「中小企業白書」によると、2025年までに団塊世代のすべてが75歳以上の後期高齢者となり、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人となる。そのうち、約半数の127万人(日本企業全体の3分の1)が後継者未定だ。
現状を放置すると、中小企業・小規模事業者廃業の急増により、2025年までの累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性がある、と国は懸念している。いわゆる「2025年問題」は目の前に迫っているのだ。
2000年頃は親族内承継が85%程度あり、親族外を圧倒していたが、今は40%程度と極端に減少し、親族内と親族外の比率は拮抗している。そして今はM&Aなど第三者承継も増えているのが、事業承継の実情だ。後継者が不在でどうするかにおいて、第三者承継をせざるを得ない経営者が、今後さらに増大する可能性が強い。M&Aの実態を解説したい。
◆経営者の事業承継が進んでいない
2000年頃の経営者年齢のボリュームゾーンは「50~54歳」であったが、15年後の2015年のボリュームゾーンは「65~69歳」となっており、事業承継せずにそのまま移行しているのが分かる。
そして、2020年でのボリュームゾーンは 「60~64歳」「65~69歳」「70~74歳」に分散しており、2022年も同様の傾向を示しているようだ。 団塊世代の経営者が事業承継や廃業などにより経営者を引退してはいるものの、75歳以上の経営者の割合は2022年も高まっており、事業承継を実施した企業とそうでない企業に二極化しているようだ(2023年中小企業白書より)。
◆事業承継の最近の傾向
子供が事業承継で、家業を継ぐ事は自分がやりたい夢を捨て、家に縛られてしまうイメージを抱く後継者も多い。確かに、会社員として勤め、やりがいのある仕事を任せられていたり、家族を持ち安定した生活で生きがいを持っていたら、それらを捨てるのは相当な勇気が必要だろう。日本は昔から欧米と比べて、開業率が低く、安定志向の人が多いのが特徴だが、ここ最近はリスクを負ってでも起業したいという人も増えている。
そういった中、イチからスタートする起業家よりも、先代から引き継ぐ有形無形の資産を活用したほうがアドバンテージを得られるというベンチャー型事業承継が定着しつつある。新規事業、業態転換、新市場参入など新たな領域に挑戦することで、永続的な経営を目指し、社会に新たな価値を生み出していくというのが定義だが、承継に活用する後継者も増えてきている。
その新規事業を始める際に、M&Aを活用することが増えている。後継者も会社の存続だけでなく、さらなる成長発展を目指し、自分を支える従業員と共に20年後を見据え、どのような会社を買収すればシナジー効果が発揮できて企業価値が向上するかを考えないといけない。また中小企業といえども、コア事業に力を入れながら、新規事業にも参入し、事業基盤の拡大とリスク分散を図り、複数事業を展開する企業は多い。そこで、将来を見据えて、どのような事業ポートフォリオが最適かも常に考えなければならない。
◆M&Aのイメージも改善
かつてM&Aは乗っ取りとか言われてイメージが相当に悪かったが、今は後継者対策や成長戦略の目的達成のための手段として、積極的に活用されるようになってきており、中小企業庁もM&Aガイドラインを制定して推奨している。今後もこの流れは続きそうだ。
中小企業白書によるとM&Aに関して、買い手の目的は、売上・市場シェア拡大、新事業展開・異業種への参入、他社事業と自社事業のシナジー効果による価値向上、人材・顧客・取引先や技術・ノウハウの獲得等も強い動機である。中小企業でも買収が成長戦略の実現手段として認識されつつあるようだ。
一方で、中小企業の会社売却の目的は①従業員の雇用の維持、②買収企業とのシナジー効果による会社の成長発展、③後継者対策、④創業者利潤の獲得などだ。社長も今まで会社を支えてくれた従業員・顧客・取引先への感謝の気持ちを大切にし、条件交渉をしなければならない。特に従業員の待遇などへの配慮は重要である。
後継者対策として国も後押しするM&Aだが、買い手企業にダマされてトラブルになっているケースも多いから要注意だ。せっかく築き上げてきた会社と支えてきてくれた取引先、従業員やその家族が犠牲になってしまう。中には買収先の経営には興味がなく保有する現預金だけ吸い上げ、逃げている悪徳企業の存在もあるから、契約の際は慎重にしなければならない。
◆飲食店の買収は何が目的?
