美しき海辺のピッツェリア「フェルメンコ」 極上のピッツァができるまで

スカイブルーの海と白い砂。静岡県下田市の入田浜海岸は、神々しいほど美しい。この絶景を望める古い一軒家にピッツェリアがある。店の名は「フェルメンコ(FermenCo.)」。オープンテラスから見える白い漆喰(しっくい)の窯が目印だ。「バカンスを楽しみに」「ピッツァを味わうために」人々が集う。行き交う人々と気軽にあいさつを交わす店主たちが、いつでもゲストを温かく迎えてくれる。

ピッツァへの情熱が止まらない!

健人さんのピッツァ作りはいつ始まったのか。

「急に始まったのかもしれません。昔から好きだったので、いつか作ってみたいとは思っていたんですけどね」

初めての試作は、なんと自宅キッチンの魚焼きグリルで!

「うまくはいきましたが、ピッツァに必要な要素って高温なんですね。400度以上で焼かないとおいしくできないんです。そこで1分半焼くと水分が残ってちょうどいいんですが、家庭用オーブンだと時間がかかるため水分が飛んでしまいます。ピッツァを仕上げる際に重要なのは窯だったんです」

そんなとき、ちょうどポータブルのピザ窯なるものが世の中に流通し始める。もちろん使わない手はなく、案の定、劇的においしくなった。

「DJもピッツァもお客さんを喜ばせるという点では変わらないけれど、ピッツァは子どもからお年寄りまでいろんな人に喜んでもらえるのがうれしい」と、たしかな手応えを感じていく。


現在、フェルメンコで使われている窯は、100年以上にわたり家族で継承され作られてきたナポリのもの。白い漆喰と青い海がすがすがしいほど調和している ©FermenCo.

しかしサワードウの発酵や味はそう簡単にはいかない。乳酸菌が豊富なため発酵時間が長くなればなるほど乳酸菌が増えて、酸っぱい生地になってしまう。

「まるで人体実験だった」と言う沙織さん。「ちゃんと発酵していない生地を食べておなかが痛くなったことも。嫌になるぐらい、毎日ピザと発酵の話ばかりでしたが、本気なんだなぁって思っていました。でも、コロナ禍という悪状況がなければ、『ピッツェリアをする』なんてアイデアは浮かばなかったかもしれません」と振り返る。

農業に携わったとき、そのおもしろさに目覚めたのは沙織さんだった。そしてワイン好きなこともあり、北海道のワイナリーを見学して回り、ナチュラルワインの魅力にはまっていった。当時のことを沙織さんはこう話す。

「富良野から東京に戻っても、何もやることがなかったんです。だからワイン農家になるのもいいなぁと考えたんですね。でも農業はひとりではむずかしい。そうこうしながら地元に戻ってきたら、なんと駅前にシェアキッチンができていたんですよ。まるで用意されていたかのように(笑)」

何かの導きなのか、シェアキッチンの空きはあと一枠。サワードウピッツァに天然酵母を使ったナチュラルワインのペアリング!? 「やるしかない!」と声をあげた。

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凍えながら窯で暖を取る

そこからはトントン拍子だった。シェアキッチンでは提供するメニューにさらに磨きをかけ、縁あって舞い込んだ下田の物件は内見後すぐに契約。決め手はやっぱりきれいな海。のちにイタリア人のお客さんから「まるで地中海沿いのイタリアだね」と称賛された店前には、水質最高ランク「AA」の海が広がっているのだから。天気のいい日はスカイブルーと白のコントラスト。ここが日本であることも忘れる、ラグジュアリーな異国ムードが漂う。

その頃、沙織さんは妊娠中だった。新たな土地で、新たに事業を始めることに不安がなかったわけではないけれど、悩んでいても無駄。2人は、「うまくいく未来しか想像できなかった」と言う。

大変だった農業経験は、食材の本質を見抜く糧となった。移住したばかりの頃は仕入れ先のツテもなかったが、移住支援サポーターの力を借りるなどして、輪がどんどん広がっていく。

2021年7月21日、フェルメンコはオープンした。


©FermenCo.

最初は、健人さんと沙織さん、スタッフ1人の計3人で切り盛り。「はじめちゃったからにはやるしかない」と意気込むも、緊急事態宣言は延長され、1年目の冬は客足が悪かった。

健人さんは当時を振り返ってこう言う。

「夜も営業していたんですが、ノーゲストの日がありましたね。ここは古い建物なので暖房も壊れたりして……。マッチ売りの少女のように、窯で暖を取ったなんて日もありました。凍えて帰宅する日もありましたが、がんばって続けていると少しずつ認知されていって。今では冬でもお客さんに来ていただけるようになりました」


©FermenCo.