横須賀の市街地から離れた場所にあり、将来の幹部自衛官を養成する防衛大学校(防大)。屈強な男子ばかりの世界というイメージがあるが、実は学生の約1割は女子が占める。1992年に最初の女子学生を迎えて以来、30年余り。これまで1000名あまり女子が、防大の門をくぐった。
彼女たちは、どのような思いで幹部自衛官を志し、どんなキャンパスライフを送っているのだろうか? 『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)の著書もある、防大出身の著述家の松田小牧さん(@matsukoma_yrk)にうかがった。
◆金銭的な事情で入校する人が多い
松田さんは、2007年に入校した防大55期生。当時、防大の女子学生は全体の7%ほどであったという。幹部自衛官を目指すからには、さぞや国防意識の強い若者たちかと思ったら、それは少数派なのだそうだ。では、女子が防大に入る動機は?
「私もそうでしたが、金銭的な事情で入校を決心する人が多く、約半数にのぼります。実は防衛大学校は、学費がかかりません。逆に給料が出ます。月13万円ぐらいで、年に約42万円の賞与も出ます。1部屋8人の全寮制で、寮費はかからず、電気、ガス、水道の料金も無償。食堂で出される食事も無料です。
この点が、ときには防大を選ぶ決定打となるのです。中には娘を大学に行かせたい親御さんが、費用面で難しいから防大をすすめるパターンもあれば、『大学に進学しなくていい』と言われた娘さんが、でも進学したいから防大に来たというパターンもあります。
ほかの動機としては、自衛隊員の親・兄弟の影響を受けてという人もいます。また、災害派遣や国際情勢のニュースを見て、自衛隊に憧れをもったという人も。他の大学を志望したけれど、落ちたから来たという消極的理由の人もいます」
◆飲食費で給料がほとんど飛ぶ
生活費がほとんどかからないうえに、給料まで出るのなら、卒業時には結構貯金できている?……と思ったら、そうでもないという。
「防大でたくさん貯金したという話は、聞いたことがないです。おそらく誰も、そういう考えをもたず大学生活を送ったと思います。平日は外出ができませんし、お金を使うのは休日くらい。そんな休みの日は、横須賀市街に繰り出すなどして飲食でお金を結構使います。
特に、上級生が下級生をおごる気風があって、後輩を連れてご飯を食べに行くと全部払って、給料だけでは足りなくなる時もあります。ちなみにアルバイトは禁止です。それ以前に、アルバイトをする暇がないくらい忙しいです」
◆最初の数日で1割辞める世界
最近の調査によれば、日本の大学生が卒業を待たず中退する率は約1割。これに対し、防大に限ってみると、これよりもっと多くの学生が辞めてしまうそうだ。
「防大で生活を始めるのは4月1日ですが、正式な入校式は5日です。この数日間は、いわばお客様扱い。上級生が厳しく接してくることはありません。ですがその間、2年生に対しては厳しい態度を見せつけるのですね。それで震え上がって、即辞めてしまう新入生が続出します。私が2007年に入校した頃は、男女合わせ約520名いたのが約470名へと、最初の数日間でいきなり1割近く去りました。
入校時の退校ラッシュの後も、少しずつ減っていき、卒業までにさらに1割がいなくなります。コロナ禍の間は辞める割合が特に高く、1年生のうちに2割ほど辞めたと聞きます。そうして辞めた人の少なからずは、浪人してほかの大学を目指します」
◆朝から晩まで息つく暇もないほど忙しい
防大生の日常といえば、肉体的な訓練に明け暮れる姿を想像するが、意外にもそうではないという。松田さんは、あくまでも「学業が主体」だと話す。
「防大には、人文系が3学科、理工系が11学科あって、航空宇宙工学科は特に人気です。私は、人間文化学科で心理学を学びました。カリキュラムは他の大学とそう変わりませんが、国防論や統率論といった防大ならではの課目もあります。
防大生の平日は、朝6時の起床から始まり、夜は10時15分までの自習時間でしめくくりです。授業がない時間帯は、休憩のようになりますが、それ以外はびっしりとやるべきことで埋まっています。夏休み、冬休みはありますが、他の大学よりだいぶ短いです。なおかつ夏は、訓練だけの1か月があります。1年生ではすごく汚れた東京湾を8キロも泳いだりしました。
2年生になると陸、海、空と分かれるのですが、陸は銃を持って走り、海はカッターと呼ぶ手漕ぎボートを操ったりと、どれもキツイものです。陸上要員では、きわめつけが4年生の夏に行われる、101キロ行軍です。3日間、夜の山を歩いて、4日目の朝に敵陣に突撃するのですが、あれはしんどかったです。どの訓練も、負荷は男女ともに同じ。筋力はどうしても劣る女子だからといって、手加減はないです。逆に、学業に関しては女子の方が、圧倒的に成績優秀です」
◆容赦ない指導でメンタルを病むことも
防大生にとっては、たまの訓練よりも、精神的なキツさのほうが余程こたえるようだ。それは主に、上級生からの容赦のない指導。ときには𠮟責を伴い、これで挫けそうになる学生は数多い。
「日々の掃除の手順を間違えた、配膳の仕方が甘い、上級生に敬意がないなど、もう本当に些細なことも含め、朝から晩まで何度もあります。廊下を掃除していた同期が注意され、私が連帯責任で腕立て伏せをやらされたりとか。1年生の間は、怒られない日はなかったほどでした。