また、中小企業社長にとって会社売却の知識や経験がないのがほとんどだ。したがって多少の費用は必要だが、M&Aの知見を有する専門家やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)などの専門家に間に入ってもらい、円滑な契約していかねばならない。M&A仲介会社に依存しないように、専門家と共に、信用・信頼できる後継企業に譲渡することが必要だ。
飲食店の買収では、買い手の目的は時間を買うということと、実績があるからリスクが低いということが多い。また、有形資産の価値は決算書を見ればわかるが、店の将来価値である無形資産(知的資産含む)は従業員が持っている場合が多い。
熟練調理人など高度な調理技術の属人化、常連様を多く持つベテラン接客員などは一例だが、そういったキーパーソンに支払う価値があるのである。本来なら、ベテランに依存し過ぎるのは運営上のリスクがある。だから、業務の効率化を目的に誰でも同等の調理や接客対応を可能にするため、マニュアル化してスキルの標準化や情報の共有化が必要ではあるものの、ノウハウの移植には時間を要するものだ。
時間を買うということは即時にそういうノウハウを取得できるから時間対効果を考えても得策である。したがって、キーパーソン的な従業員が離職した後の空箱を買わないように配慮が必要だ。
◆カリスマ創業者が事業承継を軽視
自ら起業し、飛躍的に事業を成長させたカリスマ性のある創業社長。せっかく築いた会社や仲のいい家族を持ちながら、後継問題や遺産相続を軽視し、日々の業務に埋没している。これだけ順調に事業を成長させれば、それだけ自社の株価は上がっているから、相続の際にちゃんと対策をしていなかったら相続税も大変なことになることを認識しないといけない。
また、家族はみんな仲良しだから、自分の死後は大丈夫だと勝手に思い込み、何の対策を講じないから、争族に発展するのである。小さい頃は仲の良かった兄弟姉妹も、それぞれが家族を持てば自分の家を優先するのは当然である。
ましてや経済的に苦しい子は自分が少しでも多く相続財産をもらおうと必死になるもの。見苦しい争いになって後悔したという話はよく聞く。残された人たちが不幸になることを理解しないとい取り返しのつかないことになる。それを回避する方法として、残された人が納得する内容の遺言書の作成がある。
法務省の調査によると、日本では遺言書を用意する人は6.8%とのことらしく、自分の死後に、残された人が困らぬように対策を講じる意識が低いようだ。遺留分制度もある中で、円滑な事業承継を優先するため、後継者以外の不満を極力排除した遺言書の作成が必要だ。
仕事一筋で株式以外の財産が少ない中小企業はけっこうある。それだけ順調に事業を成長させれば、それだけ自社の株価は上がっているから、相続の際にちゃんと対策をしていなかったら、相続税も大変なことになることを認識しないといけない。
◆知っておきたい株価算定
非上場企業の場合は株式市場による評価がないため、目的に応じて株価を算定する必要がある。その際、株価を引き下げる対策を講じなければ、承継時の税負担で会社の存続が危うくなるから要注意だ。
非上場株式の評価方式は、①収益方式(評価対象会社に期待される利益等を基にして評価する)、②純資産方式(評価対象会社の保有する純資産価額を基にして評価する)、③比準方式(対象会社と類似する上場会社<類似会社又は類似業種>の株式の市場価額などを参考として評価する方式)に分類される。
どの評価方法を選択するかは規模によって異なるが、適切に株価を引き下げるなどして、円滑な承継を実現することが望まれる(中小企業庁:承継法ガイドラインより)。
◆事業承継で失敗した事例は多い
中小企業の多くは代表取締役=支配株主という構図である。だが、その代表取締役に相続が発生し、親族内に社長の適任者がいない場合、創業家が株を持ちながら社内の生え抜きが社長になる場合がある。この所有と経営が分離された状態で、社長になれるのは、社内でも生え抜き社員であり、組織文化を理解し、組織の伝統と文化を継承できる逸材だ。
その優秀な人材が後継社長に指名され、創業家一族でもない他人なのに社長に昇格したことに周りは驚きを隠せない。同族企業だから親族外の自分は出世しても、部長くらいと思っていただけに、まさか自分が社長になれるとはと、周りにも自慢していたようである。
そして、千載一遇のチャンスを得たと思い、その職責を全うしようとしたが、あることで創業家と意見が合わず、対立してしまった。そうなると雇われ社長は、創業家から呆気なく解任されてしまった。何と身勝手な創業家一族かと思うが、これが現実である。
◆次期社長候補が離婚で最悪の結果に
また、娘しかいない創業家オーナーの事業承継で、一流企業で勤めていた娘婿を後継者に決定した。社内でも次期社長と発表され、金融機関など外部の取引先への紹介を済ませていった。一通り現場を経験させた上で、3年後を承継のゴールに設定し、社長の下で育成していた。
