美しき海辺のピッツェリア「フェルメンコ」 極上のピッツァができるまで

スカイブルーの海と白い砂。静岡県下田市の入田浜海岸は、神々しいほど美しい。この絶景を望める古い一軒家にピッツェリアがある。店の名は「フェルメンコ(FermenCo.)」。オープンテラスから見える白い漆喰(しっくい)の窯が目印だ。「バカンスを楽しみに」「ピッツァを味わうために」人々が集う。行き交う人々と気軽にあいさつを交わす店主たちが、いつでもゲストを温かく迎えてくれる。

サワードウピッツァの先駆け


シグネチャーメニューの「フェルメンコ」(¥2300)©FermenCo.

フェルメンコのピッツァは、自然発酵させた天然酵母の「サワードウ」を使っているのが特長だ。よく使われているドライイーストと違って、サワードウを使うと発酵過程で増える乳酸菌のおかげで、ほどよい酸味が感じられる生地になる。消化もしやすく軽い食べ心地なので、女性でも1枚ペロリと食べられてしまう。

サワードウは、欧米では以前から盛り上がりを見せており、古代エジプトにおいてはパン作りに欠かせない種菌だった。日本でもサワードウを使ったパンはあるが、ピッツァとなるとまだ少なく、フェルメンコはサワードウのピッツェリアの先駆け的存在ともいえる。

静岡県下田市という自然豊かなロケーションを生かし、野菜や卵、はちみつ、いちごは生産者から直接、しらすやカラスミは沼津港から仕入れている。店一番人気の「下田ブルーのビスマルク」は、通常の卵よりオメガ3が4倍あるという下田ブルーが使われており、口当たりなめらかなピッツァだ。


トリュフの香りが広がる「下田ブルーのビスマルク」(¥2300)©FermenCo.

店名を冠したシグネチャーメニューの「フェルメンコ」も感動もの。モッツァレラと自家製ザワークラウト、スパイスの利いた自家製サルシッチャ、マスタード、イタリアンパセリというさわやかな組み合わせで、サワードウ生地とぴったり。

もっと生地のおいしさの差を感じてみたければ、食べ慣れているマルゲリータをチョイスするといいかもしれない。今までのピザとは別物、その差に驚くはずだ。


サワードウピッツァはサクサクでふんわりとした軽い食感。写真は「マルゲリータ」(¥1900)©FermenCo.


〈左から〉モッツァレラとミニトマトのカプレーゼ(¥1500)、下田の柑橘グリーンサラダ(¥900)

フェルメンコのもうひとつの特長に、ナチュラルワインとのペアリングもある。ほどよい酸味のあるピッツァとはもちろん、どの一皿とも相性抜群。夏はトロピカルな泡系があり、冬になるとこっくりとした飲み口のワインが入る。

目の前に広がる海景といい、店内に流れる心地よいBGMといい、フェルメンコでの食事は笑みがこぼれること、間違いない。


ナチュラルワインのラインアップは季節によって変わる©FermenCo.

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DJとエステティシャンから富良野のトマト農家に

遠方からのお客さんも多く、毎日笑顔と活気にあふれているフェルメンコだが、ここまで来るには山あり谷ありの物語があった。

まず驚きなのは、店主でありピッツァをつくる佐々木健人さんが、もともと世界各地で活躍するDJだったこと。さらに、フェルメンコのナチュラルワインをセレクトする妻の沙織さんは、エステティシャンだったそうだ。異業種からなぜ海辺でピッツェリアをすることに?


佐々木健人さんと沙織さん、入田浜をバックに

それは2020年にさかのぼる。新型コロナウイルスが猛威をふるい、世界は激変。人々の日常は一変し、都市は静まり返り、マスク越しの会話が当たり前になっていた。そんな中、健人さんと沙織さんは、仕事が一切なくなってしまった。

「人手が足りないんだ」。北海道・富良野でトマト農家をしている沙織さんの兄から一報が入った。「北海道だし、涼しそうだね。やってみようか」。夫婦は都内から富良野へ移り住み、思い切って農業をしてみることにした。

富良野のトマトの収穫時期は、6月上旬頃から10月下旬頃まで。旬は夏で、出荷のピーク。富良野といえども夏のビニールハウスの中は、午前中に40度をゆうに超える。「農業をなめていた……」と猛省した。

「3人で9000本の苗を植えることから収穫、片付けまで全部していたんですが、想像以上に大変で。毎日、トマトの花粉と汗まみれ。あの大変さを知ったら、あとは何でもできるんじゃないかというくらいでした。でも、本当においしいトマトができるので、充実感もありましたね」と健人さん。「メンタルが鍛えられたね」と、ともにがんばってきた沙織さんが健人さんを見て微笑む。

収穫が終わり、冬になると、農閑期になる。ひとまず2人は東京に帰ることにした。