幼稚舎から慶應。局アナになった25歳イケメンが、狙っている女性に絶対知られたくない秘密

◆前回のあらすじ

大手機械メーカーで研究職をする梨香子は、食事会で出会った年下の人気若手キャスター・慎二からアプローチを受けている。しかし梨香子は、テレビに出演する有名人の慎二とは釣り合わないのでは…と怖気づき、なかなかその答えを出せないままでいた。

▶前回:慶應幼稚舎出身の爽やか男子が、地方出身の地味系女子27歳に夢中になる意外なワケ

キャスターの男/梨香子(27歳)の場合【後編】



夏の日差しのまぶしい、新江ノ島水族館のエントランス。

どうやら何気なく言ったひと言が慎二の表情を曇らせてしまったようで、心当たりが全くない梨香子は戸惑いを覚えていた。

― 大丈夫かな。ちょっと心配…。

いつも明るい慎二の、見せたことのない顔。

いつもとは違う一面を見たことで、梨香子の胸は意図せず高鳴る。けれど、家族連れやカップルで賑わうなかで、ひとり沈んだ表情を浮かべる慎二は明らかに浮いていており、今はとにかく慎二に笑顔を取り戻してほしいと思うのだった。

「もしかして、言葉遣いを指摘したのがいけませんでしたか?ごめんなさい、プロに対して素人が…」

恐る恐る梨香子が尋ねると、慎二はスイッチが入ったように急に明るい笑顔に変わった。

「いいって!プロとかさ、そんなこと言わないで。梨香子さんには、俺のことキャスターの自分ではなくひとりの男性として見て欲しいんだ。気にしないでよ!」

「ならいいけれど…」

「梨香子さん、クラゲ見にいこ!」

いつもの強引さで、慎二は梨香子の手を取る。

その笑顔にはやはりぎこちなさはあったものの、ひとまずほっとした梨香子は、その手をぎゅっと握り返したのだった。

水族館では、暗がりということもあり、人目を気にすることなく楽しい時間を過ごすことができた。

そして、夕暮れも近くなってきたころ。梨香子と慎二が夕食のために訪れたのは、水族館の目と鼻の先にある『焼肉ぽんが 江ノ島店』だ。

湘南の海と江の島を一望できるカウンター席で肩を並べ、同じ鉄板を囲みながら、同じ景色と味わいを共に楽しむ。

「すごくおいしいね」

慎二は素直に味の感想を述べながら、名物のたたみネギタンに舌鼓をうつ。山盛りご飯の上にA5ランクの黒毛和牛をのせて食べる豪快さも可愛らしくて、梨香子はそんな慎二の姿を愛おしく感じている自分自身に気づいていた。

― 惹かれているなら、もうはっきり決めるべきだよね…。



目の前に広がるのは、グラデーションパープルのサンセット。言葉を失うほどの美しさだ。

しかしその景色は、いまだどっちつかずの状態で移ろう、梨香子自身の心を映し出しているようにもみえてしまう。幻想的な美しい光景にもかかわらず、自分の不甲斐なさを突きつけられているようで、梨香子は思わず目を伏せた。

「どうしたの…?」

「ううん。私には、この景色がもったいないような気がして…」

「そんな…。ちゃんと見て欲しいよ」

慎二は、梨香子の顔をしっかりと捉えた。

「俺はね、梨香子さんにこの景色を見せたくて、ここに連れてきたんだ」

「私のために…?」

「梨香子さんと、これからもこういう絶景を一緒に見に行きたい。だから、俺はいつまでも待つからね」

その、まっすぐな瞳。用意してきたかのような甘いセリフ。

慎二の気持ちに、梨香子の胸は締め付けられる。しかし──やはり結局、結論を言えずじまいでデートを終えたのだった。

「なんでこんなに決められないんだろう…」

梨香子は、帰るなりソファに倒れこむ。心も身体もぐったりしていた。

慎二には、確かに心惹かれている。優しいし、なにより自分のことを愛してくれているのは事実なようだ。

それなのに…最後の一歩が踏み出せないのは、なぜなのだろう?

江の島から車で帰る2時間のあいだに、梨香子の気持ちを伝えるタイミングはいくらでもあった。

それでも口にしようとすると、なぜか無意識のうちにブレーキがかかってしまうのだ。

その理由は、帰宅してひとりじっくり考えてみても、判然としない。

『梨香子さん、帰れた?今日は楽しかったね、おやすみ~』

慎二も部屋に帰ったのだろう。デートのお礼を伝えるLINEが届き、そのメッセージを眺めていると、否が応でも慎二の爽やかな笑顔が脳裏に浮かぶ。結論を先送りにしている自分が、情けなくて嫌になる。

じっとしていると落ち込んでしまう。

そう思った梨香子は気を逸らそうと、日頃はめったにつけないテレビをつけてみる。

しかしどうやらその行動は、逆効果だったようだ。梨香子は思わず目を見開く。

煌々と明るく光る画面には、ついさっきまで一緒にいた───慎二の姿が映っていたのだ。

「うそ…。こんな時に限って、慎二さんが出てる」

それは人気芸人が司会をしている、深夜の情報番組だった。生放送ではないため慎二が出ていても不思議はないが、そのあまりのタイミングのよさには、何か運命的なものを感じざるを得ない。