娘婿は期待に応えようと頑張っていたが、カリスマ社長の側近やプロパー社員からの嫌がらせなどでストレスを相当溜めていた。加えて、カリスマ社長の後を継ぐプレッシャーから、そのストレスが家庭でも出るようになり夫婦仲が悪くなり、ついに離婚することとなった。
側近やプロパー社員たちの思惑通りに進んでしまい、最悪の結果になってしまった事業承継。娘婿にしては、一流企業のポストと将来の安定を捨て挑んでこの結果は納得できなかったろうし、創業家は娘婿に対する後始末が大変だったと思う。頓挫した後継者計画は結局、娘が承継することになったが、社内大きく混乱し、しばらくの間は重苦しい空気が漂っていた。
◆第三者承継で成功した事例も
ある焼肉店の高齢店主が体力・気力ともに低下し、事業継続が困難になった。後継者もおらず廃業をする予定だったが、廃業するには賃借物件をスケルトンにして貸主に返す必要がある。見積りによると相当な廃業コストがかかり、そのお金がなくて悩んでいた。
その話を聞いた知人が、店主に譲り受けたいと申し出た。しかし、その人はやる気はあるが、お金がないといった状態。お互いをよく知っていたので、店主もこのまま引き継いでくれるなら、造作物・厨房機器・什器備品は無償で譲渡するとのことだった。そして、建物の賃貸借契約だけ、別途、賃貸人と締結することになったのである。
通常、焼肉店を開業するなら、焼肉ロースター設置とダクト工事などかなりの初期投資が必要で、坪当たり100万円の投資費用が必要とされる。それが開業後10年を経過しているとはいえ、無償譲渡というのは非常にラッキーで千載一遇のチャンスである。賃貸借契約では、差入れ保証金350万円、賃料36万円、不動産への仲介手数料として1か月分賃料が必要だったが、お金もない経済状態だったため、旧店主は、「自らが差し入れた差入れ保証金をそのまま置いておくから、私に返済して」と賃貸人の了解を得てくれた。
◆買手と売手の双方にメリットが
店は、一式揃ってはいたものの、運転資金の余裕がないため、すべてがそのままの状態でスタートした。リニューアル期間も設けず、地域住民にも告知せず、月末に所有権移転手続きを完了し、翌日から自らが経営者となり営業した。
広告費など本来必要な費用をかけず、また内外装などの余計な費用も一切かけず、それらはお金に余裕ができてからと考えた。 もともと調理師免許を有し、飲食店の厨房経験もあったので、肉の加工技術の習得は早かった。加えて店のレシピがあったので、問題なく料理提供はできた。既存スタッフもそのまま活用でき、運営自体は何の問題もなくできた。 ランチも営業し、ディナーも工夫したことで売上も急増した。
店をフル稼働させ、現金をかき集め、旧店主の弁済原資の確保に必死だった。納入業者との取引も旧店主の後押しで、最初から信用取引を活用し、出金より入金のほうが早い回転差資金により、現金を毎日できるだけストックできた。さまざまなサポートのお陰で、予定よりも早く1年で弁済できて旧店主は大変驚いていた。
こういったケースのように、これからは飲食店が第三者承継でM&Aを活用するケースは増えそうだ。 売手としては味の伝承、雇用の維持、取引先や顧客に迷惑をかけず、自分が苦労して開業した店も残せるし、買手としては、熟練調理人や従業員の確保、取引先や顧客を確保、すでに実績があるからリスク回避、時間と初期費用の節約が可能となり、投資回収も早い。もちろんリスクもあるが、メリットが上回るならやったほうがいい。
◆一筋縄ではいかない親族内への承継
事業承継は知恵や心や感情がある人間同士が思惑をぶつけ合い、絡み合うから調整が難しいもの。親族内に後継ぎがいれば安心だとは言えないこともある。経営に関与する気もなく兄弟の公平感だけ主張する弟。経営には興味ないのに兄への嫌がらせとして、自社株式を欲しがり、困らせるなどといった事例もある。
また、長男が家業を継がないから弟を後継者にして段階的に承継していたのに、長男が急に継ぐと言い出し、社内が混乱したというケースなど、悪質な事例は枚挙にいとまがない。昔から比べるとかなり減った親族内承継だが、親としては我が子に継いでもらいたいものだろうが、泥沼化するケースも多く困ったものだ。
さまざまなケースがあるが、先祖代々続いていても、将来性があまりない小規模店の場合は「子供には絶対に家業を継がせない」と言い切る社長夫人は多い。その理由は店に将来性がないからと、見極めているから、子供には苦労させたくないとのことで、子供には安定した生活をしてもらいたいという希望が多いようだ。店主自身も代々続いている家業だが、自分の代で終わらせるつもりのようだ。
「息子は大学を卒業して優良企業に勤め、仕事にやりがいもあり生活も安定している。自分は家に束縛され了承したから仕方ないが、子供には自由な選択をさせたい」という強い思いのご主人が強く言う。今後も、こういうケースが増えるのは仕方ないか。
<TEXT/中村清志>
【中村清志】
飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士。自らも調理師免許を有し、過去には飲食店を経営。現在は中村コンサルタント事務所代表として後継者問題など、事業承継対策にも力を入れている。X(旧ツイッター):@kaisyasindan