今は指導も改善されてきていると聞きますが、それでも理不尽な指導で、メンタルを病んでしまったりとか、自傷・自死に追い込まれた人もいます。自分で自分を追い込んでしまうタイプは、そうなりやすいのです。同期はみんな仲間ですし、誰かに相談してくれれば状況は変わったかもしれないと思うと残念です」
◆ハードルが高すぎる防大生の恋愛
厳しい教育環境のなか、防大女子の恋愛事情はどうなっているのか? やはりという感じだが、恋愛中心とは縁遠い日常のようだ。
「そもそも防大女子は、なかなか防大生ではない男子との出会いがありません。そして防大生同士の恋愛は、大っぴらにはできず、かつては学内の恋愛を撲滅するという非公式の委員会があったほどです。
それもあって、化粧は禁止ではないですが、4年間、みんなすっぴんで通します。休日に髪を下ろして化粧すると、『誰だかわからなかった』と言われることも。それでも年頃なので、防大生同士で恋に落ちる人はいます。寮や部活動、休日の飲み会がきっかけとなることが多いです。
普段は就寝後に布団をかぶってスマホの光が漏れないようにして、お互いやりとりする地味なお付き合いです。学内でイチャイチャしているのが発覚すると、厳しく指導を受けます。さすがに、強制的に別れさせるとかはありませんが……」
◆引き留めの嵐に遭う任官拒否
厳しい規律のもと、学業と訓練に邁進し晴れて卒業した後は、幹部候補生学校への道が待っている。この卒業前後がまた、防大女子には悩み多い時期だという。
「防大生はいずれ、自衛官として任官するのが前提です。それでも任官拒否は、毎年一定の割合で出てきます。景気のよしあしなど外部要因も影響します。その意思表示をすると、指導教官からの引き留めがすごいです。私も任官拒否を考えましたが、説得に折れました。幹部候補生学校は横須賀から遠く、陸は福岡県、海は広島県、空は奈良県です。いずれも、実践的な訓練がもっぱらで、1年足らずで卒業し、幹部自衛官のひよことなります。
私は結局、幹部候補生学校を中途で辞めました。自衛隊のことをまったく知らなかった私が防大に入り、自衛隊の重要性を知った一方で、『なぜ日本では社会と“軍事”が切り離されているのか』に疑問を持ちました。それを知るためには自衛隊にいてはわからない、別の世界を見てみたいという思いが募ったからです。
あとは、こんな迷いを持つ私が30人もの隊員を部下にもつ小隊長として、やっていけるのだろうかといった思いも正直に言うとありました。金銭的な理由もあいまって入校したものの、その頃には実家の家計が落ち着いたというのもあります」
◆根深く残るハラスメントという問題
松田さんの同期で、今も女性自衛官として活躍しているのは、防衛省で情報を扱っている人、北海道で中隊長を務める人など様々だという。ただ、任官後もすいすいとキャリアを築けるとは限らない。松田さんは、多くの女性幹部自衛官に取材し、共通する声を聞いている。
「とくに結婚し、子どもができてからは職務との両立が大変です。時間的拘束はあるし、転勤族なので、家事・育児で困難に直面します。実家の親の助けで、どうにかなっている人がほとんどですね。離婚するケースも少なくありません私の周りでは、特に若くして結婚した人はその傾向が強いです」
家庭との両立のほかに、上官や同僚からのパワハラやセクハラという問題も、松田さんは指摘する。
「今は減ってきているようですが、『お前、使えない。本当に幹部なの。もう辞めてしまえ』を連発するといった、あきらかにアウトな事例は結構あるようです。セクハラもよく聞きます。学生時代の延長線的なノリで酒席で騒いで、酔っ払った勢いで女性隊員の胸を触ったりとか。
セクハラはわかりやすいのですが、パワハラは、線引きが難しいことも多いのです。例えば訓練で、不意に危ない行動をした隊員に思わず手が出て、『お前、バカか。死ぬぞ、ボケ』と言ってしまうのは、はたしてパワハラかという問題があります。一方、パワハラだと騒ぎたてて、幹部の将来をつぶしてやろうと考える部下もいたそうです。自衛隊では、厳しい言動はどこまで許容されるかという点は、深く議論する必要があります。それは今後の課題のひとつです」
<取材・文/鈴木拓也>
【松田小牧】
1987年大阪府生まれ。2007年に防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、2012年、株式会社時事通信社に入社、社会部、神戸総局を経て政治部に配属。2018年、第一子出産を機に退職。その後はITベンチャーの人事部を経て、現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。著書に『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』『定年自衛官再就職物語 – セカンドキャリアの生きがいと憂うつ -』(いずれもワニブックスPLUS新書)がある。
X:@matsukoma_yrk
【鈴木拓也】
ライター、写真家、ボードゲームクリエイター。ちょっとユニークな職業人生を送る人々が目下の関心領域。そのほか、歴史、アート、健康、仕事術、トラベルなど興味の対象は幅広く、記事として書く分野は多岐にわたる。Instagram:@happysuzuki/