古いお札はいつから“使えなくなる”?「新紙幣発行=タンス預金のあぶり出し」説の真偽とは【弁護士解説】

7月3日から新紙幣が発行され流通が始まっている。早くも新紙幣発行に便乗して、高齢者の旧紙幣を狙った詐欺の被害が報告されている。また、キャッシュレス化が進んでいるさなかでの改刷に、一部では「タンス預金のあぶり出し」という説もまことしやかに囁(ささや)かれている。

実際のところ、現在流通している旧紙幣はいつまで使えるのか。法的な制限や事実上の制限はないのだろうか?

旧紙幣はいつまでも「通用する」が…

旧紙幣の使用について、法律の規定がどうなっているのか、荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。

荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所提供)

荒川弁護士:「結論からいうと、法律上、旧紙幣はいつまででも通用します。

日本銀行法46条は、日本銀行券つまり紙幣について『法貨として無制限に通用する』と定めています。無制限にというのは、何枚でも、かつ、いつまででもOKということです。

ちなみに、日本銀行のHPで、使える旧紙幣の一覧を確認できます」

日本銀行のHPを確認したところ、たしかに『現在発行されていないが有効な銀行券』のページがあった。最古の紙幣は明治22年(1889年)発行開始・昭和33年(1958年)発行停止の『武内宿禰(たけのうちのすくね)の1円札』だった。

それらの旧紙幣は、どこへ行けば新紙幣に換金してもらえるのか。

荒川弁護士:「旧紙幣は日本銀行(日銀)の本店または支店へ行けば換金してもらえます。

たとえば、1986年1月に発行停止した『聖徳太子の1万円札』や『伊藤博文の1000円札』も、日銀の本店か支店の窓口へ持っていけば、新紙幣に交換してもらえます。『1円札』や『百円札』も同様です」

日銀は本店と32の支店しかない。最寄りの銀行では換金してもらえないのか。

荒川弁護士:「日銀以外の銀行では、いったん預金口座に入金する方法があります。ATMならば2代前までの1万円札、5000円札、1000円札に対応しているところが多いです。

それ以外の旧紙幣だと、窓口へ持って行って預金する方法があります。一応『換金』も対応してもらえるとは思いますが、手数料がかかることがあります」

旧紙幣が事実上「使えない」ケースとは

このように旧紙幣は、法律上はいつまでも通貨として通用する。

とはいえ、実際に市中で買い物や食事などをして、旧紙幣で支払いをしようとした場合、店によっては難色を示されるのではないか。

荒川弁護士:「買い物や食事をした場合、代金支払い義務が発生します。これは店側からみれば『金銭債権』にあたります。

金銭債権の支払いの方法については、民法402条1項本文で『各種の通貨で弁済をすることができる』と定められています。つまり、原則として旧紙幣で支払いをすることは自由です。

しかし、同条1項には『但し書き』があって、『特定の種類の通貨の給付を債権の目的としたときは、この限りでない』と定められています。

つまり、店側で、新紙幣での支払いのみ受け付ける旨を貼り紙などで掲示していた場合には、それが契約の条件になっているので、店側は旧紙幣での支払いを拒むことができます。

なお、最近はキャッシュレス決済しか受け付けないことを明示する店も増えてきました。これも契約自由の原則から有効です」

では、そのような条件を店側が明示していなかった場合はどうなるだろうか。店側が旧紙幣での支払いを拒んだら、トラブルが発生することも予想されるが…。

荒川弁護士:「民法402条2項では『弁済期に強制通用の効力を失っているときは、債務者は、他の通貨で弁済をしなければならない』とあります。

前述のように、法律上、旧紙幣は『無制限の通用力』をもつので、旧紙幣での支払いは原則として有効です。店側は旧紙幣での支払いを受け入れなければなりません。

もし店側が拒絶した場合、客は『支払いとしてすべきことを完了した』ことになるので、債務不履行責任を負いません。

ただし、これは客側にとっても店側にとっても面倒なことになります。実際には、店側も客商売ですので、渋々ながらも結局は受け入れるしかないのではないでしょうか」


新紙幣の流通は着々と進んでいる(Yotsuba/PIXTA)

結局、「タンス預金のあぶり出し説」の真偽は?

このように、旧紙幣は法律上は無限の通用力をもつ。また、最寄りの銀行へ持っていけば、預金してから引き出すことによって事実上、新紙幣への換金もできる。

店でもある程度は使えるし、もし使えなかったとしてもいったん銀行で「換金」すれば問題は解決する。

しかし、一部でまことしやかに囁かれている説がある。「キャッシュレス化が進むなか、あえて国がコストをかけて新紙幣への改刷を行ったのは、高齢者のタンス預金をあぶり出すためではないか」というのだ。

この、いかにもな巷説の真偽のほどはどうか。

荒川弁護士:「ここまで説明してきたように、旧紙幣は今後も、多少の面倒はあるかもしれませんが、ちゃんと使えます。タンス預金だったとしても、銀行へ持っていけば問題ありません。

もし、支障があるとすれば、タンス預金になんらかの後ろめたい事情、つまり銀行に預けておくと法的責任を問われるおそれがある場合でしょう。たとえば、脱税のための所得隠しなどです。

大量の旧紙幣を換金する場合、なんらかの形で銀行を通す必要があります。窓口で預金または新紙幣への換金を行えばその履歴が残ります。ATMで少しずつ入金する方法はありますが、入金記録が積み重なれば『この入金の出どころは何?』ということになります。

その意味では、『タンス預金のあぶり出し』という機能はあるかもしれません。しかし、単なるタンス預金であれば、新紙幣への改刷による深刻な支障は生じないと言ってよいでしょう」

どうやら「タンス預金のあぶり出し」説はいまいち説得力に乏しく、都市伝説の域を出ないようである。ただし、荒川弁護士は、タンス預金は断じておすすめできないという。

荒川弁護士:「タンス預金は、火災や自然災害、盗難などに遭った場合のリスクが大きすぎます。

それらの被害に遭った場合、そのお金が実在したことの立証がきわめて難しいのです。もしタンス預金があれば、とりあえず一日も早く銀行に預けることをおすすめします」