― これはもしかして、「答えを出すことから逃げるな」っていう、神様からの戒めなのかも…。

そう感じた梨香子は、覚悟を決めてチャンネルをそのままに画面に向き合う。

けれど、その中で繰り広げられる光景に、梨香子はさらなる驚きを覚えるのだった。

「え…?“ポンコツキャスター”って…なに!?」

<<ポンコツキャスター・きのしたしんじくん>>

テロップにでかでかと表示され、斜めがけのタスキにもかかれている。

梨香子はこれまでに一度だけ、慎二が出演しているニュース番組のお天気コーナーを見たことがあった。けれど、その時の慎二は、与えられた原稿を淡々と読む程度で、さほど印象に残っていない。

だけど、この番組では…。

とっさに感じたのは、「慎二が可哀そう」という想いだ。“ポンコツ”だなんて、侮辱の言葉以外のなにものでもない。

けれど…画面の中の慎二の仕事ぶりをしばらく眺めているうちに、梨香子はだんだんと納得しはじめる。

「かいろう…いや、エビがぷりぷりで、まさにエビって感じ!ヤバいくらいにすごくとってもおいしいっす」

目の前のエビチャーハンを食レポする慎二は、一生懸命ではあるのだろう。けれど、いつもの喋り口調が抜けないままで、漢字の読み間違えも多く、何を聞かれてもアタフタするばかりの慎二は、完全に出演者たちに笑いものにされている。

もし慎二と知り合いでなかったら、そのプロらしからぬ喋り方や間違いの多さに、梨香子だって「仕事をなめているのでは?」と嫌悪感を抱いただろう。

はっきり言って、慎二のキャスターとしての能力はそういうレベルだった。もしかしたら“ポンコツキャスター”という呼称も、制作サイドが慎二を活用するために捻り出した気遣いのようなものなのかもしれなかった。

― 「キャスターとしての自分ではなく、ひとりの男性として見て欲しい」…って、そういうことだったんだ。

梨香子は、慎二の言っていた言葉を思い出す。

あの時は深く考えなかったものの、こうしてテレビの中の慎二を見た後だと、彼の秘めたるプライドの高さが感じ取れるような気がした。



エリートとして温室の中で育ってきた慎二のことだ。きっと、今の自分の立ち位置には納得していないはず。デート中、ポロリと悩みを吐露した時の淀んだ表情が、それを物語っていた。

梨香子は判ってしまった。自分が彼に違和感を持ち、踏み出せなかった理由を。胸の中を覆っていた雲が一気に去っていったような気分になった。

仕事ぶりに幻滅したワケではない。

美女ぞろいの食事会で、地味な梨香子にアプローチしてきた理由は、きっと梨香子が「テレビはほとんど見ない」と言っていたからなのだろう。

キャスターとして実力を発揮できない自分を、知らない人と付き合いたい。

慎二がそう考えていたと仮定すると、熱烈にアプローチしてきてくれたことも、出演番組を見て欲しくなさそうだったことにも説明がついた。

だが…梨香子はその残念な仕事ぶりをいま、知ってしまった。

次に会う時、どうしても同情と心配をはらんだ目で慎二を見てしまう。思わず心配で「仕事、大丈夫?」そんな言葉をかけてしまいそうな恐れもある。

― だけど、そういう気遣いは望んでいないだろうな。きっと、恋人には尊敬されたい人で…。

『キャスターとしてではなく、ひとりの男性として見て欲しい』

慎二の言っていた言葉は「本当の自分を見て欲しい」という意味かと思っていたのに、実はまったく反対の意味だったことに、梨香子は心底がっかりしてしまう。

― 私は、好きな人とは本音で向き合いたいのに。

高級外車に乗っていることよりも、素敵な景色のレストランに連れていってくれたことよりも、甘いセリフを囁いてくれることよりも…梨香子は慎二の、弱さが滲みでるような憂いを帯びた横顔にドキッとしたのだ。

慎二とのデートから帰ると、なぜかいつも気疲れでぐったりしてしまっていたのは、慎二が梨香子の前で去勢をはっていたからなのだろう。

精一杯カッコつけることで仕事で不甲斐ない自分を隠し、精神のバランスを取っているのかもしれない。

だけど、もしそうだとしたら…。そんな慎二の複雑な想いを背負いきれる自信は、持てそうになかった。

「エビチャーハンの美味しいお店、会社の近くだ。行ってみようかな…」

気がつけば梨香子は、テレビを見ながらそんな独り言を呟いていた。

いつのまにか番組に没入している自分がいる。

画面の中の男性は、もはや梨香子にとってはデート相手の慎二ではない。遠い画面の向こうの完璧な他人──“キャスターの木下慎二”でしかなくなってしまっていた。

『大変申し訳ありませんが、今は仕事がいちばんで、恋愛は考える余裕がありません。慎二さんは、私にはもったいない人です。これからも画面越しで応援させてください』

梨香子は夜通し文章を考えて、太陽の昇る頃にメッセージを送信する。

慎二のプライドを傷つけぬよう、何度も推敲した結果、どこかのコピペのような丁重な断り文句になってしまった。

しかし、正直な理由でもあり、考える限りの最適解であった。

『そっか。残念。困らせてごめんね。気持ちがひと段落したら、またあそぼ!』

すぐに返って来たメッセージに、梨香子はほっと胸をなでおろす。意外に明るい文面も彼の虚勢であることが、今の梨香子は理解できた。

慎二には、自分の苦悩や弱みも全てさらけだせる素敵な人が、この先きっと現れるだろう。

梨香子は彼の成長と幸せを願いながら、そっと眠りについたのだった。



▶前回:慶應幼稚舎出身の爽やか男子が、地方出身の地味系女子27歳に夢中になる意外なワケ

※公開4日後にプレミアム記事になります。

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