが、そういう親族もいなかったり、経済的に余裕がなかったりすると、誰がどう対応すればいいのか分からないですよね。
過去に当院で対応した例でいうと、応急的に医療ソーシャルワーカーがご自宅に訪問しお世話をしつつ、地域包括支援センター(※)と連携して、対応策を模索し、民間の支援団体とも協力しながら、乗り越えたということがありました。
入院当初は収入状況の確認が困難で、手持ちの所持金もわずかだったため、支払いは保留とし、後日収入状況を確認の上、無料低額診療を利用することとなりました。
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住民の健康の保持や生活の安定のために必要な援助を行うことにより、その保健医療の向上、および福祉の増進を包括的に支援することを目的とする施設
――本当に幅広い業務を担当されているのですね。医療ソーシャルワーカーになるには資格が必要なのでしょうか?
田巻:必須となる国家資格は存在しないのですが、医療機関で働く場合は社会福祉士、精神科のある医療機関の場合は、精神保健福祉士の資格を求められることが多いです。当協会でも社会福祉士を基礎資格としています。
医療ソーシャルワーカーになるための一般的なフロー
――田巻さんご自身は、なぜ医療ソーシャルワーカーになろうと思われたのですか?
田巻:僕が大学生の頃は、いじめの問題がいろいろと起きている時期でした。そこで子どもの心の問題に関わりたいと思っていたのですが、自分の考えている関わり方でもっとも理想に近かったのが、医療ソーシャルワーカーだったんです。
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治療費のことは一旦考えず、まずは医療機関に来てほしい
――やむを得ず医療費が支払えないという事態が発生した場合は、医療ソーシャルワーカーに相談すればいいということなんですね。
田巻:はい。医療ソーシャルワーカーが所属している医療機関の多くには、院内に相談室が設けられており、心配な点があればそこで相談ができる仕組みになっています。あとは医療機関の医師や看護師さんに相談してもらえれば、相談室につないでいただくこともできるはずです。
経済的な理由で治療を諦めなくてもいい制度が、日本にはいくつか存在する
――経済的に困窮している人が、医療で使える制度にはどんなものがあるのでしょうか?
田巻:いくつかあるのですが、まず社会福祉法人の医療機関が提供する制度に無料低額診療事業というものがあります。これは経済的な理由によって、必要な医療を受ける機会を制限されることがないよう、無料または低額な料金で診療を受けられる仕組みです。
――無料低額診療事業の対象となるのは、具体的にはどんな人なのでしょうか?
田巻:基本的には社会福祉法の中で規定されているのですが、減免の基準となる収入などの諸条件は医療機関が作るように定められています。一般的には生活保護となる収入基準の1.2倍~1.4倍程度の方が対象になるところが多いでしょうか。
あとは、収入自体は多くても支出の多い方や、収入が微妙なラインの方などは各医療機関の判断になると思います。
――その他にも、制度はありますか?
田巻:自治体が主導で行っているものでいうと、生活保護制度があります。国が定める基準に世帯収入が満たない場合、不足する分を保護費として受給することができる、憲法が定める健康で文化的な最低限度の生活を保障するものです。
生活保護世帯であれば、医療費は基本的にかかりません。自治体の福祉事務所に相談することで受給ができるようになります。
生活保護制度で受けられる扶助の一覧。R5.5生活保護制度に関するQ&A|厚労省(PDF/外部リンク)をもとに編集部作成
田巻:国主導のものですと国民健康保険法の第44条に、特別な理由があった場合は一部負担金の減免を行うという制度があって、これを「国保減免」といいます。対象となるのは主に災害、倒産、失業などによって収入が下がった方などです。
――このような制度は、医療費が支払えなくて困っている人に対して、十分に知られていると思いますか?
田巻:生活保護の認知度はそれなりにあると思いますが、それ以外の制度については、一般の方はそれほど知らないのではないかと思います。大々的に宣伝がされているわけではありませんし、経済的に困っている方の中には、スマホを持っていないなど、情報収集が苦手という方も多いと思うので、なかなか認知がされていません。
医療ソーシャルワーカーに相談していただければ、伝えることができるのですが、そもそもの医療ソーシャルワーカーの存在自体もあまり知られておらず、困っている人にリーチできていないのが現状です。
――その理由をどのように分析されていますか?
田巻:医療機関が患者さんに対して経済的に困っていることがないか積極的に聞いているわけではないこと、医療ソーシャルワーカーの人員配置が十分でない医療機関が多いため、医療費の支払いに困っている人への対応が手薄になってしまっていることなどが挙げられると思います。
――経済的に困っていることを周囲に言いづらいという、心理的なハードルもあるかもしれませんね。
田巻:そうですね。医療ソーシャルワーカーについて知っていて、まっすぐ相談室に来る方というのは少ないです。医師や看護師にお金に困っていることを話してくれて初めて分かるという感じです。お金について話すというのはなかなか勇気がいりますよね。
とりあえず来ていただかないと相談にすら乗れません。そういった方は、支払いを踏み倒すくらいの気持ちがないと、医療機関に行くことすらしないので、アウトリーチすることが難しく、誰かが状況を把握する以外に方法がないのが現状です。
言いづらくて我慢している方も多いと思います。限界を超えてしまったら元も子もないので。お金がなくても、まずは医療機関に来て窓口で相談してほしいですね。
また、近くの医療機関に医療ソーシャルワーカーがいない場合、各都道府県に医療ソーシャルワーカー協会がありますので、ご連絡いただければと思います